昭和61年4月か。失業状態だっ た時、北海道から電話があった。
部隊の人事陸曹からだった。退職してからの職歴を聞かれてから、最後にこう言われた。
「また、電話があるからな。覚悟しておけよ」
退職した同期生に聞いたが、こういった電話がかけられるのはぼくだけだ。
これは縄文人に関わることで、縄文人のことは日本中の人が知っているのだ。
これは妄想ではないが、自己都合で会社などを退職した場合、失業手当は3か月かからないともらえない。
いいことか悪いことかわからなかったが、ぼくは親と住んでいたし、貯金は残っていたので会社を辞めてもあまり困らなかった。
その昭和60年の12月には郵便局でバイトをして、翌年の1月から3月までは弱電の工場でバイトをする。
4月か5月だったろうか。ハローワークでリサイクルの会社の求人票を見つけ る。これを窓口にもっていくと、
<残業時間が長い・・・>などと罫線が引かれているという。だが、ぼくはどうしても採用されなかったので紹介してもらう。
面接をしてもらった社長はその時、サングラスをしていた。面接で採用は決まり、翌日から雇ってもらえることになった。
「6時間だや。6時間、電話していたな・・・」
と社長が社員に話していた。これは、ぼくのことで、ハローワークから連絡があって警察とかから電話があったのでないか?