昼は昼に語り伝え 夜は夜に知識を送る。
話すことも、語ることもなく 声は聞こえなくても その響きは全地に その言葉は世界の果てに向かう。
旧約聖書 詩編 19:2~5
悲しみや苦しみに振り回されて 自分を見失ったとき
雄大な空は 温かく語り告げ 心を包んでくれるはず
温かな主の存在が自分の側に 在るのだと・・・
温かな主の存在が自分の側に 在るのだと・・・
獄中で書いた雑記帳を読んでいると、丁度15年前の今日綴ったた詩があった。
「もしも私が・・・」
に続く言葉を補うなら、何という言葉で表現するでしょうか。
もしも私が・・・総理大臣だったら。
憲法9条を守る・全ての原子炉を廃棄する。 等々・・・いくらでも出て来ます。
それほど、現在の内閣に期待どころか、退陣請求を望む私ですが、その反対論者も居られるのも確かで、その否定は致しません。
前掲しました言葉に続く有名な言葉は、
もしも私が苦しまなかったら 神さまの愛を知らなかった・・・・です。
詩の一編ですが、なかなか味わい深いものを訓えてくれます。
作者は 故・水野源三 氏です。
真実に訴えます。
私の過去は悲惨と言うよりも泥にまみれていました。
自死を図ったのは、僅か7歳当時・・・
落ちている食べ物を拾って食べるしか生きていけないと言う体験もしました。
その反面、私と同年代よりも金銭面と権力面で高く恵まれた生活もした頃もあります。
脳梗塞で倒れ、左半身不随・・・歩行不能・言語障害を言い渡されて、暗澹たる日々を送ったことも最近の出来事です。
でも、そんな経験を重ねて来た自分だからこそ、それまで感じ得なかったものを感じ取ることも出来るようになったと思います。
正直、現在色々な面で酷く辛い時期です。
先行きの希望の灯火さえも観えない時もあります。
しかし、そんな闇の中だからこそ、感じられる・観えるものは多いのだと私は想います。
人間生活は綺麗事ばかりでは生きて行けないのも事実ですが、せめて自分自身の価値観だけは温かく育てたいものですね。
人が過ごす「時」が、どんなに暗く悲しいもので有ったとしても、無駄な時はありません。
無駄だと思う、その時にこそ、人が大きく成長するチャンスの時であると、私は信じて止まずにいます。
今日の、この1日に感謝します。