先祖供養の中断から再開まで3 ~お金を使う躊躇の払拭~
今回は、先祖供養にお金を使う事への躊躇をいかに払拭したかを書きたいと思います。
かつて、将来への不安から無駄遣いをせず、できるだけ貯金をするようにしていました。
貯金だけでは不安なので株式投資にも手を出していました。
もうほんぎょうそっちのけで株式投資にのめり込んでいたくらいです。
もし仕事がうまくいかなくても株の利益で生活できればよいなとけっこう本気で考えていたりもしました。
そして、、宝籤が当たったり、株で十分に余裕ができれば星椎先生の先祖供養を行おうとも思っていたのでした。実に恥ずかしい話です。
しかしながら、かのリーマンショックで大損を被ってしまったのでした。
たった1日で数年分の利益を吹き飛ばし、数百万円の損を出してしまったのです。
自分は、株式投資においては、絶対に信用取引で買いを入れないと決めていました。
買いは現物のみで、信用取引は空売り専用にしか使わないと決めていました。
ところが、そんなルールを侵して日経平均が1,000円の大暴落を演じる直前に、日経平均ETFを信用買いしてしまったのです。
日経平均が1000円近く大暴落する直前ですが、チャート上にほぼ確実に反発するであろうサインが出たのです。
それまでの下げ幅もけっこう大きかったので、ここで買いを入れれば確実に儲かると感じました。
そこで、ついつい禁を犯して手持ち資金以上の額を信用買いしてしまったのです。
、リーマンショックの年は日経平均ETFの空売りでかなり利益を上げることが出来ていたため、気持に油断が生じてしまっていたのでしょう。
絶対にやらないと決めていた信用買いにあっさりと手を出してしまったのです。
リーマンショック当日、仕事を終えて日経平均をチェックした時は何かの間違いでは内顆と思いました。
もしこの値が夢ではなく本当なら確実に追証が発生しているはずです。
急いで証券会社のサイトで確認してみるとやはりしっかりと追証がはっせいしていました。
500円くらいの下げなら追証は発生しないと計算していましたが、まさか1,000円近くも大暴落するとは夢にも思いませんでした。
もう、その日の夜はほとんど眠れませんでした。
追証を解消するだけの追加保証金は用意できないので売却する以外に方法はありません。
さんざん悩んだ挙句翌朝に成売りの注文を出しておきました。
リーマンショック翌日は、成売りの結果がどうなったか気になって仕事が手につきませんでした。
前日よりもさらに暴落していたらどうしようと気になってしかたがなかったのです。
最悪の場合は、1,000万円以上の投資資金が全て無くなってしまう状況だったのでとてもまともな精神ではいられませんでした。
仕事を終えてから急いで約定結果を確認し、とりあえず最悪の事態は避けられたので安心はしました
しかし、数百万円の大損失を被ったことには変わりなく、立ち直るまでには相当に月日を要したのでした。
この出来事がきっかけで、仕事を真面目にして、きちんと地に足の着いた生き方をしなければならないなと気付かされたのです。
星椎先生は、2足のわらじを履きこなさなければらなないと言われますが、一足目のワラジがまさにこの事に当たります。
そして、一足目のワラジを履きこなしつつ2足目のワラジの先祖供養をしなければならないのですが、株で大儲けをしたり、宝籤が当たったら先祖供養しようなんて考えていた事がいかに恥ずかしい事だったかも気付かされたのでした。
もちろん、株式投資からもきっぱりと足を洗いました。
今でも何故あんなにあっさりと禁を犯して信用買いを入れたのか理解できません。
まるでワナにでもかけられたか、もしくは、何か目に見えないものに操られたかのように見事なタイミングで大失敗を犯したものです。
星椎先生ならきっと、先祖が関与していると言われるでしょうね。
しかしながら、高い授業料とはなったものの、良い教訓となりました。
さて、今でも無駄遣いをせず貯金をして安心したいという気持ちには変わりはありません。
しかしながら最近は、せっかく貯金をしても老後の役にはたたないのではないかと感じるのです。
昨今の情勢からすると恐らく、大インフレになるであろうと考えるからです。
ジム・ロジャーズ氏が最近のインタビュー記事の中で日本が将来的にハイパーインフレになることを指摘しています。
朝倉慶氏も船井幸雄サイト内のコラム等でしばしば将来的にハイパーインフレになることを指摘しています。
今は、以上のような試適を真に受けて、日本に大インフレとかハイパーインフレが起こるなどと言うと笑われますが、1,000兆円以上の借金があり、人口も減少する日本がこのまままともにいられるとはとても思えないのです。
今現在は可能性は低いのかもしれませんが、昨今の状況はどんどんその大インフレの可能性を高めているように思います。
そういったわけで、せっせと貯金するよりも、2足のワラジを履きこなすべく、現実社会を生き抜くためのスキルアップと先祖供養にしっかりお金を使おうと考えるようになったのです。
次回は、先祖供養を再開したきっかけとなった出来事を書きたいと思います。
先祖供養の中断から再開まで2 ~病気治癒目的の払拭~
今回は、自分の眼の難病の治癒を目的とせずに先祖供養をできるようになるまでの出来事を書きたいと思います。
中野さんという能力者に重度のギックリ腰を遠隔で治してもらった事がありました。
時期は、まだ星椎先生を知る以前の、2005年も終わり頃でした。ちょうど自分の眼の難病が霊的なものから来ているのではないかとかヒーリングのようなもので治るのではないか考えるようになった頃です。
ブログでこの方を知り、数々の奇跡的な施術成果が綴られているのを読んで、この方なら自分の眼の難病を治せるのではないかと感じたのが、中野さんの施術を受けようと思ったきっかけでした。
ブログからコンタクトをとって、年明けの2006年に対面施術の予約を取り、お会いできるのを楽しみにしていたある日のことです。
ギックリ腰を起こしてしまったのでした。
呼吸をするだけで激痛が走るほどの重症のギックリ腰で、病院に自力で行くこともできず、最悪の場合救急車でも呼ばないといけないかなどと考えていました。
そんなときに、中野さんの事を思い出したのでした。
夜遅くでしたが、ダメ元でワラをもつかむ思いでメールで今すぐどうにかならないか遠隔をお願いしたのでした。
翌朝に「暇を見つけてやってみますね。」とありがたいお返事をいただき少し安心しつつ苦しさに耐えながらパワーが来るのを待ちました。
しかし、お昼を過ぎ・・・、15時を過ぎ・・・、いつまで経っても症状が変わりません。
いつ施術してくれるのかもわからず、もうとっくにチューニング済なのに治らなかったのだろうかと不安になりかけていたところ、夕方近くになって急に嘘のように痛みが引いたのでした。
あっという間に痛みがほとんど消えてしまったのです。あっけなく痛みが引いたのでした。
これはもう驚きました。
ブログに書かれていた数々の奇跡も嘘ではなかったんだと感激しました。
自分の眼の病気である網膜色素変性症にもこの奇跡が起こるのではないかと楽しみにして、2006年2月の予約日に対面施術をうけました。
結果としては、多少視界がスッキリしたかなと感じるくらいでした。
ブログには、緑内障で失明した人が一回の施術で見えるようになったなんてことも書かれていたし、対面当日も同じ話を聞かせてくれたので期待したのですが、ギックリ腰に引き続いての奇跡は残念ながら経験することができませんでした。
ギックリ腰が鮮やかに治った印象が強烈過ぎて、正直なところかなり残念に感じました。
それでも、中野さんからは、施術で多少の変化があったのなら何度か通うことによって徐々に治っていくかもしれないと言われたので、数か月後にもう一回の施術を受けましたが、やはり期待通りの結果は得られませんでした。
このまま続けても治っていくような気がせず、中野さんをしても無理なのなら、もうヒーリング系では自分の眼の難病は治らないんだなと悟ったのでした。
しかしながら、中野さんに素晴らしいパワーが備わっているのは確かなので、またギックリ腰でも起こしたらお願いしようと思い、ブログのほうはその後もたまにチェックしていました。
そんなある日の記事にとても気になることが書いてあったのです。
いつものように、とあるクライアントさんの病気を治しにかかったとき、ふと、このクライアントさんの病気は治してはいけないように感じたそうです。
このクライアントさんの病気はカルマであり、もしここで病気を治してしまったら、カルマが来世以後に持ちこされてしまうことを感じたのだそうです。
しかし、中野さんは考えた挙句にそのまま施術を続けたのだそうです。
クライアントさんの病気がその後にどうなったかは書かれていませんでしたが、この記事から、安易に自分の病気や苦しみから逃れようとすることはいけないのではと思うようになったのです。
話は変わり、以前の記事で友愛気功院に通っていたことがあると書きましたが、それはちょうど星椎水精先生の先祖供養を中断していた時期です。
当時の友愛気功院の施術のコンセプトは、カルマの浄化と神様との関係改善によって心身の病を癒すというものでした。
中野さんのヒーリングや星椎先生の先祖供養とは違った方向性のものだったので期待して通うようになったのでした。
自分の眼の難病は、2万年前のアトランティス時代に作ってしまったカルマによるものなのだそうで、そちらをどんどん浄化してもらいました。
しかし、一年ほど通っても視力に思ったほどの改善を感じることはできなかったのです。
そのうちにカルマを浄化したところでやはり目の病気はなおらないのではないかとかんがえるようになったのでした。
腕や足を事故で無くした人のカルマを浄化したところで腕や足が生えてくることは完全にありえませんが、それと同じように自分の眼の難病は治ることが無く、網膜色素変性症という眼の病気と視力障害はカルマとして受け止めて乗り越えなければならないことではないかと考えるようになったのでした。
ネットからスピリチュアル系の知識をいろいろと仕入れていく中でその考え方は段々と深まっていき、先に記した中野さんのブログを読んだことがきっかけでその考えは確信となりました。
こうして、自分の眼の病気である網膜色素変性症と視覚障害を素直に受け入れ、ここから様々な気付きや学びを得ることが人生のテーマであり、カルマを消化するということになるのではと考えるようになったのでした。
星椎先生によれば先祖を完全に成仏させないとなかなかカルマを消化することができないそうなので、そういう意味でも先祖供養の必要性がある事に改めて気が付くこともできました。
自分のカルマの消化も目的にしてしまっては打算の先祖供養になってしまうので、、ここは気を付けないといけませんが、自分の先祖を完全に成仏させ、“網膜色素変性症”という眼の難病のカルマを消化していきたいと思ったのでした。
こうして、星椎水精先生の先祖供養を再開するに当たり、自分の眼の難病を治そうという期待や目的を持たずに済むようになったのでした。
次回は、先祖供養にお金を使う事への躊躇をいかに払拭したかを書きたいと思います。
先祖供養の中断から再開まで1 ~半信半疑の払拭~
今回から数回に分けて、星椎先生の先祖供養を中断し再開するまでを書いていきたいと思います。
前回の記事で、2006年頃に星椎先生に初めて先祖供養を依頼したものの一回で中断してしまったことと、2013年に再開したことを書きました。
その間も、星椎先生の先祖供養をやらなければならないという気持ちがあった事も書きました。
では、どうして長い間、中断してしまい再開できなかったのか。
星椎先生の先祖供養にたどりついたきっかけからして、どうしても先祖供養に自分の眼の難病の治癒を求めてしまうのと、自分の眼の病気を治せないかもしれない先祖供養にお金を使う事にかなり躊躇してしまっていたという理由があげられます。
無欲の先祖供養がいかに大切かを理解しても、前回の記事に書いたように打算の先祖供養をしてしまったがために何の実感も得る事ができず、結果として星椎水精先生の先祖供養に半信半疑な気持ちを抱くようになってしまい、そこにお金を使う事に躊躇してしまうといった理由もあげられます。
将来に対する不安から、純粋に先祖供養にお金を使う事への躊躇もありました。
ということで、なかなか祖父母に引き続いての浄霊をいらいするに至らなかったのでした。、
これは前回の記事にも書いたように、まさに、神々から先祖供養をストップさせられていたという事になるのでしょう。
現在は星椎水精先生の先祖供養を再開しているので、上記の先祖供養を躊躇してしまう気持ちは完全とは言えないまでも、ほぼ解消しています。
どういった出来事や理由があって躊躇する気持ちを解消することができたのか。
まずは、星椎水精先生の先祖供養にたいする半信半疑な気持ちをなぜ払拭できたのかを書きたいと思います。
前回の記事にも書きましたが、いろいろな能力者から先祖供養の必要性を教えられたので、先祖供養の必要性や未成仏の先祖例を成仏させる必要があることは完全に承知していました。
ただ、先祖供養の解釈や方法が様々で、いったいどれを信じてどの方法を実践したらよいのかわからなくなってしまったのです。
そんな様々な解釈や方法の中で最も納得できたのが、星椎先生の「先祖供養」というサイトにかかれていたことでした。特に宇宙や霊的世界の説明には納得のいくものを感じました。
しかしながら、してはいけない打算の先祖供養をしてしまったがために祖父母の浄霊から何も感じることが出来ず、星椎先生の浄霊能力に対して半信半疑になってしまったのでした。
その半信半疑な気持ちが払拭できた理由は簡単で、星椎先生のコラムをほぼ毎日のようにチェックしていたからでした。
宇宙や霊的世界のことがより深く理解でき信じられるようになったし、コラムに取り上げられる体験談を多く読んでいるうちに段々と星椎水精先生の浄霊能力も信じられるようになったのでした。
星椎先生を信じられるようになるには、その他にもいろいろと複雑な要素も絡んではいるのですが、簡単に説明すると以上のようになります。
このようにして、星椎水精せんせいの先祖供養に対する半信半疑な気持ちは払しょくされたのでした。
次回は、自分の眼の難病の治癒を目的にしなくなれるまでの出来事を書きたいと思います。
先祖供養を始めたきっかけ
星椎水精先生の先祖供養を始めたきっかけを書きたいと思います。
自分は“網膜色素変性症”という進行性の眼の難病を患っています。
今から約10年弱前の2005年位に、ふと自分の眼の難病は霊的なものが関わっているのではないかとかんがえるようになったのでした。
そこで、ネットでいろいろと検索して、多くの霊能者やヒーラーさんといった能力者に鑑定してもらったり、実際に施術をしてもらったりしました。
実際に施術を受けたものには、気功・ヒーリング・浄霊などいろいろな種類のものがありましたが結局は思ったような効果は得られませんでした。
鑑定の結果のほうは、まちまちでしたが、先祖が何らかの形で関係しているという結果が多かったです。
実際に受けた施術も、先祖を浄化するという方向性のものが多かったし、、効果がなかった事を能力者に伝えると、御先祖の因縁が強すぎるのでもう少し先祖供養をしっかりする必要があると指摘されたりもしました。
そういった経緯で先祖供養についていろいろとネットで検索していて最も納得できる説明があったのが、星椎水精先生の「先祖供養」というサイトだったのです。
「やはり自分の眼の病気は先祖が関係しているのか」と質問のメールを送りました。
どのようなお返事をいただいたのかは、当時のメールを削除してしまっていて詳しくおもいだせないのですが、やはり先祖供養の必要があるといった内容だったとおもいます。
当時はまだ半信半疑ではあったのですが、藁をもつかむ思いで、とりあえず祖父母4名の浄霊を依頼したのでした。
詳しい時期は思い出せないのですが、2006年の後半くらいだったと思います。
結果としては、何も変化はありませんでした。
浄霊の時間に瞑想をしましたが何も感じませんでした。
祖父母4名が無事に成仏したとの葉書をもらっても何の実感も喜びもありませんでした。
今におもえば、自分の願望を果たすための打算の先祖供養だったから何も感じる事ができなかった事が理解できます。
当時も打算の先祖供養はいけない事を頭では理解していたつもりでした。
無欲の先祖供養をしてこそ、先祖は真に喜び、子孫に思いがけない感謝の恩恵がもたらされる事も理解していました。
それなのに、自分の眼の病気を治そうという完全に打算の先祖供養をしてしまい、当然のように何も良い結果は得られず、また新たな能力者探しの旅が始まってしまったのでした。
星椎水精先生の先祖供養を打算でする人は何も実感を得る事ができないので、たいがいは途中で先祖供養をストップしてしまうそうですが、これは自らの意志でストップしているようで、実は神々からストップがかけられているそうです。
自分もまさに神々からストップがかけられてしまったのでしょうね。
ただ、星椎先生の先祖供養をやらなければならないという気持ちは再会するまでの間ずっと持ってはいました。
という事で、2013年11月に先祖供養を再開するまでの約7年間、星椎先生のコラムはほぼかかさずにチェックしていたのでした。
それと、星椎水精先生の先祖供養はまず名前のわかる先祖を浄霊しますが、その為の資料として戸籍や除籍簿を取り寄せるという作業はまず必須になるので、自分も、祖父母の浄霊のすぐ後に行政書士さんに依頼して、取り寄せ可能な戸籍と除籍を全て取り寄せてもらい、「家系図」と「戸籍除籍の記載内容をまとめた冊子」を作成してもらいました。
ちなみに、約20万円の費用がかかりましたが、星椎水精先生の先祖供養をするしないに関係なく作成してよかったと思います。見ているだけで先祖の人生が垣間見える部分があり、なかなか興味深く面白いですよ。
次回から、先祖供養を再開するまでの事を書いていきたいと思います。
アセンション
沖縄に“神岡建”というヒーラーさんがいらっしゃいます。
この方が東京の麻布台で友愛気功院をやっていたときに定期的に通っていたことがありました。
だいたい、2007年から08年にかけての一年間くらい通っていたと思います。
自分の眼の病気を治す目的で通っていたのですが、本当に治るのかどうか不安になったのと、どうしても試してみたい催眠療法があって、そちらにお金がかかるということで通うのをやめてしまったのでした。
それでも星椎先生のコラムと同様になんとなく気になるものがあって、神岡先生の公式サイトのほうもチェックしてきました。
ときどき思い出しては「光の祈り」を唱えたりもしています。
先日、その神岡先生のサイトにものすごい発表があったのです。
なんと、「アセンション」したというのです!
神岡先生はもともと、アセンションとは時空間シフトのことであり、言い換えれば別の宇宙への引っ越しであり、その別の宇宙では幸福なシナリオが展開されるとおっしゃっていました。
ところが、この度のアセンションは、その幸福なシナリオが現宇宙の地上界に降りてきて次元上昇することで果たされたそうで、まったく予想外だったとのことです。
2014年6月22日(日)にアセンションが始まり、6月28日(土)に本格的にアセンションが果たされたとのことです。
一般的にアセンションというと、次元上昇のことで、3次元世界が5次元世界へと移行すると言われていますが、そういうことなのでしょうか?
なんだかよくわからないです。
アセンション前後の変化もまだあまりよくわからないですね。
そもそも、時空間シフトによる神岡説のアセンションだと、アセンションがあったことに全く気が付かず、あたかも大昔からアセンション後の幸福なシナリオの中で世界が展開されていたかのようになるとの事だったので、アセンション前後を意識できること自体なんだか違和感があります。
魂の小さい人はアセンションできず、現宇宙に取り残されるそうなのですが、もし取り残されてしまったのなら悲しいですね。
今のところ、半霊反物質の体でもないようです。
まあとにかく、アセンション後の世界は、戦争も病気も貧富の差もほとんどない幸福な世界になるとのことなので、本当にそのような素晴らしい世界になることを願いたいですね。
ちなみに、どうしても受けたかった催眠療法の方はほとんど効果がありませんでした。そもそも催眠にかからなかったのでした。
星椎水精先生のコラムに自分の体験談が取り上げられました
昨年2013年11月から、星椎水精先生の先祖供養を再開し、全ての自分の先祖を成仏させることを目標にがんばっています。
先日2014年6月16日(月)にも2名の先祖を浄霊していただき、その時にお礼に送ったメールの内用が、先生のコラムの中で体験談として引用されました。
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今回も浄霊ありがとうございます。
実のところ、当日は浄霊のことをすっかり忘れていました。
前日の日曜日夕方あたりから心身共に調子が悪く辛い状体だったのですが、当日午後には調子が良くなり、気持もスッキリとすがすがしく変わりました。
悪かった調子が急に良くなり、すがすがしい気持になるのが不思議で、何があったんだろうかなんとなく考えていたときに、今日が浄霊の日だったことを思い出し、納得がいきました。
引き続きよろしくお願いいたします。
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体験談として送ったつもりはなかったのですが、思いがけず取り上げられて恐縮しました。
この体験談が引用されたコラムの内用は、「霊感があればこのような体験ができるし、霊感がなくても星椎先生の先祖供養を続けていくと徐々に何らかのものを感じられるようになっていく」といった主旨のものでした。
自分は全く霊感があるという自覚がなく、今回2名の先祖を浄霊していただいたことで、合わせて90名の先祖を浄霊してもらったことになりますが、これだけはっきり変化を感じたのは今回が初めてです。
浄霊の日であることを忘れていただけに気のせいだとかプラシーボということはなく本当の変化だと感じました。
これからもこのような変化を感じられれば先祖供養を続けていく励みになるのですが、このような変化を期待しての先祖供養はよくないんですよね。
正直なところまだまだ先祖供養から何らかの見返りを求めてしまう自分がいるので、純粋な気持ちで先祖供養を勧めていけるように精進したいとおもいます。
このような変化を純粋に感謝の気持ちで受け止められるようになりたいですね。
あと、このメールの内用を体験談として取り上げたいとスタッフの方から連絡をいただいた時、「浄霊の日を忘れるとは先祖に対して気持が足りない」といった先生からの厳しいコメントが付くのではないかと心配しましたが、そういうことがなく少し安心したのでした。
もしかしたら、忘れてしまっていたからこそ打算や期待間のない浄霊となり、このような経験ができたのかなとも感じましたがどうでしょう。
でも自分が先祖として浄霊してもらうことを思うと覚えておいてもらいたいですね。
やはり、浄霊の日時はきちんと覚えておいて、できるのなら浄霊の時間は瞑想しようと思います。