浄霊と星椎先生からのアドバイス
2021年11月に、母方祖父の妹夫婦の浄霊をしていただきました。
日本人の長寿者リストと照らし合わせて亡くなられていることが確実になったからでした。
2018年9月に交通事故にあい3か月半もの入院をすることになり転職を余儀なくされてしまいました。
そのことについて一昨年の11月に星椎先生からのアドバイスをいただけましたが、当方が本気で供養に取り組んでおらず先祖供養に対する考え方が良くないとのことでした。
‘ご供養の申し込みが「役目ばり」となっており、ご先祖様のお気持ちをくんでおられないのが、大きな問題となっております。’
‘惰性で浄霊の申し込みをしていたのでは、ご先祖様は成仏を果たされても、その先はありません。’
‘ご先祖様を救済(浄霊)していながら、この様な状況という事は、確実にご先祖様からの応援がない証拠ですし、救済されたご先祖様もまさたかさんの気持ちや考え方にご不満があるのだと思います。’
‘一番肝心な事は、ご供養を申し込む末裔の考え方が正しいものでないと、良い流れには繋がりませんよ。’
とのことでした。
いろいろと考えさせられますね。
まだまだ明治生まれで生死不明の先祖が多く存在するのでスーパー浄霊を依頼するまでにはもう少しかかりそうです。
名前表記の訂正
星椎先生に15年ほど前に浄霊していただいた母方祖母の名前の表記が間違っていたので訂正をお願いし、訂正の儀が終了したとの連絡をいただきました。
浄霊を依頼したときはまだ除石簿を取り寄せる前で正しい表記を知らず、音声情報とカタカナ表記であるという情報から、正しくは「ツ」に「゛」の「ヅ」とすべきところを間違って「ス」に「゛」の「ズ」としてしまっていたのでした。
その後に除籍簿を取り寄せてすぐに間違ってしまっていたことに気が付きましたが様々な事情で名前の表記の訂正が遅れてしまっていたのでした。
「訂正しなければ」とずっと心の片隅で思っていたので、今回は名前の表記の訂正が実現して安心できました。
まだまだ生死不明の先祖がいるのと、家系ごとに全ての先祖を浄霊するスーパー浄霊が当家の分は完了したものの、母方祖父が養子につき通常より1家系分多い4家系分が残っているので、もっと浄霊を依頼するためにも頑張らないといけませんね。
ひさしぶりの浄霊依頼
かなり久しぶりの更新となります。5年ぶりくらいになるでしょうか。
前回の記事執筆時からも少しずつ浄霊は進めていったので、確実に亡くなられた御先祖の浄霊は終了し、2018年5月には父方祖父の家系のスーパー浄霊も完了しました。
あとは亡くなられたことが判明したり、年齢的に間違いなくなくなられたであろう御先祖の浄霊を個別に進めていくのと、母方祖父が養子なので残り4家系のスーパー浄霊を実行するばかりとなりました。
つい先日、父方祖母の弟嫁が亡くなられたので1年半ぶりに浄霊をお願いしました。
こちらの大叔母さんの家には子供の時によく遊びに連れて行ってもらってお世話になったのと、2010年に大叔母さんが当家に遊びにきた日に、自分は喉が痛かったので仕事帰りに耳鼻科で診てもらったところ、そのまま大病院に連れていかれ、旧制喉頭蓋炎の診断で緊急入院することになってしまい、ものすごく恐縮させてしまい迷惑をかけてしまった記憶があります。
こんどの浄霊で喜んでもらえれば嬉しいですね。
綺麗なお墓
本日、母の4番目の兄のお嫁さんである四兄伯母から家電に電話がかかってきて母と15分ほど話をしておりました。
母は6人兄弟の末っ子であり、上の5人は全て男です。
長兄伯父は癌で亡くなっており既に浄霊済。あとの母を含めた5人は健在です。
自分は以前の記事にも記したように両親との3人暮らしです。
自分は、だいたい19時から20時くらいに仕事を終えて帰宅するのですが、その頃には両親共に夕食を終えているので、自分は一人で夕食を摂る事がほとんどです。
そんな夕食のさ中に電話がかかってきて、自分がいつも座る椅子のすぐ後ろで、母と四兄伯母との会話を煩いなと思いつつ聞くともなしに耳にしていたところ、ある内容が耳に止ったのでした。
母の4番目の兄である四兄伯父がお盆に先祖の墓を参ったところ、お墓がものすごく綺麗に清掃されていて感激したというのです。
母の実家を継いでいるのは3番目の兄なのですが、その三兄伯父に聞いてみたところ、三兄伯父の遠方に住む娘2人がお盆前後に帰省した折に、お墓を綺麗に掃除したというのです。
四兄伯母から電話がかかってくることはめったにありませんし、そんな電話の中でわざわざ、そんな話が出たという事は四兄がお墓参りをするときはいつもお墓が薄汚れていたという事なのかもしれません。
それが、自分が星椎先生の先祖供養を再開した初めてのお盆のタイミングで、三兄伯父の娘達の手によって綺麗なお墓になっていたというのは偶然ではないように感じました。
食事のタイミングでもない限り家電にかかってきた電話に母が出て話している内容を聞き取るような事はまずありません。電話の近くにいたら煩いので自分の部屋に避難します。
自分が帰宅して夕食を摂っているタイミングニ、このような電話がかかってきて、このような話を耳にするというのも偶然ではなく何か意味があるように感じました。
お墓が綺麗になっていたという話を聞かされたのは、自分が星椎先生のもとで先祖供養を再開したことに間違いがなく、最後までやり遂げて欲しいという先祖からのメッセージに感じました。
また、母の実家を継いでいる三兄伯父伯母夫婦には、お墓を掃除した娘2人しか子供がおらず、その娘2人は未婚であり、年齢からして子供を産むことも難しいです。
四兄伯父伯母夫婦の次男のもとには、母の実家を継げる唯一の男の子がおり、母の実家の家系を継いでほしいという先祖からのメッセージのようにも感じましたがどうでしょうか?
2014/08/12浄霊の感想
本日、依頼していた先祖が8月12日(火)の浄霊の儀にて無事に成仏したとの報告メールを受け取りました。
今回はお盆ということで、40名とかなりの大人数を浄霊していただきました。
これで浄霊していただいた先祖の人数は、153名となります。
前回の記事に記したように、個別に浄霊していただく先祖が42名ほど増えたので、これから個別に浄霊していただく先祖の人数は約100名で変わりなしです。
今回も浄霊後は、気持ちがさわやかに変わりました。6/16の浄霊以来、浄霊前後の気持の変化を気のせいではなくはっきりと感じられる状態が継続しています。
前回の浄霊後からスッキリしていた視界が、今回の浄霊の一週間くらい前から見づらい状態に逆戻りしてしまっていたのですが、浄霊の日の夜には再びスッキリした視界に戻りました。
星椎先生に浄霊を依頼すると、申し込んでから浄霊が終わるまでの間に一時的な霊障を受ける事があるのですが、まさにこの一時的な霊障を受けたのでしょう。
浄霊の見届け役スタッフの方のブログによれば、今回は浄霊された各家の御先祖の方々の魂が非常に重かったのだそうで、もっと強力な霊障を受けてもよさそうな気もしましたが、今回は見づらくなる程度の軽い霊障だけでした。
ただ、今現在はまた少し見づらい状態になっていますが、浄霊町の先祖からの催促かもしれません。
自分が経験した一時的な霊障の中で最も強烈だったのが、2014年2月18日(火)の浄霊のときのものでした。
2月5日に代金を振り込んだのですが、その日から急に左の背中が痛み出し、数日後には左の頸肩部から背中にかけて耐えがたい痛みで夜も眠れない状態になってしまい非常に苦しんだのでした。
ネットでいろいろと調べてみたところ、どうも頸椎ヘルニアと同じ症状でした。
浄霊の一週間前に電話で問い合わせてみたところ、「スタッフや他の依頼者の方達にも左頸肩部の痛みが多く発生しているということで、自分の症状も一時的な霊障かもしれず、そうであれば浄霊が済めば症状が治まるのではないか」と言われました。
本当はすぐにでも病院に行った方が良かったのかもしれませんが、浄霊の日を待つことにしました。
浄霊までの一週間はとてもとても長かったです。
しかしながら、2/18の浄霊の儀が過ぎてもなかなか痛みは消えてはくれませんでした。半月位過ぎてからようやく症状が落ち着いたのでした。
この一時的な霊障は、これまで成仏できずに苦しんでいたご先祖との苦しみの共有なのだそうです。
これまでご先祖が成仏できなかったことでどれだけ苦しかったかをここで理解しないといけないのですが、自分の場合は浄霊によって痛みを取る事ばかりに気持が向いてしまっていたので霊障が落ち着くまで少し日数を要してしまったのかもしれません。
これだけ強烈な霊障に見まわれるという事は、浄霊を依頼した先祖の中によほど悪い状態の方がいたのではと思っていたのですが、浄霊報告メールの中には、特にそのような事が書いていなかったので、なぜこれほどの激しい一時的な霊障に見まわれたかは少し不思議に感じるところではあります。
それにしても、一か月間、夜も眠れぬほどの痛みに耐えるのは本当に辛かったですが、先祖はもっと長い年月にわたり成仏できずに苦しんでいるわけなので、早く成仏させてあげなければと気持ちを新たにできたのでした。
後日の星椎先生のコラムにも、2/18の浄霊前に左頸肩部に痛みを感じていたという内用の体験談が多く取り上げられたので、やはり2/18の浄霊のときは自分と同じく左頸肩部に痛みを感じた依頼者が多かったのでしょう。
見届け役スタッフのブログによれば、2/18の浄霊の儀では各家の御先祖様達はスムーズに成仏されたとの事なので、なぜ2/18の浄霊のときにこれだけ左頸肩部に痛みを感じた依頼者が多かったかも不思議ではあります。
今回8/12の浄霊については、浄霊された御先祖様達の魂が非常に重たかったと見届け役スタッフの方がわざわざブログに書かれているところから、これから星椎先生のブログに掲載されるであろう依頼者達の体験談がどのような内容か気になるところです。
漏れ
宇宙クラブ広報部のスタッフの方がブログで、漏れのあった御先祖の浄霊を進めているところだと書いていました。
浄霊漏れのあった御先祖がどういった方々だったか簡単に説明すると、「名前のある御先祖の、名前のわからない御両親」ということになります。
星椎先生の先祖供養はまず、名前のわかる御先祖を個別に浄霊してもらってから、その後に名前のわからない御先祖はsuper浄霊でまとめて浄霊してもらうようになっているのですが、戸籍や家系図から単に名前のわかる御先祖の他に、名前がわからなくても個別に浄霊してもらう必要がある御先祖というのも存在します。
どういった方達が該当するかというと、例えばわかる範囲での水子さんたちではないでしょうか。
きちんと命名してあげてから浄霊してもらいます。
あとは、広報部のスタッフの方がブログで「隠れ先祖」なんて表現していた御先祖が存在します。
戸籍除籍を役所から取り寄せると、最も古いもので明治19年式のものを取り寄せる事ができ、明治19年に生きていた御先祖の名前を知ることができます。
この明治19年式戸籍で、当家の曽祖父である“初太郎”の兄弟を調べてみると、長男である初太郎の弟として五男の“坂之進”しか名前が見つからないのです。
次男・三男・四男は、明治19年よりも前に亡くなってしまっていたのでしょうね。この次男・三男・四男が隠れ先祖であり、名前のわかる先祖と同様に個別に浄霊してもらいました。
初太郎の妻である“ワキ”の実家の戸籍は取り寄せる事ができなかったのですが、当家戸籍の記載内容から、次女であり、父親の名前が“渡部伴蔵”という事がわかります。
ワキのお姉さんである長女も名前がわからないので隠れ先祖であり個別に浄霊してもらいました。
戸籍除籍で先祖を調べていくと、明治19年に生きていた人の親の名前までわかる場合が多いのですが、ほとんどが男親の名前だけで、女親の名前はわからない場合が多いです。
この場合は女親についても、名前がわかる御先祖と同様に個別に浄霊してもらいます。
片親のみ名前がわかる場合は、もう一方の親も名前のわかる御先祖と同様に個別に浄霊してもらうという事です。
ワキの母親の名前もわからなかったのですが、父親の“渡部伴蔵”と共に個別に浄霊してもらいました。
さて、自分は両親ともに名前がわからない場合は、もうその両親については「super浄霊」の対象になるのではと考えていました。
「名前のある御先祖の、名前のわからない両親」というのは「super浄霊」の対象と考えていたわけです。
ところが、広報部スタッフの方は、冒頭で記したように、「名前のある御先祖の、名前のわからない御両親」も、名前のわかる御先祖と同様に個別に浄霊してあげるべきと気が付いたのだそうです。
広報部スタッフの方は、これらの方々を、今までに浄霊漏れしていた御先祖として浄霊を進めているようです。
当家の曽祖母“ワキ”の父親である高祖父“渡部伴蔵”の両親の名前はわからないので、今までの考え方であれば、渡部伴蔵の両親はsuper浄霊でまとめて浄霊してもらう予定でした。
しかしながら、広報部スタッフの方の考え方に従えば、“渡部伴蔵”の両親も個別に浄霊してあげたほうがよいということになります。
電話で問い合わせてみたところ、名前のわからない御両親についても名前のわかる御先祖と同様に個別に浄霊してあげる方が望ましいとのご解答をいただきました。
自分としてはせっかくなので、「名前のある先祖の名前のわからない両親」も名前のわかる先祖と同様に個別に浄霊してもらう事にしました。
調べてみたところ、対象となる先祖は、42名いました。
けっこう大人数です。星椎先生は、供養はマラソンと言われますが、少しゴールが遠のいたようで軽く凹みました。
それでも、全ての先祖の成仏を目標に頑張るしかありませんね!
偉大なる浸漬について訂正
先月7/22の浄霊直後の夜に、父親との親子喧嘩で家庭が殺伐な雰囲気に逆戻りしたと書きましたが、昨日7/31あたりから穏やかな雰囲気に戻りつつあります。
ほっとしました。
さて、7/22の浄霊から3,4日後くらいだったと思いますが、母が何度か話してくれた事のある“偉大なる親戚”の事が何故だか気になっていました。
その偉大なる親戚とは、母方祖母の家の男性で、戦前は東北帝国大学で勤務、戦後は九州地方のK大学の学長を務めたという事くらいしか上方がありませんでした。
それらの手掛かりを元に検索をかけていたら、あっさりとその人物が判明したのです。
“古賀良彦”と、その次男である“古賀佑彦”です。
母の話と戸籍除籍の内用と照らして間違いないと確信しました。
“古賀良彦”は母方祖母の兄にあたる大伯父です。
先月7/22に浄霊された先祖の一人にあたります。
この親子は日本の放射線医学において多大な業績を残したそうです。
特に“古賀良彦”は世界で初めてレントゲン胸部間接撮影法を開発した人物とか。
難しい医学の話で詳しくはよくわかりませんが、とにかく素晴らしい業績を残した方のようです。
この業績と人物についてが、出身地である福岡県朝倉氏の広報朝倉の「ふるさと人物史」という連載に掲載され、その記事が朝倉氏の公式サイトにそのまま載せられていました。
ところが、その記載内容に誤りがありました。
朝倉氏公式サイトには、古賀良彦は10人兄弟(男5女5)の中で育ったと記載されていますが、実際は本人を含めて12人兄弟(男6女6)なのです。
弟である五男が幼くして亡くなっており、本人を覗いた兄弟の数と解釈すれば兄弟10人というので間違いはないのですが、内訳は、男4女6という事になり、いずれにしても誤っていることになります。
母にもこの記事を読んでもらいましたが、この記事に取り上げられた人物こそが、母が話してくれた偉大なる浸漬であり、やはり兄弟姉妹の人数も間違いだと言っていました。
まあ、母に確認するまでもなく兄弟姉妹の人数は戸籍除籍を診れば間違いは明白ではありました。
さっそく7/27(土)の夜に朝倉氏にメールにて指摘したのですが、翌週の月曜日の夜には偏示が届いていて、訂正させていただきますとの事でした。
発行済の印刷広報誌の訂正は不可能として、公式サイト上の転載記事が訂正されていた事を本日8/1に確認できました。
我が母は、私が間違いを朝倉氏に訂正してもらうと行っても、「勝手にすれば」くらいに興味なさそうでしたが、偉大なる浸漬である「古賀良彦・彦」親子はこのような些細な間違いも科学者らしく気になって許せなかったのかもしれないですね。
そこで私に働きかけて訂正させようとしたんだと思います。
ちなみに、この度の出来事で、古賀良彦の子供は彦を含めて全員が亡くなっていることも判明しました。
次回に浄霊してもらう予定です。
父親
前回の記事で、我が父親についていろいろと書きましたが、少し書きすぎたんではないかと反省しています。
前回の記事を執筆した段階ではかなり興奮した状態で父親をかなり悪く書きました。
書いた内容は真実ではあるのですが、記事をアップした後から妙に冷静となり、父親は実は不器用な人間である事に気が付いたのです。
父親の癇に障る一言で大喧嘩となったのですが、大喧嘩の後で最も精神的に堪えているのは父親です。
部屋に引きこもっています。
大喧嘩のときに少し言い過ぎたのでは泣いかと反省しています。
父親は前回の記事にも書いたような人なので、誰からも心の底から受け入れられる事がなく非常に孤独なのでしょう。
家族からも受け入れられずに非常に孤独なのでしょう。
父親に全く禅の部分がないかと言えばそんな事はありません。
家族の為に身を粉にして働いてきたりもしたのです。
ただ、不器用な為に悪い人格のみが極端に強調されてしまうのでしょう。
父親自身がこの欠点を解消する必要性もカルマとしてあるのだとは思います。
しかしながら、父親の悪い部分が目につく間は、私自身がまだまだ良い方向に変化していかなければならない状態であるのだとも思うのです。
周りに変化を求めても絶対に変わらないのです。自分自信が変わるしかないのです。
自分の周囲に気に食わない現実があるとすれば、まだまだ自分自身が良い方向に変化していかなければならないという事なのです。
自分が良い方向に変化すれば、必ず周りも良い方向にへんかするのだと思います。
自分が最高になれたときに、きっと周りの環境も最高になるんだと思います。
そうなるように頑張るしかありませんね。
浄霊の感想2014/07/22
昨日23日に、依頼していた23名の先祖が7月22日(火)の浄霊で無事に成仏したとの報告メールをいただきました。
今回は母方祖母の11名の兄弟姉妹と、その配偶者や子供等を合わせて全員で23名という大人数となりました。
これで、合計113名の先祖を浄霊してもらったことになります。
名前が判明している方だけでまだまだ100名近くの方が浄霊を待っているところなので、先はまだまだ長いです。
星椎先生の述べられるようにまさに「供養はマラソン」だということを思い知らされる次第です。
浄霊前後で感じたことですが、前回の時と同様に浄霊後は心身共にとてもスッキリしました。
前回と異なる部分としては、視界がかなり明るくなったという実感があります。
ここ数か月の間に急に視野の欠損が広がったり視界に霞がかかったような状態になり、持病である網膜色素変性症が急激に進行したようで落ち込んでいたのですが、浄霊後はその霞がかなり取れて視界が明るくなったのです。
自分の眼の病気は遺伝性の先天的な難病であり、星椎先生の先祖供養によって治るものではないのですが、きっと先祖がこの肉体の弱点を使ってこれまでの苦しみを訴えてきていたのでしょう。
視界が明るくなったというのは、まさに先祖が成仏した証拠だと感じ、とても嬉しく感謝の気持ちで一杯になりました。
ところで、星椎先生の先祖供養には、実践することによって家庭が平和になっていくという特徴があるそうです。
我が家はもともと非常に殺伐とした家庭でしたが、それが星椎先生の先祖供養を再開してから段々と穏やかになってきているように感じていました。
ところが、今回の浄霊直後の晩にまた殺伐とした家庭に逆戻りしてしまいました。
我が家は両親と自分の3人家族です。あと近県に弟夫婦と姪2名がいます。
これまで、家庭内が殺伐とするのはだいたい父親が原因でした。
父親がどのような人間かを簡単に記すと、独善的で傲慢で人を見下すようなタイプの人です。
母親に対して「お前が障碍者を産んだせいで俺は人生を狂わされた。」とか「お前が癌になったせいで俺は迷惑を被った。」などと罵倒したり、私に対しても「お前は障碍者だから何もできない」などと暴言を平気で吐いてくるのです。
母方の浸漬に対して、「お前らの家は障碍者を産むような女を嫁がせて俺をだました。」とまで吐き捨てたりもしたのです。
まだまだいろいろなエピソードが思い出されて怒りが込み上げてきます。
このような人間が傍若無人に振舞うので、家庭内が殺伐としないはずがありません。
心の底から父親の事を嫌い憎しみ軽蔑していました。
しかしながら、先祖供養を再開したお陰なのか、ここ最近はこのような傍若無人ぶりが鳴りを潜めていたので家庭内は平和になりつつあったのです。
お陰で気持ちにも少し余裕ができて、「先祖供養を再開して良かった。」と思うのと同時に、「このような父親でも受け入れ許さなければならないな。」とか、「気に食わない人間が周囲にいるのはまだまだ自分が良い方向に変わらないといけないから。」とかいろいろと前向きに考えられるようにもなってきていたのです。
ところが、よりによって先祖供養の喜びで気分良くしていたところに、父親がまた昔のように癇に障るような発言をしてきたので親子喧嘩となり、嬉しい気持ちが相殺されてしまいました。
せっかく父親に対して前向きに向き合えるようになりつつあったのが、また怒りや憎しみで後ろ向きな気持ちに逆戻りしてしまいました。
なかなか過去世からの深い因縁がありそうですが、頑張って前向きな気持ちで乗り越えなければと思いました。
そういえば父親は、善意の押し売りをしてきて感謝を強要してくるようなところがあります。
それはそれで有難いのですが嬉しくはありません。
打算の先祖供養をされた先祖もきっと同様の気持ちなのでしょう。やはり見返りを期待しない善意には心の底から感謝の気持ちが湧きます。
父親の事をいろいろと考えていて、このように、無欲の先祖供養の大切さを自分の実感から先祖の立場で想像できたのは良かったです。
また、星椎先生は、どの家系にも家を反映させたくない先祖がいて邪魔をしてくるので、最後まで先祖供養するのが大変な場合があると述べられています。
もしかしたら、このようなケースなのかもしれません。
でも、このような困難を乗り越えての先祖供養は本物だとも述べられているので、めげずに頑張らなくてはとも思ったのでした。
先祖供養を再開したきっかけ
これまで、星椎水精先生の先祖供養を始めたきっかけと、その先祖供養を一回きりで中断してしまい継続させる事ができなかった理由と、それらの理由をいかに払拭してきたかを書いてきました。
2013年11月より星椎水精先生の先祖供養を再開して実践していることも書きましたが、再開するきっかけとなった出来事を書いてみたいと思います。
いつの頃からだったかは覚えていませんが、父方祖母の悲しげな様子が不意に思い浮かんで来たり、夢に見るようになったりしたのです。
成仏したはずなのにおかしいなとは感じていましたが、日々の忙しさに流されて、気にはなっていたものの、そのままにしてしまっていました。
昨年2013年の7月位だったと思いますが、突如として母の膝が痛むようになり、歩くのもままならない状体になってしまいました。
病院で診てもらっても何の異常も見つかりませんでした。
どうしたものか困り果てていたのですが、ふとある出来事を思い出したのです。
2000年4月に父方祖母は亡くなっています。
同じ頃に母に癌が見つかり、葬儀などやるべき事を済ませた後にすぐ入院して手術を行ったのでした。
手術自体は成功したのですが、合併症として腸閉塞を起こしてしまいなかなか退院できない状態が続きました。
主治医の先生も首を傾げて困り果てていたのですが、祖母の49日が過ぎるのと同時に腸閉塞はあっさりと治ってしまい無事に退院できたのです。
この事から、「ひょっとしたら母は霊感体質であり、御先祖からの霊障を受けているのではないのか?」と感じたのです。
星椎先生はコラム等で、「先祖からの霊障は成仏していない先祖からの浄霊してほしいという訴えであり、これに気が付かなかったり無視したりしていると、訴えをエスカレートさせていき、霊障が悪化したり、悪い出来事が起こるようになっていく。」と繰り返し述べられています。
「これは星椎先生の先祖供養を再開し、ご先祖を早く浄霊してもらわないともっと大変な事になってしまう!」とも思いました。
同時に「祖母が悲しげな様子で姿をあらわすのは、先祖供養が進まないことで事態が悪い方向に進んでいくことを心配しているからなのではないか?」とも思うようになっていきました。
しかしながら、それでもまだ先祖供養を再開させることはありませんでした。
「祖母のように浄霊済の先祖が先祖供養が進まない事に対して何らかの訴えをしてくる」という事例を星椎先生のコラムで読んだ記憶がなく、祖母の事がどうも引っかかって何となく先祖供養の再開に足踏みをしてしまっていたのです。
そうこうしているうちに母の膝の痛みに引き続いて、今度は、自分の仕事に関していろいろと問題が生じるようになってきました。
いよいよ先祖が訴えをエスカレートさせてきたと感じ、恐ろしくなってあっさりと先祖供養を再開させたのでした。
星椎水精先生の先祖供養を再開した現在では、祖母の悲しげな表情を意図せずに見ることは無くなったので、やはり祖母は星椎先生の先祖供養が進まないことを心配して姿を見せてきたんだと思います。
他の方の体験談で、蛇へ転生することになった先祖が、その不満を訴えに姿を現したという話がありましたが、そういう要件でもなさそうです。
星椎先生の先祖供養を中断させた理由を払拭し神々から再開の許可が出たにも係らず、なかなか先祖供養を再開させなかった事から、心配した父方祖母が姿を見せるようになったのでしょう。
そんな祖母の心配をよそに、母の膝痛が先祖からの霊障ではないかと感づいてもなお先祖供養を再開させず、結局は自分の身に危機が生じてからあわてて再開させたというのは恥ずかしい事です。
母の膝痛や霊感体質についてはまた別の記事にまとめたいと思います。
星椎先生の先祖供養を再開させた今でも、父方祖母のことを意識的に思い浮かべてみるとまだまだ悲しげな表情をしています。
正直なところまだまだ、無欲の先祖供養とはいかず、期待や恐れに基づいている部分もありますし、星椎先生の先祖供養によって貯金の額が減っていくことに不安を感じる部分もあります。
まだまだ未成仏の先祖が大勢控えています。
祖母は、先祖供養を再開させたことで少しは安心したものの、また途中で先祖供養を挫折して悪い方向に進んでしまうことを心配しているのかもしれません。
他の方の体験談で、浄霊済の祖父がまだ浄霊されていない奥さんが心配で転生できないでいたという話がありました。
奥さんである祖母を浄霊してもらったら、笑顔の祖父が姿を見せて喜んでくれ、その後に転生の準備に入ったのだそうです。
もしかしたら、我が祖母も心配で転生できないでいるのかもしれませんが、もしそうであれば大変に申し訳ない事です。
無欲の先祖供養をできるよう精進し、全ての先祖を浄霊してもらい、できるだけ早く祖母を笑顔にできればいいなと思います。
