幸せな人生を送るための
3638日目の『0.1%の成長』は、
”便利の先にあるものは何だろうか?”です。
それでは始めましょう!!
■前回のブログで思考停止は危険だと言う話をしました。
考えてみたら、当然と言えば当然の話ですよね。
なぜなら、
考えるからこそ人なのであって、
考えることを止めてしまったら、
自分が自分である意味がなくなる
と言えるからです。
でも、それが当たり前ではなくなってくる
と言ったら、あなたはどう感じますか?
■自分で考えて行動しなければ、
極端な話し、何の為に生きているのか分かりません。
所が、世の中どんどん便利になって行き、
自分で考えて判断しなくても
機械がサポートしてくれる世界になろうとしています。
便利という名のもとにです。
特に、AIに関して言えば、
あなたが判断するよりも迅速かつ正確にしてくれる場合が増えています。
余計なことに気を使わず、必要なことだけに集中できる
という意味では非常にありがたいことではありますが、
ここまでは機械に任せ、ここからは自分で判断する
という判断が狂わない様にする必要があります。
■世の中便利になればなるほど、
人は考えることを止めていき、
そのうち、自分で判断できなくなってしまうのかも知れません。
と言うか、多くの人がそうなって行くでしょう。
となると、常に自分で考えて行動している人が、
世の中をコントロールしてしまうことに成ってしまうのです。
例えば、マニュアルを作る人と
マニュアルに従って働く人の違いです。
マニュアル通りに仕事をしていれば、
間違えることなく業務を遂行ができ、
それなりのサラリーを貰い、
それなりの生活が出来るようになる。
言い方は良くありませんが、
使われる方と使う方のバランスが成り立てば、
多くの人が満足する仕組みになるのです。
それと同じようなことが日常生活においても
起こりうるのではないかという事です。
■ちょっとここで、僕の子どもの頃の話をさせて下さい。
僕は、父親が職人、母親が専業主婦の家庭に生れ、
何不自由なく育てられました。
ただ一つ、僕自身が常に親の顔色を伺っていたことを除けば。
なぜ、顔色を見ながら生活していたのか。
それは、ある出来事がきっかけだったのです。
ここでは、その出来事について割愛させていただきますが、
人生を変えた切っ掛けだったことは間違いありません。
その結果どうなったのか。
そう、思考停止状態に陥ってしまったのです。
要は、親が決める殆どのことに
”NO”と言わなくなった
というか言えなくなったのです。
親は、良かれと思って助言してくれましたし、
自分勧められた道に対して、さほど疑問を抱くことなく
歩んで来ました。
まぁ、なんだかんだ言っても、
決めて来たのは自分ですので、
当然のことながら全ての責任は自分にあります。
■ここで言いたいのは、
誰かの顔色を伺いながら生きること、
自分の意志を持たずして生きていくことは、
自ら自由を手放しているということです。
これは他人ごとではなく、
あなたも私も、誰かに対して同じことをしている可能性があり、
良かれと思ってやってしまったことが、
その人の人生に大きな影響を与えてしまう可能性が大いにありうる
と言ことなのです。
■話を最初の問いに戻しますが、
思考停止が、なぜ危険なのか。
それは、誰かに自分の人生を預けてしまうことに
成ってしまう可能性がとても高くなるから危険なのです。
思考を停止してしまったら成功も失敗も恋愛も全て、
自分で判断したのではなく、
誰かにコントロールされた世界を生きることになるのは、
自分の人生を生きていることに成らないのです。
例えるなら、
コントローラでコントロールされている
テレビゲームの中の主人公のようなもの。
自分で判断して動いているつもりが、
実は、そうではない
なんてことに成ったら恐ろしいですよね。
■これからますます便利な世の中に成って行きます。
正直、自分は自動という言葉が好きですので、
自動運転、自動制御というものにハマってしまう人間の一人です。
それでも、
最後に決断するのは自分であるという事を
忘れない様にしてこれからも生きて行きます。
その為には、
クリエイティブなことをするのは良いかも知れませんね。
何でもいいから何かを創り出す。
こればかりは自動で出来るものではありません。
それに、自分が生きた証にも成りますしね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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