- はじめに
- 1934年の「発見」
- 大坂六村の異論
- 寺内正毅の開眼式
- 移車(イゴ)寺趾
- 総督官邸の移転
- 新大統領官邸と新本館
5月10日に一般公開された旧大統領府の青瓦台。この敷地内に官邸がある。ここは、盧泰愚大統領から文在寅大統領まで7人の大統領の居宅だった建物。その北側に「慶州方形台座石造如来座像」がある。「美男石仏」とも呼ばれるこの石仏は、今回の公開でもちょっとした話題になっている。
青瓦台公開の翌日、この石仏の前の賽銭箱がクリスチャンだという50代の女性によって壊される事件が起きた。
そもそもこの石仏は、日本による侵略の時代、それも初代の朝鮮総督寺内正毅が関係して慶州から京城に持ち込まれた文化財ということで、以前から注目されていた。
今回の青瓦台公開を機に、慶州の元の場所に戻すべきだという声も再び大きくなっている。
1934年の「発見」
1934年の3月に、行方が分からなくなっていた慶州の石仏が「見つかった」という記事が『京城日報』と『毎日申報』に大きく掲載された。
『京城日報』の記事によれば、慶州の南山の「美男石仏」がいつの間にかなくなっていたというのである。そのため、総督府博物館ではその行方を八方手を尽くして探していた。すると、倭城台の総督官邸の警官詰所の裏手で発見された。この記事に出てくる「榧本嘱託」とは、1930年から総督府博物館に勤務していた榧本亀次郎である。
朝鮮総督官邸(南山)
総督府博物館では、この石仏について、
- 斎藤実総督の1回目の任期中(1919年8月〜1927年12月)に官邸に運び込まれたのではないか。
- 総督府博物館所蔵の薬師如来と同じ慶州南山の谷筋にあったもの。
とコメントしていた。
斎藤実は、1929年8月から1931年6月まで2回目の朝鮮総督を務めたが、この記事が出た時は文部大臣で東京在勤だった。当時、「美男石仏を発見」というのがちょっとしたニュースになったのは、新聞社はもとより、朝鮮総督官邸にも総督府博物館にもこの石仏のことを知っている者がいなかったためだった。
総督府博物館では、総督官邸で「発見」されたこの石仏は、博物館で所蔵している薬師如来と同じ谷筋だとしていた。下の写真が朝鮮総督府博物館所蔵だった薬師如来座像である。
この薬師如来は、慶州南山の三陵渓谷にあったことが分かっていた。この薬師如来坐像は、現在も韓国国立中央博物館に所蔵されている。
石造薬師如来座像 慶州南山三陵谷(統一新羅8世紀後半~9世紀初め)
大坂六村の異論
ところが、3月31日の『京城日報』に、この総督府博物館の見解に対する大坂六村の異論が掲載された。
話題特急
☆…総督官邸の美男石仏が本紙によって世に出るや忽ち人気を煽って全鮮的特急的話題となってしまった
☆…ところで、扶餘の大坂六村氏この美男仏の生れ故郷に異議ありと一筆飛ばして曰く
☆…あの釈奠様は慶州内東面道只里移車寺趾にあったもので南山ではない、大正1年ごろ、時の総督寺内伯が慶州視察の際既に金融組合の庭に移されていたが、この美男仏にきついご執心の目なざし…
☆…これを見てとった当時の小平理事は寺内総督を門前に送り出すなりガラガラガラッと荷造りして官邸へ急送
☆…やがて南鮮を廻って総督が帰へると、玄関前に例の美男仏がすましてござるので流石のビリケン伯も吃驚してピヨコリと頭をさげた代ものだ
☆…また台座は現に慶州博物分館に22年間貞淑にその空閨を守っている。
大坂六村の六村は号で、名前は大坂金太郎。森崎和江が『三千里』1978年夏号に「ある朝鮮への小道 —大坂金太郎先生のこと—」を書いている。大坂金太郎は、1907年に咸鏡北道会寧の学校に赴任し、その後慶州に移って普通学校の教監・校長を歴任し、退職後は慶州の博物館館長を務めた。『慶州の伝説』や『趣味の慶州』という本も出している。
慶州に移ったのは、1919年の3・1独立運動の前で、寺内正毅の慶州巡察の数年後のことであろう。大坂金太郎が語っている逸話は、信憑性があるとみていいだろう。
植民地統治下の朝鮮の金融組合は、「直接地方大衆に交渉を有する第一線の政治機関」と位置付けられ、総督府によって選任された理事によって運営されていた。日本人理事のほとんどは私立大学・高等商業などを卒業した高学歴者で占められていた。慶州金融組合の小平亮三理事も、そうした植民地支配の最前線に配された人物であった。
ちなみに、「ビリケン伯」とは寺内正毅のあだ名。朝鮮総督の後に総理大臣となり、「非立憲」内閣を組閣したことを揶揄して「ヒリッケン」をかけたとも言われるが、風貌もビリケン像によく似ている。
寺内正毅の開眼式
寺内正毅は、1912年11月7日から9日まで慶州巡視に出向いていた。8日には仏国寺から石窟庵に登り、その後、半月城(月城)、雁鴨池(月池)、瞻星台、芬皇寺石塔などを回っている。9日に浦項まで行って、そこから船で下関に渡って内地での陸軍演習を視察し、11月30日に京城の官邸に帰った。
大坂六村の話のとおりなら、この時に慶州金融組合の小平理事が送った石仏が官邸に届いていたということになるのだが…。
寺内正毅の1913年2月16日の日記に、官邸前の崖下に安置した仏像の開眼式を行ったとの記載がある。政務総監山県伊三郎や警務総長明石元二郎も参席していた。
これに関連して、2017年12月の『ハンギョレ新聞』は、嶺南大学の鄭仁盛教授が東京大学博物館の所蔵資料からこの開眼式の写真を発見したと伝えている。
これらの写真について、発見者の鄭仁盛は、谷井濟一が撮影したものと推測している。谷井濟一は、関野貞とともに『朝鮮古蹟図譜』の作成に携わり、1921年に内地に戻るまで総督府博物館の嘱託だった。
ところが、1930年から総督府博物館に勤務していた榧本亀次郎には、この石仏のことは全く伝わっていなかった。また総督官邸や総督府内部でも、この石仏の存在については知られていなかった。すなわち、この石仏については、朝鮮総督の引き継ぎや総督府博物館の文化財管理が行われていなかったということだ。
寺内正毅は、生前から故郷の山口に寺内文庫を作り、朝鮮関係の史料などを収集していた。1915年の朝鮮物産共進会開催の際に、会場となる景福宮内の韓屋建物が売却され、そのうちの1棟が「朝鮮館」として山口の寺内文庫内に移築された。寺内文庫は、ほとんどが典籍・古文書類で、文化財や遺物はなかったとされる(渡辺滋「景福宮継照殿の日本移建とその後」『山口県立大学学術情報 』14 2021-03)が、この石仏について、引き継ぎもされず、周辺にも知らされていなかったことから、寺内正毅が搬出を考えていた可能性も十分にあり得る。搬出が実現しなかったことで、この石仏は忘れ去られていったのかもしれない。
そして、1934年になって「発見」されたのである。
移車(イゴ)寺趾
大坂六村(金太郎)は、慶州に居住しながら新羅時代の古蹟調査や慶州を紹介する文筆活動を行なっていた。地元の朝鮮人女性の識字学習などにも尽力し、朝鮮人との親交が深く、内地人からは「変わり者」と言われていたという。1938年、森崎和江が慶州に引っ越した時には、慶州博物館の館長だった。
その大坂六村が、総督官邸の石仏は「慶州内東面道只里移車寺趾」のものと断言している。その場所は、慶州の南山の東側、仏国寺から慶州博物館を経由して市内に向かうバス路線の右手にある。
「移車寺」は、이차사ではなく이거사と読む。自転車の자전거の거と同じ使い方である。
大坂六村は、道只里の住民は「有徳寺といつて居る」と書いており(『朝鮮』1931年10月号)、「移車寺」「이거사」「有徳寺」は同一のものである。
総督官邸の移転
朝鮮総督府の庁舎は、1926年10月景福宮宮殿正面に新築された新庁舎に移った。しかし、総督官邸は南山の元の建物がそのまま使われていた。1937年になって、景福宮の北側、神武門外の景武台に新しい総督官邸を建築することとなり、建設がはじまった。1939年に新官邸が完成して10月中に移動作業が行われた。
現在「天下第一福地」の石柱があるスグントの場所にあった
この総督官邸の移動の時に、石仏も南山からここに移された。敷地配置図では建物の北側の高台に構造物が見える。後述する新しい官邸(現官邸)と「美男石仏」との位置関係から類推すると、この官邸北側にあったのではないかと思われる。
新大統領官邸と新本館
1945年の日本の敗戦によって植民地支配から脱し、1948年8月の大韓民国の樹立で、この警武台は大統領の官邸となった。
石仏については特段の情報はないのだが、大統領府の文化財として置かれていたのであろう。
1988年に盧泰愚が大統領に就任すると、旧官邸の西側に新しい官邸の建設計画が持ち上がり、1990年10月に大統領の住居となる官邸の建物が完成した。
翌年9月には執務室などとして使われる新本館が完成した。
もともと朝鮮総督官邸として建てられた旧大統領官邸は1993年に撤去された。現在はスグントと呼ばれて「天下第一福地」の石柱が立っているだけである。
1990年10月に完成した大統領官邸の建物建設の段階で、旧官邸の北側にあった石仏は新官邸の北側に移されたものと思われる。
日本の植民地支配下からの紆余曲折を経てきたこの石仏は、もうしばらく「安住の地」を探すことになるのかもしれない。
韓国の文化財管理局や、マスコミ、それに返還運動団体などは、この石仏の原位置を、大坂六村の言った「慶州内東面道只里移車寺趾」としており、移車寺のあった場所に石仏を移す請願もなされているという。しかし、移車寺の場所は現在は私有地になっており所有者は石仏の受け入れに難色を示しているという報道もある。
今後どのようになるか、今しばらく推移を見守る必要がありそうだ。
















































