ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹 -26ページ目

ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆



もうずいぶん前から続いている自分の頭の中のぐるぐるを整理する上で

【ぐるぐるノート】というお題目、続けています・・・



先日というか前回の続きで、

例えば

お金に執着してみる。

とことん執着してみる。


ドロドロしたようなイメージだけど、

まあ、とにかくどっぷりはまってみる。

でも、必ずそこから気づくもの、得るものがある。

生きてゆく上でそういうアプローチの仕方が得策の人も中にはいるでしょう。


いずれにせよ、どっぷりはまってやったことって

本当に得るものがある。


始まりは不謹慎かもしれないけれど、

とにかく気づくまでやってみる



ある原因を作って

その結果を得る

この繰り返し



どんなアプローチにせよ

生きて進むっていうことは

自分で描いてみたのですけれど、

僕にはこのようなイメージに思えます。



ぐるぐるノート-ぐるぐるノート01



最初は大きく円を描いて進む。

だんだんその成長目的の核心に迫るように

円がぐるぐる小さくなってゆく。

同時に高い位置まで上ってゆく。


言うなればお稽古事に似ているかも知れない。

はじめは慣れないけれど、だんだん判るようになって
加速度的に習得してゆく。


原因と結果という考え方からすれば、
スタート地点が原因で
高み(頂上)は結果なのかもしれない。

またこの螺旋を上がってゆく過程に
詳細且つ緻密な原因と結果が繰り返されているのかもしれない。


加速しているときのループ円は小さく
とにかく高速でスピンしているような感じ。

それが続くと

あるときと失速し下降する。


問題はこの下降。

失速前は

いい表現をするばらば、やる気や生きがい、充実感、そういう感情が出てくるはず。
ただ、それとともに慢心、傲慢、俺は凄いんだ、本当の俺はこんなにできるんだ
なんていう感情も出てくる。それが、真骨頂、絶好調になったときであり・・・


それが何かのきっかけで失速しストーンと突き落とされる。

例えば

一文無しからのし上って大金持ちとなり
贅を尽くした生活を送る

人生最高と思える時に
ふと足元をすくわれる出来事があったり、
病気になっちゃったり・・・

それがこんな感じ・・・


ぐるぐるノート-ぐるぐるノート02



突き落とされる位置というのは

高みにいる自分と慢心している感情、
それによって変化すると思う。


でも、不思議なことに
スットーンと人生奈落の底~!・・・なんてところに
突き落とされたつもりでも

実は、

いままでの人生で一番よくないと思えたステージというか
人生のスタート地点の高さまでは
落とされていないしそれよりは下がらないと感じています。

なんせ生きていること自体、成長でしょうから。

とても不思議なことなんだけど、なんだかそう感じます。




でもこの螺旋

上から見てつぶして見ると

音楽のト音記号に似ているような気がします。



ぐるぐるノート-ぐるぐるノート03



ト音記号って
人間の感情やら
宇宙のなんたらやら

そんなメッセージが込められているのでしょうか。

小さい頃から楽譜見せられていたのも
いまだに僕の人生において音楽が身近にあるのも
何かのサインなのかなって思います。

でもそれってなんなんだろう(笑



まずは

頂上付近では慢心しない、謙虚になる、これがポイントかと思います・・・

はい、これ、私の場合。



このことさえ日々気をつけていれば

少なくとも人生はとても愉しい、享受できると思っています・・・


はい、これも、もちろん私の場合。


でも、これって、価値観という人それぞれの基準があって
その基準に従って上下しているから言える理論なんだよな・・・と思う。

そもそも宇宙に価値観なんて存在してい無ければ、こんな理論も不要だし。
ストーンって突き落とされたって、なんとも思わない人もいるだろうし。

ま、いいか、とりあえずここまで考えたから。


【ぐるぐるノート・・・の前座】

【ぐるぐるノート・・・1】

【ぐるぐるノート・・・2】


実は「ぐるぐるノート」というお題の日記はまだ続いておりまして・・・

書こうと思っているのだけど、そのタイミングがつかめず

早半年・・・


その前座としてまだ続いているのだと
自認させる意味でも、ちょこっと書き残しておこう。


小さい頃、

絶対に思考が止まると勝手に断言していた物事がある。

それは

「この宇宙は誰が作ったのか?」

「またこの宇宙を作った人を誰が作ったのか?」

「神様は誰が作ったのか?」

「そのまた神様は誰が作ったのか?」


そうすると、子供の頃はこのことに対する
哲学的な思考が見事なまでに完全に遮断されるのである。

でもこれって階層的なものだという観点からの考察にあるのだけど、

最近、こじつけで考えてみると

実は誰が作ったのか、そのまた誰が作ったのかという風にたどると

知らない間に無限ループになっているんじゃないかって

思い込むようにしました(笑



無限ループって言う感覚

メビウスの輪かな?

終わりが無い循環って

いい感覚かも・・・笑




もしかしたら、僕らも宇宙を作れるかもしれないし

実際に作った立場にいるのかもしれない

今は神様(便宜上)という存在じゃないけれど

これから神様になれるかもしれないし

過去に於いて神様だったかもしれない(笑


ぐるぐる無限のループかもしれない


そう考えた方が気が楽だわ♪
机の上を片付ける

たまった受信メールを処理してキレイすっきりさせる

おそうじする

身辺整理する(笑



受信メールを必要なものだけ残してキレイすっきりさせると

新しいわくわくするような案件が舞い込んでくる


倉庫にある不要なものを思い切って処分し

空きスペースができると

新しい商品を作れるような案件が舞い込んでくる


受信メールはため過ぎないほうがいいみたい

会社もいい塩梅にすっきりさせた方がいいみたい



身辺整理して

身軽になっちゃうと

ドッカーンと大きな変化がやってくる


ドッカーンと大きな変化をやらせたい為に

無理矢理身辺整理させる・・・ということもアルかもしれない


人生の大きな変化を起こす為には

身軽じゃないと動けないでしょ!

ということも一理あるらしい。


情報、モノの洪水におぼれていては
目的をはっきり認識させることが
難しいし救いようがないじゃん・・・

ということらしい。


今朝見たドラマでピキン!と振れた台詞があったので書き留めておきます。


「正義のたすきを掛けて、頭からこっちが悪いと決め込んで来る」

「自分が正義だと思っている人ほど恐ろしいものはない」



先日、お取引先のある方の携帯アドレスを拝見したら、
文字列に「正義」という言葉が入っていました。

そのときとっさに「征義」なんてイメージが沸いてしまったのですが、
やはりお客様だとしても、少々お付き合いするには難しい方です・・・
(でした、って過去形に・・・笑)


自分が絶対正しい
絶対に客が言っているのだから
自分たちでなんとかせい。

こういう仕事のやり方、進め方はアリだと思いますが、
弊社の業務内容を考えると
辞退申し上げたくなるようなタイプです。

仕事という作品に影響受けてしまって、
私も営業担当もとてもいい経験させてもらいました。


自分が持っている価値観
自分が持っている常識
自分が持っている正義感

こういったものは
ごり押しして外に出していいときと
出さない方がいいときがあるようです。

何事も「いい塩梅」を心がけたいものです。



じゃあ、日本は?といえば、
少々じゃなくって
今までほとんどジャパンスタイルというものを
世界に示していなかったような気がします。

もちろん、これ、政治の話で。

個人レベルや文化、芸能・・・こういったものは
だんだん強く主張してきていて
世界に遍く浸透してきていると感じています。


政治、けっぱれ!


CANTICO A NATUREZA 大いなる自然よ


人間って

大自然という大きな背中を

ゴシゴシ洗っているような

子供なのかもね


お風呂でおじいちゃんやお父さんの

背中を力いっぱいゴシゴシ洗っても

「まだまだもっと力強く洗って!」

なんて言われて力入れてゴシゴシ洗って

ヒィヒィフーフー言っているような

そんな子供かも知れませんね


そんな大いなる大自然を借りているんですよね

借りて使ったのなら

また元に戻してあげないと

身の丈以上に借りても

ちゃんと返すようにできるのならいいけど


人間のどんな失敗も

大きな背中を見せてやさしく見守ってくれる


大いなる自然に

やっぱり生かされているんだね




Cantico a Natureza /Nelson Sargento

¥150
iTunes
※モバイル非対応

Cantico a Natureza (Primav.../Caetano Veloso

¥150
iTunes
※モバイル非対応

これ、一応ブログと呼ばれるものなのでしょう。

私のブログ、私の日記帳、ぐるぐるノート

以前、「私の日記帳」なんてタイトルもつけていたことありました。


自分でも良く分からないのが、

このぐるぐるノートのブログジャンルは何なのかということ。
ジャンルという型にはめたくない自分がいるし

アメブロ自体のランキングも気にしていないし

何とかランキングという外部のものにも参加していないし


そうしていると

取り残されているようにも思えますが

実はとっても気が楽です


昔、ポケベルで「自由人」という機種を所有していましたが(笑

ランキングやジャンルにはめ込まないと

自由で気が楽

その上、書くことにせかされる事がほとんど無い


素っ裸でベッドに寝ている感じ?(笑

そのくらい自由で気が楽です♪
最近の私の流行のことば。

「やりしぼる」

もう少し、ギューっとやりしぼってみようよ・・・みたいな。


もう一押し、ちょこっと、ほんのちょっと
やりこむというか、付加価値をつけるというか。


やりしぼる

これが私の流行のことば。



そんなこと言っていたら

首相辞めちゃったね。


簡単だよね。

やめれば済むんだから。

それで次の人はだれかって????


そんなこと思うより

死ぬまでやり絞ってほしいわ。

やめるなんて簡単だよ。


やめて済むなんていうのは

国民は実はあんまりそう思っていないと思うよ。

媒体がやめろなんていっているだけで

底辺の僕らはそう思っていないように思えるけど。

良くなるまでやり絞れって思っている人多いんじゃないかな?


そういう意味で

支持率なんて

本気で老若男女1億人ぐらいから
調査してみればいいんじゃない?

って調査したところで
統計や結果を出す機関が
いい加減だったらどうしようもないけどね(笑。

すべては幻想かもしれませんよ。
どこの政党になったって(笑。

本気で日本を直したいのなら、
てんで知らない人たちを集めて
今まで諸外国の政治家などと
何も関係のない人たち・・・

その人たちに政治をやってもらえばいい。

そうすれば、諸外国はあわくっちゃうんじゃないかな。
そこで、どの外国がどうやってコンタクトしてくるかによって
世界の仕組みというものが日本人によーく判るのでしょうね。

まぁ、そんなことはできる世の中じゃないけどさ。

次のトップが誰になったって、
政党が変わったって
大して変わらないよ。

どっちにどうなったっていいように世界はなっているんだから。


もっとやり絞れ!


けど、世界というか日本は変わる思うよ。

本音に近いこと言うなら
一度鎖国してまったく諸外国と縁を切って
まったく新しい日本の組織を作った上で
開国すればいいんじゃないかな。

これやっちゃうと、鎖国前に戦争しかけられるかな?


でも近い将来、日本は変わるよ。

変わる前の日本を経験できているのはすごいことだと思う。
激動の今を見ているんだし。

大企業に居たことがすべて安泰ではなくなるし、
受験戦争というものがよいという時代ではなくなるし、
逆に受験戦争で勝ち残ってトップの大学に行った人は
頭よすぎれば世界の手先に使われるだけだし。

まんまと操られているんだよね。

日本人が無理に資本主義に嵌め込まれて
窮屈な思いたくさんしてきているんだから、
そろそろどうするか考えて方がよさそうだよ、日本は。

世界に対して胆力勝負だな、本当に。

まぁ、私が言っていることは滑稽だが、
世界がやっていることもそれ以上に滑稽だわ。
会社、組織があると、経営者、上司という立場がある。


そういう立場は組織上、上に見えるけれど

実は舞台の袖にいるような立場だろうな。


演目がうまく進行、表現できるように

舞台人というか、つまり社員に効果的に

表現、結果をだしてもらえるように

裏方として根回しすることが仕事なんだと思います。


いかに社員が気持ちよく、水を得た魚のように

会社を通して人生楽しんでもらうか

これを心と頭で考えて生み出したほうがいいみたい。


社長などは舞台が終わった後に、

例えば、ファッションショーやバレエなどの最後に

舞台の袖から観客の皆様に

ありがとうってちょこっと出るだけで

それで十分なんだと思います。



会社に不満がある人

仕事に不満がある人

同僚に対する不満がある人


こういった人が会社で特に目立っているのは

組織の上司が裏方として

まだまだうまく機能していないのかもしれない。


不満というのは、絶対に無くならないと思うし

不満は気づきであったり、変えるチャンスなのだろうから。



人間なんて、ころっとしているもので、

知らなければ、知らないなりに

一定の環境で生きていけるもの。


例えば、日本人からすれば、驚くような生活様式でも

現地の人たちはそれが普通の生活だと思っている。

もちろん、逆も然り。


とにかく、会社、仕事を通じて

他の会社と比較してどうのということではなく、

与えられた直感を信じて

仕事がやりやすくなるように、

ひいては

少しでも人生が楽しくなるように

してあげるのが上司、経営者なのでしょうね。

その内容が驚くような生活様式の如くかも知れないけれど。


これも上司、経営者の仕事のひとつかも。

会社という舞台、演目の演出家。


もちろん、これは万人に当てはまることじゃなくって。

今の僕のことね。

最近聞いた話で
来宮さんがパワースポットと呼ばれているらしいです。

あまり有名になると、車止めにくくなるなぁ(笑)なんて思ったり。
っていう私も氏子でもなんでもないので・・・。
でも駐車場が坂道で台数少ないから、みなさん電車がいいかも!!

パワースポットって確かにパワーがあるのでしょうけど、
お伺いする本人にそのパワーを受け入れられる素養がないと
あまり意味無いのではないかと思います。

本来受信能力はあるのでしょうし、楽器のような機能がある筈なので、
その気になって行けば、パワースポットからじわじわ
醸し出している何かに対して共振、共鳴できるようになると思っています。

手を合わせて静かに祝詞を上げているときに
心地よい風が吹くとか
琴線に触れたかのごとく急に涙がこみ上げてきたとか
何かのサインを感じながら行けば効果は絶大だと思います。

そういう気持ちで帰れば
本当に自分の周りが見違えたように変わって見えますよね!♪

だから僕も頻繁ではないですが、神社に行くのは大好きです♪


そうそう、大好きモードになったり
僕は気分が高揚したとき、ついつい物事を置き換えるくせがあります。

例えば、新橋の居酒屋で飲んでいるのに、ちょっと楽しくなったり
蒸し暑かったり、となりの女性の香水の匂いがブランドモノだったりすると・・・

 「いや~ほんとにこのお店はまるで新橋の立ち飲み屋で
  飲んでいるみたいだね~ハワイなのに・・・笑」

と妄想モードにスイッチがすぐ入り、妄想旅行に出かけてしまうのです。

続けざまに
「で、明日はオプショナルツアーとか何する?」
 「最終日だからサンセットクルージングかい?」 という具合に。

一緒に飲んでいる方々は急に僕がそんなことを言うものですから、
あいた口が閉まらないようです。

別にハワイ人が乗り移ったわけではないのですけど・・・


あっ、さて・・・

日本のモナコ、そう、熱海・・・マイフェバレットプレイス・・・

熱海を通過してしまうときは渋滞を考慮して夜が多いので、
熱海の夜景を見る度にヨーロッパの港町を走っているような錯覚に
簡単に陥ります(笑

今回はちょいとモナコ(熱海)に一泊立ち寄らせていただきました。


日本のモナコ001
さすが、ワイキキのビーチはきれいですね。
今やハワイも修学旅行先なのでしょうか?
セーラー服の女学生がビーチで砂遊びしていました。

(あれ?モナコじゃなくって急にハワイモードですかい?)


カラカウア通り
この時のカラカウア通りはハイシーズンでないせいか
夕暮れ時でも行き交う人や車もそれ程多くないようです。

(熱海もビバリーヒルズのようにたくさんのブランドショップ
展開すれば良いのに・・・小ぢんまりしたアウトレットとか~)


コンドミニアム
このビーチ前のコンドミニアムの一階にカフェがありました。
夕暮れ時にワイキキビーチを眺めながら
ハッピーアワーを楽しめます。
お支払いは円で大丈夫でした~!

(う~ん、やはりモナコ(熱海)は買いかも。
最近マンション建設が多いですね。)

あっ、すみません、モナコとハワイがごちゃごちゃです・・・


日本のモナコ駅
あれ?サトウキビ列車の駅がこんなに賑やかに!!

(って、そろそろ妄想旅行モードから帰りましょうか・・・)

でもでも、たまたま熱海駅に行ったのですが、着物でみなさん
お出迎えなのですね!ワンダフルです。
いやいやもっとすばらしいのでツーダフルです(汗!


え~実は、今回来宮さんにお参りに行ったのでした。

なんとなく昔から熱海は心に引っかかっていたところ、
縁があって近年定期的にお伺いするようになりまして。

これも引き寄せの法則かなっ!

来宮さん


行ってみてなんとなくしっくりおさまる場所ってありますか?

今の僕にとっての福地は香港と熱海かな?