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その後は帰らず名古屋に泊まり、
月曜は羽田で所用を。
(羽田のアポは個人ブログにおいおい)
(↓↑長久手の会場。人が少なく静かなお城?)
「君死にたまふことなかれ」の歌人の言葉を実践?
当初、仕事を終えての日曜の夜は
卒業生で同じく講師業の方と
栄で飲む予定でしたが、そのアポは流れ・・・。
ホテルのキャンセルは充分できたのですが、
たまには一人で延泊もよいかもと思い、
そのまま名古屋に。
(↓↑名古屋の朝食ビュッフェ。朝から食欲旺盛)
ですので週末は東海地区
(三重県、岐阜県からも!)の前向きな方々と交流し、
終えての夜は名古屋の夜景を一人しみじみと。
与謝野晶子女史が随筆集の中で語っていることを
かみしめた先週末でした。
↓
人は誰かといることで
鍛えられて健やかになり、
孤独によって深められ、
純粋になります。
~「心の雑草」の「人間の孤独性」より~
~~~~~★~~~~~
「継続は力なり」の長久手の講座
愛知県長久手市での
山田康予さん (エリアマネージャー)主催の
私の講座は調べるとかれこれ12年続いていますが
これは稀な例。
(↓緑あふれる丘陵地帯にある会場)
※2014年5月が初開催の長久手講座(集い&勉強会)
↓
上記を読むと12年という長きに渡っての
彼女の継続力と企画力に脱帽です。
(↓今回の初日は子供頃の家族の中での振り返りをメインに)
(↓初日を終えて皆様と。私は前列の中央)
(↓二日目は内容も変わり、多少メンバーも変わって)
だって切れていくご縁もありますから。
というか、切れていくのが普通ですから。
講師・セミナー業は一期一会ですから。
(↓まさにこのカードのサブメッセージに
今日言いたいことが集約されてます)
(↓これはオープニングのコミュニケーション実習。
ここから皆さん、テンション上がりまくり!?)
この愛知の集まり、
実はコロナ禍も工夫して開催して下さったので、
文字通り全く途切れることのない12年なのです。
高い学習意欲で集まって下さる方々にも
大感謝。
(↓初日の参加者の机周り。内容は参加してのお楽しみ)
(↓非常に悪筆な私の板書:苦笑)
(↓初日は奥のこのカードの絵がポイント。
手前は差し入れおやつ)
(↓土曜の夜の懇親会は満員御礼で創作料理のおいしいお店)
「また明日」と疑いなく言っていたあの頃
学生時代は学校に行けば友達に会えました。
起業したての1990年代は
秋葉原にオフィスを構えていたのもあって、
がむしゃらになんかやれば、
(苦笑)
誰かが学びに来てくれました。
それが自分にとっては
世界のすべてみたいなものでした。
(↓2日間を終えてのランチ交流会は名古屋めしで)
今考えると、なんと荒っぽかった
私と時代の空気感・・・。
「またね」という挨拶を軽い気持ちでして、
本当にそれが実現していたあの頃。
37年続けて痛感すること
でもこの仕事を続けてわかったことの一つは、
「関係性を続ける努力を怠れば、
簡単に疎遠になっていく」ということ。
とにかく思っていた以上に、
人と人は別れていくのです。
つまり会えることが、
デフォルト(標準)ではありません。
会えなくなることが、
デフォルトなのです。
(↓二日目は「心の風景」という
ワンセルフカードを使った新ワーク)
会えることがデフォルトだと思っていると。
会えなくなることを
嘆かなくてはならなくなります。
(↓今回もパネルと生花を用意して下さり、感謝)
会えなくなることが
デフォルトだと思っていると、
会えることに
自ずと感謝の念を抱きます。
表面的にはどちらも同じですけど、
会えなくなっていくことを
心の物差しの標準値に置くようになると、
ありがたみが変わります。
(↓まさにこのカードのサブメッセージに
それが書いてあります)
「また会える」ってすごいこと
ご縁が続き、
その中でリアルにも「会える」は、
本当はすごいことですから
「また会おうね~」と気安く言うなんて、
実はとんでもないこと。
それなのに、、、、
これを人は簡単に忘れてしまいます。
(↓名古屋めしのランチ、美味しかった~)
(初日の夜の部は突き出ししか写真がない:苦笑)
ですので改めて肝に銘じておきたくて
今日はこうして書いてみました。
(↓↑二日間、晴天にも恵まれた長久手市)
だから、やっちゃん(山田康予さん)、
本当にお疲れ様。
(↓毎回、洋服の色が対照的でコンビのような私達)
今回もありがとうございました。
お忙しい中、学びに来て下さったり、
懇親会やランチ会にも顔を出して下さった皆様、
大感謝です。
(↑↓最後のランチ会場ではなぜか
私と同じ名前のロボットが
黙々と働いていた~:爆)
![]()
~~~~~★~~~~~
余談:寄せ書きは難しい
前回のブログにも書いたように
→ こちら
先週は数年ぶりの高校のクラス会でした。
→ こちら
今回は今年3月に亡くなったクラスメートを
「偲ぶ会」でもあったので、
ご遺族への寄せ書きの色紙も用意。
私を含めみんな結構思案しながら
その場で書きました。
そうしていたら数日後、
ラジオで
「母親の遺品から彼女の高校卒業時の
寄せ書きを撮影した写真が出て来た」
という投稿が流れました。
(↓令和の寄せ書き色紙はシールになっていて便利)
その方がご自身の母親の名から見つけた
寄せ書きの中の文章に
「ズドンとやられた」と。
↓
↑
そのお母様は達筆でこう書いていたそう。
その方、曰く「パンクすぎやしないかね」。
確かに~!
他の人は「3-Aのこと絶対忘れないよ」とか
「卒業してもずっと友達でいようね」という、
いわゆるの言葉が並ぶ中で、
「明らかに浮いていたけど、すごくいいセンス!」と。
そして今は亡き自分の母親に対し
「私なら友達になっただろう」と。
私とほぼ同年代のこのかつての少女は
その時の「今」と同時に
限りなく遠くを見ていたんだろうなぁ。
今日も最後まで読んで下さり、
ありがとうございました。
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