個人的ですが、聖書を紐解くとき、忍耐という言葉を良く目にします。
確かに忍耐とか、辛抱とかは必要不可欠ですよね?!
でも、「堪忍袋の緒が切れる。」とか言われるように、度を過ぎた忍耐はどうでしょうか。
心を風船と化して、空気を忍耐と化して考えたとき、いつかその風船は破れてしまいます。
悲しいとき、苦しいとき、人の胸に飛び込み、愚痴を聞いてもらい、涙を流すことも必要だと思います。
その人が誰でも良いと言う訳ではありません。
人はたったひとりでも良いから、そんな人が居れば幸せだと、私は思います。
悲しみ・苦しみを独りで背負わずに泣ける時は大いに泣きましょう。
そこから観えるものは沢山有るはずです。
私は、裁判所の法廷内の証人席で泣いた過去があります。
「涙を見せては負けだ!」
と教えられて来た自分がです。
そのとき、誰の胸に縋ったか・・・大いなる神さまにすがり泣きました。
泣いた後は心の整理も付いて、大きく前進しました。
泣くことは、心の涙をながすこと。
見栄や傲慢に流されず、自分の道と心を大切に生きて行けたら素晴らしいですね。


