仔羊の讃えうたは -8ページ目

仔羊の讃えうたは

キリスト教に獄中回心した、元・前科者の拙き者です。
獄中回心記を主に、日常生活の中で自分と闘う、人に優しいブログにしたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

天は神の栄光を物語り 大空は御手の業を示す。
昼は昼に語り伝え 夜は夜に知識を送る。
話すことも、語ることもなく 声は聞こえなくても その響きは全地に その言葉は世界の果てに向かう。
旧約聖書 詩編 19:2~5

 
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悲しみや苦しみに振り回されて   自分を見失ったとき
大きな 大きな空を観て語ろう
辛さに締め付けられて  自分を見失ったとき
無限に広がる空と語ろう

雄大な空は  温かく語り告げ 心を包んでくれるはず
流れ行く雲は  幻想的な夢を 醸し出してくれるはず
ひとつのものに 囚われず 上を向いて 
自分の心が 天の神さまと 繋がっている事を知ろう
そして 自分の心に 言って聞かせよう      独りではない  自分は孤独ではない 


温かな主の存在が自分の側に 在るのだと・・・
   

 刑務所内 独居室にて

獄中で書いた雑記帳を読んでいると、丁度15年前の今日綴ったた詩があった。

 
キリスト者としての信仰の原点・・
 
 
 
冒頭には、
「相手が変わってこないのは、自分が変わらないからだ。
自分の姿は相手の姿。
自分が変われば、みな変わる。」
とある。
 
思えば、当時、暴力社会から抜け出そうとして、所内で喧嘩や口論で処罰ばかり受けていた頃だ。
 
現在、この詩を重く受け止めなくてはいけないのかも知れない。

 
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愚か者よ。
お前はなぜ、無力な自分を認めないのか。
格子戸の向こうのホコリを、その手で取り除けると思っているのか。
 
お前が、いくらそのホコリを気にして思い煩っても、自分ではどうする術もないことを、なぜ認めないのか。
 

愚か者よ。
 
お前はなぜ、人をコントロールしようと考えるのか。
お前の髪の毛でさえも、抜けるなと念じた所で抜けるのだ。
お前が他人の短所をみつけ、変えようと思い煩ってみても、自分ではどうする術もない真実を、なぜ認めようとしないのか。
 
愚か者よ。
先ず、お前の目のなかのホコリを取り除き、その目でお前自身を観ることだ。
 
お前自身のこころを洞察し、お前自身が変わらない限り、何も変わらないのだ。
 
愚か者よ。
その真実を良く弁えよ。
 

 

 
 

「もしも私が・・・」
に続く言葉を補うなら、何という言葉で表現するでしょうか。



もしも私が・・・総理大臣だったら。

憲法9条を守る・全ての原子炉を廃棄する。 等々・・・いくらでも出て来ます。

それほど、現在の内閣に期待どころか、退陣請求を望む私ですが、その反対論者も居られるのも確かで、その否定は致しません。

 

前掲しました言葉に続く有名な言葉は、

もしも私が苦しまなかったら 神さまの愛を知らなかった・・・・です。

詩の一編ですが、なかなか味わい深いものを訓えてくれます。

 

作者は 故・水野源三 氏です。

 

 

真実に訴えます。

私の過去は悲惨と言うよりも泥にまみれていました。
自死を図ったのは、僅か7歳当時・・・
落ちている食べ物を拾って食べるしか生きていけないと言う体験もしました。
その反面、私と同年代よりも金銭面と権力面で高く恵まれた生活もした頃もあります。

脳梗塞で倒れ、左半身不随・・・歩行不能・言語障害を言い渡されて、暗澹たる日々を送ったことも最近の出来事です。

 

でも、そんな経験を重ねて来た自分だからこそ、それまで感じ得なかったものを感じ取ることも出来るようになったと思います。

正直、現在色々な面で酷く辛い時期です。

先行きの希望の灯火さえも観えない時もあります。


しかし、そんな闇の中だからこそ、感じられる・観えるものは多いのだと私は想います。

人間生活は綺麗事ばかりでは生きて行けないのも事実ですが、せめて自分自身の価値観だけは温かく育てたいものですね。

 

人が過ごす「時」が、どんなに暗く悲しいもので有ったとしても、無駄な時はありません。

 

無駄だと思う、その時にこそ、人が大きく成長するチャンスの時であると、私は信じて止まずにいます。

 

今日の、この1日に感謝します。