一見、ちゃらちゃらしている雰囲気を出したいのはわかるのだけど、やっていることはガチガチの型にはめようとしている。無理に自分に制限かけなくてもいいのでは?この時間はこれはやっちゃいけないとか、そういうので自分に縛りをつけるのは時として疲れてしまうぞ。そいういうのを教える為に、いろいろなきっかけを作って伝えようとしているのだから、よろしく受け取ってくれよ。目の前にあること、物、音、光、人から発する言葉の内容、自分に対する話ではなく、たまたま耳に入った話、音でもなんでも、すべて何かのサインを持っている。
それだけガチガチになると言うことは、周りにしっかり相談していないからだよ。しっかり相談できる人間は何人か持っておくこと。これは社内の人間でもいいし、社外の人間でも言いし。社員に聞いてみるのも時としてよいものだ。なかなか部下に相談するということは、立場を考えてしまうと慎重に勇気がいるものだが、それは自分の人間性を理解してくれるきっかけなのだから。
以前、立ち寄った本屋さんで、知らない人にいきなり「他人から学ぶ」重要性を教えてもらったでしょう。普段はあんなに直接的に教えることは無い。ただ、それが必要だったからだ。との「他人から学ぶ」ことをせずに自分の成長、会社の成長はなかなかままならないですよ。自分を型にはめようとしている、はめていると言うことは、他人様に相談していない、聞く耳を持っていない状態である証です。最近、そんなに親しくない人に腹を割って涙して話したことがあったでしょう。あの要領です。銅像のように硬い肌をかなづちで叩いて、中のやわらかい自分を出してみなさい。
昨日、この日記にトイレ掃除のことを書いたのだけど、
今朝、家の周りを見たら、
ありましたよ♪
ワンちゃんの落し物が・・・笑
「こりゃ、来た!!!」と思ったわね(笑
まぁ、復習のような感覚でしょうか。
こんな指示が伝わってきます。
「あなた、このワンちゃんの落し物、掃除できますか?」みたいな。
もちろん、掃除しましたけど、
なんとなく思ったのですが・・・
犬も寄り付かない家よりも犬が気軽におしっこやらうんちをしてくるなんて、本当は嫌だけど・・・、新橋の立ち飲み屋のような感覚で犬が来るのなら、まぁ、良いかと思ったり。歩く人も、犬や猫さえも寄り付かない家なんて、なんとなく化け物屋敷みたいで怖いですからね。
住み始めた当初は、ただただこの家を守るみたいな守備意識が強すぎて、それが排他的になって、家の醸し出す雰囲気や自分にも影響受けていたと思うけど、今は違うと思っている。
幸いというかおかげさまで、拙宅には人の出入り、遊びにくるお客様が多いので、家と住む人との呼吸が今はうまく合っているのではないかと思っています。ただ、私から見れば、家の方が強いというか偉いと感じているので、基本的に家に住まわせてもらっている感覚でいます・・・居候みたいな(笑。
う~ん、ウン(笑)、人の家の前でワンちゃんが落し物をするのは、好ましくないけど、構わないです♪片付ければいいだけの話ですから。
ただ、飼い主はやっぱり、しっかり掃除しないとね。身内が落としたものを拾って、適切な場所に移動させて、つまりは捨ててあげないと、やっぱりその飼い主からは簡単な方法で言えば、お金の出が早くなったりしてくるのではないでしょうか?それがメグリ、巡って、私のところに来ているのかも知れません。
ワンちゃんの落し物が家の周りにあったりすると
「しめたもの!」とついつい思ってしまいます。
心が清清しくなるきっかけですから♪
今朝、家の周りを見たら、
ありましたよ♪
ワンちゃんの落し物が・・・笑
「こりゃ、来た!!!」と思ったわね(笑
まぁ、復習のような感覚でしょうか。
こんな指示が伝わってきます。
「あなた、このワンちゃんの落し物、掃除できますか?」みたいな。
もちろん、掃除しましたけど、
なんとなく思ったのですが・・・
犬も寄り付かない家よりも犬が気軽におしっこやらうんちをしてくるなんて、本当は嫌だけど・・・、新橋の立ち飲み屋のような感覚で犬が来るのなら、まぁ、良いかと思ったり。歩く人も、犬や猫さえも寄り付かない家なんて、なんとなく化け物屋敷みたいで怖いですからね。
住み始めた当初は、ただただこの家を守るみたいな守備意識が強すぎて、それが排他的になって、家の醸し出す雰囲気や自分にも影響受けていたと思うけど、今は違うと思っている。
幸いというかおかげさまで、拙宅には人の出入り、遊びにくるお客様が多いので、家と住む人との呼吸が今はうまく合っているのではないかと思っています。ただ、私から見れば、家の方が強いというか偉いと感じているので、基本的に家に住まわせてもらっている感覚でいます・・・居候みたいな(笑。
う~ん、ウン(笑)、人の家の前でワンちゃんが落し物をするのは、好ましくないけど、構わないです♪片付ければいいだけの話ですから。
ただ、飼い主はやっぱり、しっかり掃除しないとね。身内が落としたものを拾って、適切な場所に移動させて、つまりは捨ててあげないと、やっぱりその飼い主からは簡単な方法で言えば、お金の出が早くなったりしてくるのではないでしょうか?それがメグリ、巡って、私のところに来ているのかも知れません。
ワンちゃんの落し物が家の周りにあったりすると
「しめたもの!」とついつい思ってしまいます。
心が清清しくなるきっかけですから♪
どうやらプレイヤーは居るらしいが、
時折放置プレーされるときがある。
これはどうするんだ?って聞いても、
返答無し。
そういう時はしめたもの。
勝手にやってみる。
でも、やつはトイレに行っているのだろうか?
はたまた飯でも食っているのだろうか。
まさか遊びに行っているんじゃないだろうな!なんて。
管理官みたいなのは居るらしいのだか
基本的にプレイヤーが操作する。
どうも、このプレイヤー、
言っちゃ悪いけど
地球人慣れていないようだ。
まったく、困ったもんだ(笑。
俗に言う、転生の回数が少ないとか?
そういうことなのかな?(笑
返答してくれ!
・・・なんてね。
時折放置プレーされるときがある。
これはどうするんだ?って聞いても、
返答無し。
そういう時はしめたもの。
勝手にやってみる。
でも、やつはトイレに行っているのだろうか?
はたまた飯でも食っているのだろうか。
まさか遊びに行っているんじゃないだろうな!なんて。
管理官みたいなのは居るらしいのだか
基本的にプレイヤーが操作する。
どうも、このプレイヤー、
言っちゃ悪いけど
地球人慣れていないようだ。
まったく、困ったもんだ(笑。
俗に言う、転生の回数が少ないとか?
そういうことなのかな?(笑
返答してくれ!
・・・なんてね。
さっき、オリエンテーリングだなんて言ったけど、
もっと判りやすく言えば、ロールプレイングゲーム。
ドラクエやらファイナルファンタジーやら。
プレイヤーは自分じゃないんだな、これが。
多分、僕は画面の中にいる主人公。
プレイヤーは他に居て、
実は、ここに居ない。
そいつがいろいろな事象、課題に取り組んでいる。
それで、簡単にクリアできると、そいつが慢心してくる。
そうすると、横で見ている管理官みたいなのが
オプションのゲームの難易度を勝手にハードにしてゆく。
こっちはカンベンしてくれよなんて思っても
プレイヤーの管理官が指導してくる。
でも、やり遂げると
「まったく、ようやく判ったか!!」
なんて声がどこからともなく聞こえてきそうで・・・笑。
こんなこと言っている時点で嘲笑対象ブログ決定だな(笑
もっと判りやすく言えば、ロールプレイングゲーム。
ドラクエやらファイナルファンタジーやら。
プレイヤーは自分じゃないんだな、これが。
多分、僕は画面の中にいる主人公。
プレイヤーは他に居て、
実は、ここに居ない。
そいつがいろいろな事象、課題に取り組んでいる。
それで、簡単にクリアできると、そいつが慢心してくる。
そうすると、横で見ている管理官みたいなのが
オプションのゲームの難易度を勝手にハードにしてゆく。
こっちはカンベンしてくれよなんて思っても
プレイヤーの管理官が指導してくる。
でも、やり遂げると
「まったく、ようやく判ったか!!」
なんて声がどこからともなく聞こえてきそうで・・・笑。
こんなこと言っている時点で嘲笑対象ブログ決定だな(笑
たまたま思いついたから書き残しておこう。
「これ、めんどくせーな。」
「うぇー、大嫌い。」
などと思う事象って
実は思い切ってそれに関わってみることで
結構ブレイクスルーしたりすることがある。
何事も、そう信じてやってみるか・・・(笑
判りやすく言えば、トイレ掃除なんてズバリかも。
特に、公共、お店のトイレではそれに試されているように思える。
「この汚れているトイレ、きれいにできますか?」みたいな。
しかしながら、人間っていうのは、生きていると
手を変え品を変えいろいろな事象がやってくる。
しかもできるかぎり今までの経験で処理できないことを試してくる。
僕の場合、今までの経験で処理してゆくと、慢心が生まれるので
敢えて真新しい事象で試してくるんだろうな。
でも、そういうのって、やりこなしてゆくとなんとなく愉しいものだなと思う。
ってそう思っちゃうと、足元すくわれるから気をつけよう(笑。
でもでも、人生って、まるでオリエンテーリングみたいですね。
あっち行って、こっち行って、指示見て、また移動する。
このシナリオ、自分自身で作っていたら、ものすごい脚本家だな(笑。
大枠は決めておいて、小さなシーンはその場その場で適宜に
演出してくれる演出家が舞台の袖にいるのだろうか?
そうか、主演俳優として演じている僕は、
脚本家、演出家、裏方さん、共演者、エキストラ・・・そういう人たちに囲まれて
今があるのかもしれない。
みんな、ありがとさん・・・笑
パチパチパチ・・・♪
「これ、めんどくせーな。」
「うぇー、大嫌い。」
などと思う事象って
実は思い切ってそれに関わってみることで
結構ブレイクスルーしたりすることがある。
何事も、そう信じてやってみるか・・・(笑
判りやすく言えば、トイレ掃除なんてズバリかも。
特に、公共、お店のトイレではそれに試されているように思える。
「この汚れているトイレ、きれいにできますか?」みたいな。
しかしながら、人間っていうのは、生きていると
手を変え品を変えいろいろな事象がやってくる。
しかもできるかぎり今までの経験で処理できないことを試してくる。
僕の場合、今までの経験で処理してゆくと、慢心が生まれるので
敢えて真新しい事象で試してくるんだろうな。
でも、そういうのって、やりこなしてゆくとなんとなく愉しいものだなと思う。
ってそう思っちゃうと、足元すくわれるから気をつけよう(笑。
でもでも、人生って、まるでオリエンテーリングみたいですね。
あっち行って、こっち行って、指示見て、また移動する。
このシナリオ、自分自身で作っていたら、ものすごい脚本家だな(笑。
大枠は決めておいて、小さなシーンはその場その場で適宜に
演出してくれる演出家が舞台の袖にいるのだろうか?
そうか、主演俳優として演じている僕は、
脚本家、演出家、裏方さん、共演者、エキストラ・・・そういう人たちに囲まれて
今があるのかもしれない。
みんな、ありがとさん・・・笑
パチパチパチ・・・♪
何か斬新なアイデアで物事を始めようとすると
初回失敗でもすれば、嘲笑の対象になったり
「アイツ、ばっかじゃねぇの」なんてことになったりする。
そういう雰囲気って無いとは言えない。
傘を発明して、試しに傘差して歩いたら、その光景を見た人々が大笑いしたという話を思い出した。
まず嘲笑される対象。
これには爆発、成長の余地、大有りなんだなと感じる。
例えば、ものづくりでも、
例えば、こういったブログでも
嘲笑の対象になれば、しめたものである。
ここだけの話ですが。
初回失敗でもすれば、嘲笑の対象になったり
「アイツ、ばっかじゃねぇの」なんてことになったりする。
そういう雰囲気って無いとは言えない。
傘を発明して、試しに傘差して歩いたら、その光景を見た人々が大笑いしたという話を思い出した。
まず嘲笑される対象。
これには爆発、成長の余地、大有りなんだなと感じる。
例えば、ものづくりでも、
例えば、こういったブログでも
嘲笑の対象になれば、しめたものである。
ここだけの話ですが。
変な話だが、便秘やら腸の調子やらとコマーシャルなどで流れているが、腸の調子が良くない人がそんなに多くいるのだろうか。果たして本当なのか?コマーシャルが助長して洗脳していないか?なんて言うと叱られそうですが(笑。
調子が良くないのであれば、本来は機能不良であり、取り替えなければならない、仮に物と呼称するのであれば。機能しないコンポーネントは修理すべく取り替えなければならないが、人間の一部となっているものを取り替えるのは容易ではない。ただ、人間の体を造った存在とも言うべきか、当初は人間の有するスペック、機能は申し分なかったと思う。今の時代、便秘の人が多いというのは、言い換えれば、当初は予想もつかなかった現象なのかもしれない。それだけ体内に採り入れるものが変ったというのが原因のひとつだろう。
まずは食生活を改めることが基本であろうが、コンポーネントとして取り替えられない体の一部はどうしたらよいか?などと真剣に考えていたのだが、パソコンのバージョンアップと呼ばれるものは、パソコン会社やOS会社、ソフト会社からネットワークにつなげた時点でダウンロードしたり、任意選択できたりしている。このパソコンのシステム維持方法は、実は人間にもできるのではないかと思う。ではどうやって人間はそれ個体のバージョンアップを図るかと言うと、寝ること、つまり睡眠が挙げられるだろう。もうひとつ、本当は人間には体のどこかに受信アンテナがあって、決まったサーバーからデータが送られてきて、仮にCPUの役割かもしれないDNAや、仮にHDかもしれない脳に適切に伝達インストールされる筈ではないかと思ったりする。
パソコンを考えたのは人間であって、そのデータの送受信方法、操作方法は何かのきっかけで思いついたわけであって、つまり、すべて自然界、もしくは宇宙と呼ばれる何かの法則に基づいているはずだ。そうすると、やはり人間も何かを受信する機能はオプション品ではなく、はじめからしっかり装備されているのではないだろうか。
何れにしても、不要なものを体から出すと言う行為は、パソコンの熱を逃がすことと似ているわけで、放熱できなければ、処理能力が落ち、過ぎればCPUもダウンする。人間の機能とパソコンの機能、似ているところも有りそうですね。
循環がうま機能すれば、人間も、自然も言葉で言い表わせない素晴らしさがあるのに、なぜに、人間は機能をいとも簡単に循環させないようにする環境に陥ってしまうのだろう。健康診断を受けている真っ最中にそんなことを思った。
調子が良くないのであれば、本来は機能不良であり、取り替えなければならない、仮に物と呼称するのであれば。機能しないコンポーネントは修理すべく取り替えなければならないが、人間の一部となっているものを取り替えるのは容易ではない。ただ、人間の体を造った存在とも言うべきか、当初は人間の有するスペック、機能は申し分なかったと思う。今の時代、便秘の人が多いというのは、言い換えれば、当初は予想もつかなかった現象なのかもしれない。それだけ体内に採り入れるものが変ったというのが原因のひとつだろう。
まずは食生活を改めることが基本であろうが、コンポーネントとして取り替えられない体の一部はどうしたらよいか?などと真剣に考えていたのだが、パソコンのバージョンアップと呼ばれるものは、パソコン会社やOS会社、ソフト会社からネットワークにつなげた時点でダウンロードしたり、任意選択できたりしている。このパソコンのシステム維持方法は、実は人間にもできるのではないかと思う。ではどうやって人間はそれ個体のバージョンアップを図るかと言うと、寝ること、つまり睡眠が挙げられるだろう。もうひとつ、本当は人間には体のどこかに受信アンテナがあって、決まったサーバーからデータが送られてきて、仮にCPUの役割かもしれないDNAや、仮にHDかもしれない脳に適切に伝達インストールされる筈ではないかと思ったりする。
パソコンを考えたのは人間であって、そのデータの送受信方法、操作方法は何かのきっかけで思いついたわけであって、つまり、すべて自然界、もしくは宇宙と呼ばれる何かの法則に基づいているはずだ。そうすると、やはり人間も何かを受信する機能はオプション品ではなく、はじめからしっかり装備されているのではないだろうか。
何れにしても、不要なものを体から出すと言う行為は、パソコンの熱を逃がすことと似ているわけで、放熱できなければ、処理能力が落ち、過ぎればCPUもダウンする。人間の機能とパソコンの機能、似ているところも有りそうですね。
循環がうま機能すれば、人間も、自然も言葉で言い表わせない素晴らしさがあるのに、なぜに、人間は機能をいとも簡単に循環させないようにする環境に陥ってしまうのだろう。健康診断を受けている真っ最中にそんなことを思った。
ドイツのあのタコが勝敗を予想し
結局、全試合当てたらしいですね。
このタコもすごいですが、
そのタコにそういう判断をさせようと
思いついた人もすごいと思います。
結局、全試合当てたらしいですね。
このタコもすごいですが、
そのタコにそういう判断をさせようと
思いついた人もすごいと思います。
7月に入って、高校生でしょう、午前で下校する学生が見られます。
この時期は期末試験、1週間ぐらいはテスト続き
一夜漬けの連続でしょうか?
期末テストが終わると、試験休みから夏休み突入なのでしょう。
私は電車通学だったのですが、
いつも乗る電車、
お気に入りの女の子がいたりすると
1学期が終わると、50日ぐらいは会えなくなりますよね。
そんな恋苦しい50日を経て、2学期にまた電車で会う、というか見かける。
そんなことがありました。
夏休み中は恋焦がれてその子を想ったり・・・笑
今は携帯があるから、連絡やりとりなんて簡単なのでしょうね。
50日も想い焦がれてなんかいられないのかな?
1ヶ月前からデートの約束したり
そういったことが携帯の登場で少なくなっているんじゃないかって思います。
昔から携帯電話が無い中で多感な年頃を過ごした僕らには、
携帯というツールがなかった方が、ロマンチストであったり
交友関係に希薄ではなかったり、そんな捉え方をしてしまいます。
これも世代間で異議があると思いますが。
その当時、携帯があると便利だったかな?って思うけど、
やっぱり無くて過ごせたことが良かったかなと今は感じています。
この時期は期末試験、1週間ぐらいはテスト続き
一夜漬けの連続でしょうか?
期末テストが終わると、試験休みから夏休み突入なのでしょう。
私は電車通学だったのですが、
いつも乗る電車、
お気に入りの女の子がいたりすると
1学期が終わると、50日ぐらいは会えなくなりますよね。
そんな恋苦しい50日を経て、2学期にまた電車で会う、というか見かける。
そんなことがありました。
夏休み中は恋焦がれてその子を想ったり・・・笑
今は携帯があるから、連絡やりとりなんて簡単なのでしょうね。
50日も想い焦がれてなんかいられないのかな?
1ヶ月前からデートの約束したり
そういったことが携帯の登場で少なくなっているんじゃないかって思います。
昔から携帯電話が無い中で多感な年頃を過ごした僕らには、
携帯というツールがなかった方が、ロマンチストであったり
交友関係に希薄ではなかったり、そんな捉え方をしてしまいます。
これも世代間で異議があると思いますが。
その当時、携帯があると便利だったかな?って思うけど、
やっぱり無くて過ごせたことが良かったかなと今は感じています。