偉大なる浸漬について訂正 | まさたかのブログ

偉大なる浸漬について訂正

先月7/22の浄霊直後の夜に、父親との親子喧嘩で家庭が殺伐な雰囲気に逆戻りしたと書きましたが、昨日7/31あたりから穏やかな雰囲気に戻りつつあります。
ほっとしました。

さて、7/22の浄霊から3,4日後くらいだったと思いますが、母が何度か話してくれた事のある“偉大なる親戚”の事が何故だか気になっていました。
その偉大なる親戚とは、母方祖母の家の男性で、戦前は東北帝国大学で勤務、戦後は九州地方のK大学の学長を務めたという事くらいしか上方がありませんでした。

それらの手掛かりを元に検索をかけていたら、あっさりとその人物が判明したのです。

“古賀良彦”と、その次男である“古賀佑彦”です。
母の話と戸籍除籍の内用と照らして間違いないと確信しました。

“古賀良彦”は母方祖母の兄にあたる大伯父です。
先月7/22に浄霊された先祖の一人にあたります。

この親子は日本の放射線医学において多大な業績を残したそうです。
特に“古賀良彦”は世界で初めてレントゲン胸部間接撮影法を開発した人物とか。
難しい医学の話で詳しくはよくわかりませんが、とにかく素晴らしい業績を残した方のようです。

この業績と人物についてが、出身地である福岡県朝倉氏の広報朝倉の「ふるさと人物史」という連載に掲載され、その記事が朝倉氏の公式サイトにそのまま載せられていました。
ところが、その記載内容に誤りがありました。
朝倉氏公式サイトには、古賀良彦は10人兄弟(男5女5)の中で育ったと記載されていますが、実際は本人を含めて12人兄弟(男6女6)なのです。
弟である五男が幼くして亡くなっており、本人を覗いた兄弟の数と解釈すれば兄弟10人というので間違いはないのですが、内訳は、男4女6という事になり、いずれにしても誤っていることになります。

母にもこの記事を読んでもらいましたが、この記事に取り上げられた人物こそが、母が話してくれた偉大なる浸漬であり、やはり兄弟姉妹の人数も間違いだと言っていました。
まあ、母に確認するまでもなく兄弟姉妹の人数は戸籍除籍を診れば間違いは明白ではありました。
さっそく7/27(土)の夜に朝倉氏にメールにて指摘したのですが、翌週の月曜日の夜には偏示が届いていて、訂正させていただきますとの事でした。

発行済の印刷広報誌の訂正は不可能として、公式サイト上の転載記事が訂正されていた事を本日8/1に確認できました。

我が母は、私が間違いを朝倉氏に訂正してもらうと行っても、「勝手にすれば」くらいに興味なさそうでしたが、偉大なる浸漬である「古賀良彦・彦」親子はこのような些細な間違いも科学者らしく気になって許せなかったのかもしれないですね。
そこで私に働きかけて訂正させようとしたんだと思います。

ちなみに、この度の出来事で、古賀良彦の子供は彦を含めて全員が亡くなっていることも判明しました。
次回に浄霊してもらう予定です。