ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹 -29ページ目

ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆



小澤さんが指揮をされたときのニューイヤーコンサートです。

小学生の時、サッカーもやっていましたけど、なぜか金管バンド部にも所属していました(笑。当時、運動会や演奏会でラデッキー行進曲を演奏したのを思い出しました。大人になって気がついたのですが、『ラデッキー』とは呼ばないで『ラデツキー』と呼んでいる方が多いようですね。

でも『ラデッキー』という呼び方のほうが、なんとなく『ラッキー!』な気がしてツイているような感じなんですけど・・・笑


今日、3月4日は一粒万倍日です♪


今週後半も元気よく行進しましょう!!
アメリカで問題になった日本のメーカーが、日本へ直帰せずに中国へ事情説明という名目で行ったのは、ともて興味深い行動だと思う。以前は中国市場向け部門も担当されていたんですってね。アメリカでの話は、大問題になったというよりは、アメリカにあるシナリオがあったんじゃないだろうか。もう破れかぶれ?

今の世界でうまくやるには、とにかく1番にならない、目立たない方がいいと思う。目立つならば、横並び一斉に突出できるように横の連携を深めるべきだと思う。一人や1社が1番になっちゃったら、すぐにコンコンってたたかれちゃうよ。まぁ、この話も「今は」の話であって、近い将来は正々堂々と1番になっても行けるんじゃないかな。

強かにね。


人間って何やっているのかなって思うことがある。

飛行機に乗って上空から街を眺めていると、
車が走っていたり、工場か何かが稼動していたり、
畑が見えたり、ちっちゃく見える人が動いていたり・・・

走っているトラックが見えると、何をどこに運んでいるのかな?なんて思う。

絶対そうだとは言えないけど、
100在る物質を人間なり動物なりその他の生物や気象などが
細かくして単に移動させているだけなんじゃないかって思えました。

有形物、食べ物だってそうだ。
種が飛んできて、実がなって、それを食べて、排出して、土に栄養となって・・・
『腐る』ということだって、移動だと思う。放つ臭いも移動だ。

情報という無形物でも人から人に伝えて移動して運んでいるわけだ。
人が歩いて、出会った人と挨拶して、会話するというのだって、
もちろん情報を移動させていることだと思う。

日々の掃除だって、ごみとして認識している物質を移動させている。
そのごみという物質を違う物質に移動(再生)させる為に。

だから掃除って言うのは、気持ちも清清しくなるし、
物質をよい方向へ移動させているから、
それなりの見返りみたいなものもあるのだろう。

貴重な価値在るものに移動(再生)させることを、
人間が手助けというかやらなければいけないこととして
動いているわけだから。

そう考えると、トイレ掃除もきれいにしてゆくための
物体移動手助け行為だし、トイレ掃除するとお金が入るというのも
理解し易くなる。これはあくまでも僕の変人的考察だけどね。

こうやって、日々、移動行為(作業)をしていると、
掃除という行為が代表されるように、回り道があったとしても、
やがて地球もきれいに整ってゆくのだろう。

たとえるならば、ルービックキューブの色柄がめちゃくちゃだったのが、
だんだんと6面それぞれ同色できれいに整列されてゆくような、あの感覚。

つまり、元あったところに戻す行為。

その6面すべてきれいに揃ったら、地球はどうなるのだろうか。

時間の観念からすれば、地球がきれいに整うなんて
まだまだずっと先のことなのだろうけど、
その移動作業を指示している存在やら、いわゆるサムシンググレートやらが
面倒くさくてもうや~めた、なんて揃わないルービックキューブを
放り投げちゃうような状況になっちゃったらそれはそれでよくないので、
ちゃんと日々移動作業をやることにしよう。

ホント物質量100をみんなで細分化して移動させている行為なんだなぁ、
よくできた仕組みだって思います(笑。



『アンタ、ここまで長々話して、それって、つまりは循環だろ?』・・・

そういわれればそうなのですけど。


でも、それを上空から眺めて気づいたわけなんですよ。



手元にある物質はどんどん次にまわしてゆくこと。

不要なものはどんどん次にまわしてゆく。

身の回りのものを少なくする。


その循環を価値あるものにして如何に長く自分の所に
留めておくことをやっているのがいわゆる富豪。

お金持ちが決して幸せな人生や運命ではないのもなんとなくわかる。
滞留させることは、6面の色あわせに時間をかけさせている原因のひとつだから。

いずれ循環させるのであれば、循環ゲームなのであれば、
パッパッパッと循環させればいいんじゃないのかな。

けれども、そこに経験や感情が介入するから余計に複雑になったりしてゆく。
でも、その複雑になった結果を経験として
何か偉大な存在みたいなものは情報として欲しいのかな。

とにかく、決まった物質量をある目的の為に地球でみんなが移動させている。
それが目の前にあることを
あるがままに生きることと、まさに今を生きる。
そういうことに繋がるかもしれませんね、もしかしたら。
CM見て久々に大笑いしたコピーがある。





『全員修造!』





これを思いついたコピーライター最高。


松岡修造の独特の性格・表現が
ようやくキャラクターとして浸透してきたのも
後押ししているのかな。

「全員集合」世代ともうまくリンクしてとてもよかった。

関係ないけど、同氏のテニススクールも人気有るらしいし。
対外的には暑苦しさを表現しているけど、
結構スマートな印象だと思います。
その洗練された印象を払拭したかったのかな。


思い出したことで、
実は自称CMオタクでビデオテープ時代に
昔のCMを選んで録画して纏めたりしていた。
もちろん、ビデオテープ今でも持っていますけど。
その時そのときの時代を残したいと思って録画していました。

CMオタクといっても、宅八郎のような出で立ちではなかったですよ(笑。


特に、正月に高田純次の司会で
新春番組で「噂のCMガール」をやっていたときは
毎年要チェックでした。

当時の高田純次の軽快な口調がとても好きだったな。
今こそ同氏のキャラが恋しい。
そのくらい恋しい程、時代が、日本が水を打ったような感じだ。

松岡修造、高田純次、ルー大柴・・・
日本にもっと暑苦しさを!っていうテーマで盛り上げて欲しい。

坂本竜馬のような正統派日本盛り上げムードもいいけど、
お祭り好きのような感覚でもニッポンを盛り上げて欲しい。

広告代理店も垣根を超えて、動いてくれないかな!


誰かが言っていましたけど、

『CMは時代を映す鏡である。』

まさにそのとおりだと思う。

今ではユーチューブなどで昔のCMが見られるのはとてもうれしい。


今の日本に必要なのは、

全員修造の力かも。



日々忙しくしていることと、
マラソン・ハイ(ランナーズ・ハイ)と呼ばれるものや
瞑想、座禅、チャネリング云々などは
動と静の違いは有るものの
得られる効果は変わらないのかも知れない。

研ぎ澄まされて
判断力が高まる
直観力が高まる
本質が掴めそうな・・・

そんな感じかも。

え~もう3月になっちゃうの~!!

なんていうこの感覚。
これぐらいが今の僕には生きていてちょうどいいのかも。

本当に1月2月の日数の6割ぐらいしか過ごした実感がない。
ヒューンと風のように時が僕の前を通っているようだ。

でもでも、なんだか忙しいほうが
生きている実感が沸くというか

余計な事を考えなくても済むし、

悩み事も増えないというか減少していくし、

景気もどうだとかああだとかぜんぜん関係ないし、

どうやら忙しいとそんなものに巻き込まれないようだ(笑。

忙しくしていれば、結果的にうまくいくんじゃないのかな?
もちろん、僕の場合ですけど。

う~ん、馬車馬じゃないけど、そういう時も必要なんだよね。

こういうご時世こそ、ちゃきちゃき馬車馬のように
仕事、スポーツ、子育て、炊事洗濯、趣味なんでも
やっちゃうといいんだよ。

まるで独楽がビューンと直立で回って
その高速回転している中に自分がいるから
運良く周りが見えてこないし、見ることができない。

いいこともそうだけど、よくないことも見えない。
大事な情報だけは軸からすっと入ってくる・・・

そんな感覚に感謝です。


ただ、気をつけなければならないことは、

独楽として喩えたのだから、
高速回転しているときこそ慢心せず謙虚に、
そして、失速することもあるんだということを頭に入れて、

また、高速回転中の独楽でも紐でヒョイっと
足下をすくわれることもあるんだということを
頭の片隅にいれて、高速回転独楽生活をエンジョイしよう!

今日は一粒万倍日♪

何か始めるにはとてもよい日。

こんな素敵な陽気だから

清清しく新たな気持ちになりますね♪


もうすぐ卒業シーズンでしょうけど

どちらかというと僕の感覚では

すでに新学期、新社会人、新しい世界・・・

なんだかそんな感覚です!

とにかくワクワクしている

この感覚がたまりません。


もう春はそこまで・・・なんですね。

これで沈丁花の香りがしたら、卒倒しそうです・・・笑



僕が春で思い出す歌だと、自然と女性ヴォーカルを選んでしまうようで。

女性が春の歌で思い出すと何になるのだろう。


デートのときにでも聞きたくなる曲だな。

普段行かないけれど、たまたま入った明るい喫茶店で
開いている窓に広がる花々をゆったり眺めてデートしたり・・・

今日のような陽気に砧公園(指定かよ!笑)でゆっくり散歩したり
芝生に横になったりしてデートしたり・・・

春の妄想空想は尽きませんね(笑


「♪明日が待っているから、後ろは振り向かないわ!♪」

久しぶりに「恥を知れ」という言葉を耳にした。

そう表現していた媒体もあれば、
そう表現していない媒体もあった。

言った本人は
本人が言いたくて言ったのか、
パフォーマンスとして言わされたのか。

この次元において、
事が起こってしまい、
その影響を対処すべきなのはよくわかる。

ただ、ロールプレイングゲームのように見えてしまう。

あるシナリオのために用意された出来事。

今回それの役割が回ってきている人。

果たしてどうなんだろ。



ただ、「恥を知れ」なんて言葉

なかなか言えません。

本当に僕は恥かいてばかりだから。

この言葉、とても重みがあるように感じました。

言葉って言霊だよ、本当に。

日本語であれ、英語であれ、
その時に、言っちゃった人

ブーメランのように発言した言葉が
戻ってくるような気がする。

それに耐えられる精神力があればいいけど。

言葉は言霊だよ。

人を動かさなければならないときに
指示しなければならないときに
その人を思って言わなければならないときに
好転を望んで電気ショック代わりに使うのなら
まだいいけれど。

言葉には本当に重みがある。


こんなことを文章にしてみたのだが、
これを思ったのは一瞬のことだった。

文章にすると長いですね。


『人間のマインド研究と、その聖なるマインドとの関係は、いまだに乳児期にあります。自身の成長と想像力を通じて、恥ずべき偽善的行為を捨て、本来の誠実さと真実を重んじるよう人間に強いる時が来たら、その時は、本当に物質世界を征服したことになるでしょう。そして、人間は地球で消化・吸収したすべての体験を楽しむようになり、邪魔されることなく上昇への道を歩み続け、別世界へ向かう準備を整えるでしょう。』

(引用:シャスタ山で出会ったレムリアの聖者たち)