末期ガンなどで余命宣告を受けた場合、韓国ではこれを「時限付(시한부)」と表現する。Netflixのドラマ「39歳」で、末期の膵臓ガンで余命宣告を受けたチャンヨンが、両親にそのことを伝える時、「나… 시한부래」という。日本語にすれば「私、もう長くないんだって…」。
ガンの診断結果について、日本において「非告知」から「告知」に転換したのは1990年から2000年のことだとされる。1990年前後に15%程度だったガン告知率が上がり始め、2002年には最高裁が「医師は患者家族への告知を検討する義務がある」とする判断を示している。逸見政孝が記者会見でガンであることを自ら公表したのが1993年。かなりの衝撃だった。
韓国でも、1993年にガンを告知しなかったために死亡したとして病院側に賠償を命ずる判決が出ている(1993年9月23日付『毎日経済新聞』)。NAVERの新聞記事検索でも「시한부 삶:時限付きの生)」のヒット数が1990年代から増えるので、ほぼ日本と同じような時期に「非告知」から「告知」への転換があったのだろう。
2001年の韓国映画「선물(邦題:ラスト・プレゼント)」は、売れない芸人ヨンギと、「シハンブ」を宣告された妻ジョンヨンの物語。この映画では、医者が第三者のペテン師にジョンヨンの深刻な病状を伝えたりしていて、ガンの告知がシステムとしてはまだ十分に定着していなかったことがわかる。
この映画は「泣かせる映画」の代表作だった。大学の韓国語の授業でこの映画を観せると学生たちが全員泣くというので、どれどれ…とうっかり映画を観てしまって…私も大泣きした😭。
ベトナム語字幕版がyoutubeにアップされている(2023年6月現在)。泣きたい方はどうぞ。ただ韓国語かベトナム語ができないと泣けないかもしれないが…
この「ラスト・プレゼント」では、ペテン師の二人組がジョンヨンの幼なじみを探し出したり、幼少時の回想が描かれている。
一方、その20年後、2022年のドラマ「39歳」では、チャンヨンの親友ミジョのアイデアで、チャンヨンの友人・知人、家族に声をかけてお別れのパーティを開く場面がある。
このような集まりを開くといったことは、2001年段階では発想すらもなかったように思う。
2022年9月に韓国で公開され、日本でもこの秋公開予定の映画「人生は、美しい(原題:인생은 아름다워)」も、妻が末期ガンで余命宣告を受けた夫婦の物語、すなわち「シハンブ」ものだ。ややネタバレになるが、この映画でもお別れパーティーが開かれる。
韓国の新聞を検索してみると、2018年8月の『朝鮮日報』に「ある末期癌患者の生前葬儀」という記事があった。

黒い喪服ではない普段着の知人たちと歌って会話を交わし
「死んでから葬式をしたってどうしようもない、生きている時にお別れしないと」
…略…
5月に病状が悪化したキムさんは、自分が副会長をやっている老人団体「老年ユニオン」のコ·ヒョンジョン事務局長に連絡した。キムさんが「私が死んだら葬式をせずに火葬して遺骨を撒いてほしい」と頼むと、コさんから「だったら生きている間に葬儀をするのはどうか」と提案があった。 日本ではこのような生前の葬儀がすでに行われているという。
…略…
「日本ではこのような生前葬がすでに行われている」とあるが、日本で1990年代から行われていた「生前葬」は、余命宣告された人のお別れの会ではなく、自分の人生やキャリアに区切りをつけるというものだった。話題になったのは1993年の水の江瀧子の生前葬。
永六輔がプロデュースして森繁久弥が葬儀委員長をやって、水の江瀧子の78歳の誕生日前日にホテルに500人の招待客を集めて行われた。1984年から世間を騒がせた甥の三浦和義の「ロス疑惑」などでいろいろ取り沙汰されたことをリセットしたかったのかも…とも言われた。深刻な病いに侵されていたわけでもなく、結局2009年に94歳で老衰で亡くなった。この水の江瀧子の生前葬以降、自分の人生に区切りをつけるとか、「厄払い」という名目で有名人の「生前葬」イベントはちょっとした流行りになった。
2017年秋に末期の胆嚢ガンと診断された建設重機会社コマツの安崎暁元社長が「感謝の会」を自ら開いて話題になった。
これは、韓国の『中央日報』でも取り上げられ、『日本経済新聞』に掲載された「感謝の会」案内広告の写真入りで報じられた。
また、翌年には『ヘラルド経済』が、生きているうちに知人・友人と「生前パーティ」「離別パーティ」をしたいとの回答が韓国の社会人の70%にのぼると伝えている。この記事にも、安崎暁の生前の「感謝の会」への言及がある。
生前のお別れパーティー···社会人の70%が「生前葬儀に肯定的」
2018-09-22
キャリアアンケート···「悲しまない雰囲気で多くの人との別れを」
「死ぬのはすごいことだと思う。 人生を十分楽しんだし、寿命にも限界がある。 直接感謝の気持ちを伝えることができて満足している」
日本のある企業家が自分の生前葬儀を開き注目されている。安崎暁小松製作所前社長が日本経済新聞に出した広告で、癌宣告を受けたとして生前葬儀である「感謝の集い」を開くと案内した。会の名前からは一見平凡に見えるが、この会は末期癌宣告を受けた小松氏が生の終わりで自ら直接主催する葬儀だ。彼は「健康な状態で多くの方々に感謝の気持ちを伝えたくて集まりを準備した」という。
…略…
『朝鮮日報』で報じられた「老年ユニオン」のキム副会長の「生前葬儀」の記事で「日本ではこのような生前葬儀がすでに行われている」というのは、安崎暁の「感謝の会」のことが念頭にあってのことであろう。
また、韓国では、2016年に終末期患者の自己決定を尊重して患者の尊厳を保障する「ホスピス緩和医療及び臨終過程にある患者の延命医療の決定に関する法」、一名「ウェルダイイング法」が制定されている。余命宣告を受けた人が穏やかに死を迎えることができるようにする社会的環境ができつつあったことも影響しているのかも知れない。
日本であれば、「穏やかに死を迎える」というと「そっとしておいてあげよう」となりがちだが、人間関係が濃密な韓国社会だと、多分ほっといてはくれない。韓国社会で余命宣告を受けたシハンブの人を囲んで集まるというのは、日本社会よりも違和感なく受け入れられるのかも知れない。
「39歳」や「人生は、美しい(인생은 아름다워)」を見ながら、そんなことを考えた。







