このお金で自転車が買える。東北の道路地図があった。はずだ。あった。まず、国道7号を北上する。

白神山地のことが詳しく書いていないな。だけど、日本1のブナの原生林なんだ。近づけば、分かる。

親に書置きを残そう。

<3日間ほど、旅にでます。東北の道路地図を借ります。>

これでいいだろ。使い捨てカメラをもっていこう。

夏樹兄さんは、いつ電話してきていいと言っていたよな。会社に電話して、写真をPC-VANに載せてくれるか電話してみよう。

「はい、・・・。

秀和か。どうしたんだ?」

「夏樹兄さんは写真をネットにあげることができるよね?」

「ああ、やってあげていいよ」

「じゃあ、あとで頼むね。仕事中にごめんさない」

これで宇宙人の基地を撮影したら、ライブラリーにあげてもらえる。

学生服にに入れたままだだった財布に2万円を入れて、財布をショルダーバッグにいれる。カメラも入れよう。それと地図と。

まず自転車を買おう。

ホームセンターに歩いて向かう。自転車は簡単に買えた。北を目指そう。

ぼくのひきこもりは治っていた。だが、気がつかなかった。こうして、ぼくは自転車を買っただけでテントも雨具も食糧も水さえももたずに、秋田市のホームセンターから白神山地をを目指した。

結婚して独立している弟が母へ生ケーキをプレゼントにきた。ぼくは母の日のことを考えなかった。

夕食後、母と半分こして、ケーキを食べた。

ぼくは糖尿病なので普段、お菓子を控えている。

甘いものは、おいしいものだ。

昭和60年に自衛隊を退職して、した仕事は窓拭きといった仕事である。危険作業で、最低賃金しかくれないのだが、まともなほうの会社だった。会社で午後5時を過ぎればまだ自分たちが帰らないのにタイムカードをおして残業代なんかでないという会社だったが、まともなほうな会社だったのだろうと思う。

いまは取り壊されている公共施設で窓ふきをしている時、先輩社員が落ちて死んでしまった。これはその日の夕刊でも報道された。ぼくはされで右手の手のひらに怪我をした。

 

そのころのことを考えると、社長とかからはぼくが落ちればよかったと思われているような気がしてくる。

朝礼の時に社長から「帰れ」とか言われるようになった。

作業事故だったので、警察が調べたがその時に警察が社長に縄文人殺害の容疑があることを吹き込んだのでないか?

「具合が悪くないか?」と社長に聞かれたので肯定すると、

「そうだろうなあ」と言われたりした。呪われていると思われたかもしらない。

会社ではクルマのドライバーが不足していた。ぼくは運転免許をもっていたが、取り立てだった。それで他の新人社員1人と運転の練習をさせてもらえた。これはいまでも役にたっている。

 

会社で毎日、朝礼をするのだが部長がぼくたちにノートをもたせて言ったことをメモさせろだのと言いだした。それでぼくは言われたとおり、朝礼でメモをしていた。だが、

「中山、お前は首にする準備をしているんだぞ」といきなり言われた。それで、その日は仕事をしないで、どうするかという話になった。ぼくはどうするか聞いてきた事務員に自分から辞めることにすると伝えた。相手は喜んだ。

怪我が治ったあとのことで、ぼくはその会社を辞めた。辞表のようなものは書かなかった。事務員から会社になにかの決まりにより解雇するという説明を受けた。

その会社は警備などを請けおっていたが、後でクルマで母とでかけて母をクルマを待っているとき、その会社のぼくを知っている警備員が助手席に乗り込んで言った。

「お前ははじめから、クルマの運転ができたか?」

と。それはクルマの運転は教えてもらったが、運転手として雇われたわけでないし運転手当とかはもらっていない。自分の決断で辞めさせておいて、何を言っているのだろう? あとで警察の言うことがおかしいと分かったからだろうが。

 

その会社はいまでもある。仙台や東京にも支社を作ったらしい。それは、それだけ銀行が融資したということだろう。そのうち、大コケするかもしれない。