ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹 -25ページ目

ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆

わかりません・・・

ごめんね~、ごめんね~~

その心、わからなくてさ(笑

悶々としちゃうよね~


はい、

最近、掃除ネタをやっていますが、
人生の折り返しに来たか来ないかの年齢になると
掃除に魅了されるのは判るような気がする。


なぜなら、


散らかっていたり、汚れていたりするモノから発する
波動に耐えられないからだろう。

それだけ吸収しやすくなってしまったのではないだろうか。


うちの子供たちはきれい好きとは言えない、一般的に。
やっぱり机の周りも散らかるし、時折、脱げば脱ぎっぱなしで
まるで昆虫が脱皮した後のような服の脱ぎ方もする。

食卓の上に関係のないものが置いてあったり、
明らかに場違いであろうと思われるものが
そこに置いてあったりするだけで滅入ってしまう。
けれど、その置き方のミスマッチを発見するのも面白いけど。

家事をやっている奥さん方の気持ちがわかりますわ(笑


でも不思議なもので、完璧にキレイな家だったりすると
逆に落ち着かなかったりする。

歪(いびつ)という言葉のように
ちょっと欠点があったほうが人間の感覚には受け入れられやすいのだろう。


大人以上に子供は散らかっていたりしても気にしないのは
子供たちから出る波動の方が散らかっているところの波動よりも
強いのだろうと思う。そんな打ち負かす力があるのだろう。


なんとなくそんな感じがした。

そうだよな、人生だいたい半分なんだよな・・・不惑・・・。

先月誕生日を迎えた僕は、そんなことを思ったのだ。
昨晩、飼い犬が玄関で突然吠えたので、

何があったのだろうと行ってみると・・・


ガサガサッ!?

な、なんと


・・・かぶとむし・・・



バケツの中で

カブトムシが幼虫から成虫になるべく

羽化していた。


どうやらバケツを上って床に落ちたらしい・・・

娘はびっくり、怖がっていたので

昔のいじめっ子の如く、

カブトムシ掴んでもっと怖がらせようと思ったのですが、

そこまでやっちゃうと

いわゆる年頃の娘の「パパ嫌い」確定となるとマズイので、

ここは紳士的に・・・笑


でも、さすが長女、靴の中にかぶとむしが入っていないか

ちゃんとチェックしていた・・・笑



まだ羽や背中は柔らかいので丁寧に扱わないといけないけど

もう手足は強くてがっしり掴んでくるので、結構痛い。


あと何匹バケツに入っていて

何匹羽化してゆくのかな。


取り敢えず今は合計4匹。

ケンカさせないように飼育ケース増やさないといけないけど、

そんなのもったいないので

ペットボトルで宇宙ステーションのように

各部屋作ってドッキングさせようか思案中。



嗚呼、もう観察日記スタートか・・・笑



でも昔は、いわゆる都会でも

夏休みの早朝、かなづち持って森へ林へ

カブトムシ採りに行った覚えがあるのだけど、

なんだか成虫になる時期が早いような気がするのだけど・・・。



今の時代はインターネットで育て方が
たくさん載っているので参考にしたいと思います。

息子には「やっぱりパパ、すげぇ!」って言わせないとな。


もちろん、娘にも「パパ、すごい!」って言わせないとな(笑

(おいおい、自分の株上げるために、かぶとむし育てるのかよ!!)


$ぐるぐるノート-カブトムシ-2010-07-06



♪甘い匂いに誘われた

 私はカブトムシ♪

そんなフレーズを思い出してしまった。









流れる表現力で物語を伝えるバレエ

それに音楽が加わり

さらに水や風のごとくさらさらと流れる

そんなバレエが大好きです




もう7月なのですね。オーバーコート着てバレエを観に行った冬がなんだかちょっぴり恋しいです。人間って寒い時は暑いトロピカルなイメージをして、暑い時には襟を立てたくなるような冬の寒さを思い出したりします。もしかして僕だけかもしれませんが・・・。

今年はオーチャード・ホールで「眠りの森の美女」の全幕を観ました。ロシアのレニングラード公演です。今、流れている「くるみ割り人形」の公演もあれば、次回行ってみたいと思います。
こぢんまりしているホールですが、バレエを観るには音の伝わりを考えるとちょうどよい広さなのかもしれません。

もちろん、生きた音楽と流れる表現力を堪能するのがバレエ観賞の醍醐味なのだけど、ここだけの話、床をたたくトゥシューズの音に耳を澄ますのも実は好きだったりします。


一度足を運んでみてはいかがですか?

何かが変わるかもしれません。

他人がやらないこと、新しいことにリスクをかけて挑戦する。

冒険、発明、発見好き。

それが事業と経営に必ず繋がる。


これを追求する、そしてビジネスとして成立させる。


まさに人生、変人道だな。



昨日6月30日夕方、

夏越の祓で茅の輪くぐりに行ってきました。

今年も半分、

後半がんばるぞ!
雨降りの朝


ゆっくりコーヒーでも飲みながら

こういった映画を楽しむのもいいですね

雨音が映写機を回している音のように聞こえて


見終わった頃には

お外も心も笑顔で晴れているかも





 仮に一部の特権階級の人間、グループが世界を牛耳っていたとしても、彼らはこれからはもっと忙しくなって、内面という地球をどうやって管理しようか等と考えている暇はなくなると思う。どちらかというと、外部からの干渉が多くなって、自分たちをどうやって守るかということに重点を置き始めると思う。自分たちだけが助かるようにすることばかり躍起になって。そのタイミングを見計らって、事実をほとんど何も知らない僕らは上手に覚醒してゆくべきじゃないのかな。戦わずして勝っちゃうんだよ。

 日本ってダサいイメージを植えつけられていたけれど、最近、なんだか肝っ玉据わってきたというか、少しかっこよくなってきたんじゃないかな。分けわかんないこと言うようだけど、未来が過去を作っているだなんて、誰か言っていたけど、本当かい?笑 だとすれば、この時代に日本がダサいとか日本嫌いが多かったということは、未来では日本で大活躍しているんじゃないかって、そう思ってきているよ。僕の印象としては、日本って世界、欧米から立場弱くて、ガキ扱いされて、ビジネスでも蚊帳の外だったし。そういうのって、未来の何か知っていて、日本のこと恐れている証拠なのかもね。未来に存在する明るい日本がある、そういう証拠かもよ。

世界ががちゃがちゃやっている間に、日本人は丹田呼吸で胆力勝負かな。ま、勝ち負けではないけどさ。
 何かの本で性格は肉体に付随している云々を読んだことがありました。どうやら魂は変わらないのだけど、性格は入る肉体によって変わるらしい・・・これ、転生された人のコメントのようでした。
確かに以前、テレビで臓器を移植されたら、その前の人の見た光景や性格が入り込むなんて話もありましたね。

 これを読んで思いついたのが、


 やはりモノ(物)は生きているということ。


 別の言い方をすれば、


 モノ(物)は耳を澄まして聞いているということ。


 この世界ではこんなこと言うと、とうとうというか完全に頭やられたかとなりますが、ものづくりをしていると、どうもそのように思えて仕方ないことが多々あります。但し、ここではどういったことが起きているのかは言いませんけど・・・笑

 こういう表現もどうかと思うのですが、私は古着をあまり着ません。たまに古着屋さんで袖を通したり、ジーンズを履いたりしてみますが、それを着てどう感じたかという感覚がとても大事なように思えます。ものすごくビンテージモノであったとしても、袖を通したり、履いたりして着心地が良くなければ、それはその人の求めている、その着物自体がその人を欲しがっているわけではなさそうです。

 ばっちり出会うべくして出会うモノたちはあると思いますので、着心地や第一印象が良ければそれでよいと思います。
そこで、洋服に「これから私はあなたを着て人生を楽しみたいと思いますので、徐々に慣れてもらえたらうれしいです。」とか、中古車を買ったら、「わざわざ我が家に来てくれてありがとう。あなたのような車を待っていたんだよ。これから大事に乗ろうと思うので、ヨロシクね!」みたいなことは人知れずお話した方がいいと思っています。

 こういう一見頭がおかしくなったんじゃないかと思われる行為をすると、驚くほどパフォーマンスの良い働きをしてくれるのです。その洋服を着た途端にお友達から「この洋服素敵ね~♪」とか、「いい車だね、まるで新車みたいだし、いい走りするね」などと言われたりするはずで、車も気を良くしてか、駿馬のように走り回ってくれます。雨の日風の日に車で移動すると感謝で涙が出てくるほどです。
また不思議なことに大きな故障しない。複数のオーナーがかかわる車は特にこういったことに注意して購入すべきだと思います。
ピアノなどの楽器も同様で、これから弾いてみようと思うとき、今日は雨降りで湿っているけど、いい音出してみようね。響くかな?みたいな。絵を描く前に鉛筆に言ってみるのもいいかもしれません。いい絵描きたいから、ヨロシクね・・・みたいな(笑。

 こういうの現象を目の当たりにすれば、やはりモノは人間の言っていることを聞いているし、理解していると思います。
やっぱり生きているんだな、これが今のところの私のモノ、物に対する見解です。

 捨てるときは「本当にありがとうございました」と最低一言は伝えるようにしています。

ちょっとこの話題、普通の方が読んだら、もうこのノート、読まなくなっちゃうかな?笑

 今日、僕は朝から忙しかったです。・・・なんて子供の日記風に始めてみましたが、ちょっと印象的だった昨日のこと、思いつくままに書き残しておこう。最近、妻は体調のことで、行き詰っていたことがあったので、昨日ある人のところにお伺いに行きました。
 
 その場所に行くには電車、バスがベストで、多分無いだろうと思っていたのだけど、ネットでコイン駐車場調べて・・・もしかしたら新しくできたコイン駐車場あるんじゃないかって、期待して調べるときってあるでしょう。でもやっぱり無い。だからと言って、電車バスじゃ思うように移動できないので無理やり車で行くことにしました。

 頭の中では、「車で行くような場所じゃないのはわかっている、だから1キロ圏内でも何でもいいから、駐車できるところを教えてくれ、彼女を送り届けた後、車停めてから俺はそこからタクシーでも何でも使って、そのお宅に行くから。もし、神様、あなたが男(漢)なら、なんとかしてくれ!」なんて半ば投げやりに出かけました。

 ご近所まで来たところで、道端でおばちゃんがいたので、「おばちゃん、ここのお方?そこの○○さんのところにお伺いしたいので、うちの奥さん、足腰良くないから、ほんのちょっとだけ車停めさせてもらえませんか?すぐ戻ってきますから。」話しかけたところ、そのおばちゃん、「ここ、うちの私道だから、いくらでも停めていいよ」・・・だってさ。

 また、そのおばちゃんからとても有益な話も聞いたし、ある神社に行ってみたら?なんて興味深い神社を教えてもらったし、なんだか俺は見られていると思ったよ。

 神様、あんた男ならビシッと見せてくれよ!なんて啖呵切ったら、この結果だった。出たよ、やられたよ・・・笑、まったく。あ、俺は便宜上神様って呼んでいるだけで、別に深い意味は無い。自分の妄想の範疇だから、みなさん、気にしないでください(笑。 
でも半ば啖呵切ったようなことを言うと、場合にもよるのでしょうけど、こうやって覿面に結果を出してくる。その度に俺は恥ずかしい、歯がゆい思いをする、仕舞いには神様ごめんなさい。やられた~という感じで。

自宅に戻ると、ポストに治療に役立つ資料が届いたり、彼女の体調も感情も少し安定したみたいだし。妻の具合も昨日を境にまた違うフェーズに突入したような感覚があって、もちろん、良い方向に。

関係ないけど、昨日のサッカー、負けたけど、なぜか不思議な感覚。日本チームの胆力を見たような気がする。


夏至か・・・。


新しいフェーズに入る。

そして、俺の周りも新しいフェーズに入る。そう感じる。だからまだまだやれるだけのことはやってみよう。神様だかなんだか知らないが(ってまたこんなこと言っちゃっているけど)、俺がやっていることを見ている、見られているような気がする。そういう考えこそが傲慢かと思っちゃうけど。でもなぜかただ今、お得なお試し期間中!という感じ。そして人を介して覿面な回答をしてくる。


けど、あのおばちゃん、本当に存在している人なのかなって、疑いたくなる。そういうのってあるような気がしてさ。以前も、本屋で知らない人がいきなり「人から学ぶ 」って教えてくれたし。妙に絶妙なタイミングが織り成す出来事の渦中にいる、そういう時って、ポヤーンとした感覚になって、はて、今の人は本当に存在した人なのかって感じる。



よし、これからも頑張るぞ。

以上、妄想・一人芝居おわり・・・笑