不安の中で | おばあちゃんになった、わんこさんのおはなし。                    ~高齢柴犬の闘病・介護記録~

おばあちゃんになった、わんこさんのおはなし。                    ~高齢柴犬の闘病・介護記録~

1年3カ月の闘病期間を含め、いつでも家族みんなで笑いながら過ごした、柴犬「わんこさん」との16年と8カ月の生活。
悲喜こもごもあったけど、トータルしてとっても幸せだった日々のおはなしです。

犬と一緒に過ごす生活って、いいね。


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道に迷った時の不安って、地図ナビアプリが発達し、地下でも通信状況が良くなった今では、あまり逼迫したものじゃないのかもしれないけれど。たとえば、普段行き慣れない大きな駅で出口を間違えたりして方向感覚も失くし、途端にどっちの方角に進めばいいかさえ分からなくなったりをよく引き起こしがちな私は、そのたびに人並みの中で心細い思いをする。駅の出口の間違いなんかは距離的にはごく近いから、結局はすぐ目的地を見つけられるし、他の解決方法だって簡単にいくつも思いつくけど、焦燥や不安が長く続く状態は、心が疲労する。

 

「高齢者の心理は、不安の中にある」という言葉を、聞いたことがある。確かにそうかもしれないなあと、病気を発症する直前のわんこさんの様子を思い出して、納得の気分になることがある。「わんこさんには認知症の兆候が見受けられる」、と獣医さんに言われていた。散歩の時には右に行こうか左に進もうかと迷いはじめて、文字通りに右往左往したこともあった。認知症といっても急にすべてが分からなくなるのではないから、たぶん日常送っている行動の途中で不意に「分からない不安」がむくむくと広がって、「あれ?どっちだったっけ?分からなくなっちゃった、困ったな」って焦るのじゃないかな?困った時すぐに知人に助けを求められる携帯なんかがあればまだ気分的に安心できるけれど、そうでない場合はストレスは増大するんじゃないかと想像できる。高齢者の身近な持ち物に携帯電話が含まれているかどうか、持っていても使いこなしができているかどうかは、はなはだ怪しいんじゃないかな。

 

2週間か3週間と言われたのに退院が伸びていたおばあちゃんは、病院生活の中で、トイレに立つことが転倒に繋がりそうで危ないからと言われた。本人はもちろん抵抗したけれど「元気になるまでの一時だけだから」と、オムツのお世話になりはじめ、病室の狭いベッドに終日横たわるだけの生活になり。先ごろはお見舞いに行っても悪夢かせん妄かと疑うような、少しつじつまの合わない話を始めることがあるのだと、母から聞いた。「さっき、迷子になっちゃって、道が分からなくて困っていたんだよ」となどといった、夢と現の区別があいまいな発言をするのだと。

 

住み慣れた家ではない入院中の病院は、おばあちゃんにとって充分にアウェーの世界。夢か想像上の世界に、不安とともに一人放り出されたおばあちゃんの持ち物には、きっと携帯は含まれない。なのに迷子になってどっちに進めばいいか分からない上に、その想像の世界には、道を尋ねられるような通行人がいるのかいないのか。どうしたらいいのか途方に暮れる気持ちは、できるなら代わってあげたいほどに心細いものだろう。快活で聡明なかつてのおばあちゃんなら、気丈に誰かに声をかけ、道を尋ねて問題解決していたはず。でも今は、病気で体も心も弱くなっているのかな?

「そんな時はね、車に轢かれないように、ゆっくり立ち止まって、待っててね。すぐ迎えに行くからね。焦っちゃダメ、いいことないからね」そんな風に返す母の言葉に、子供のように頷くというおばあちゃんは、恍惚の人へ近づいていっているのでしょうか?

2月に尋ねて行った私を見て、「肺炎だと聞いていたけれど、自分の病状は遠方から孫のうさぎが急遽駆けつけるほどに悪いのか。それとも自分じゃないとしたら、息子である叔父の病状が相当に悪くなったのだろうか」と寝起きの頭でも瞬時に思考を巡らせられるほどに、何もかも分かりきっていたおばあちゃん。その頭の回転の速さは、いつまでも変わらないと思っていたけれど。聡明すぎる思考をしばしお休みさせて、残りの時間をのんびり生きるのも、今となれば却って幸せなことかもしれない。少なくとも、オムツを換えてもらわなくてはならないという屈辱を少しでも鈍らせることができるなら。寝たきりの退屈や何もしない罪悪感を感じずに幸せに微笑んでいられる時間が持てるなら。

 

…そう思っていたけれど、おばあちゃん、昨日母から聞いたところによると夢の世界と現実を混同してしまうことは今はなくなり、思考も知識もしっかりして、以前と変わらない状態を保っているとのこと。足は立たなくなり介護の生活ですが、テレビを見たり、お見舞いのお花やお手紙を何度でも飽きずに眺めて看護士さんたちにも自慢したりしているみたい。それから、ときおり新聞を差し入れてあげると喜んで読んでいるとのこと。懸案のオムツ交換は、看護士さんが二人がかりで手早く済ませてくれるため、「慣れてきた」みたい。おばあちゃんらしくて安心して、くすっと笑える結末でした。

 

思いがけず喜んでくれるみたいなので、再びお手紙を届けようと思います。手紙に添えて、肺活量維持と少々の娯楽を兼ねて、風車を送ったらどうかしら?と思ったりします。できたら色とりどりの風車を、手作りしたいと思うけど、安全に扱えてうまく回るのが作れるかな?紙風船とかも、懐かしくていいのかもしれない。さて、そんな昭和レトロな贈り物を探しに、これからちょっと出かけてきます。


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