ハロウィーン行事のはじまり
韓国でハロウィーンの行事が一般に広まったのは、2010年あたりからのようだ。最初は、英語幼稚園の外国人講師たちが園児向けのハロウィーン行事を始め、それがソウル市内の幼稚園全体に広まったという(2012年11月4日SBS NEWS)。
韓国言論振興財団のデータベース(BIGkinds)で「핼러윈」「핼러윈 & 이태원」を検索してみると、ヒット数は以下のようになる。
韓国のハロウィーンに関する記事以外もあるのだが、傾向としては2012年から報道記事数が増加する。「ハロウィーンと梨泰院」の検索結果のうち、2004年と2006年は関連性がなく、梨泰院におけるハロウィーンの記事としては2012年が初出である。
日本のハロウィーン
日本では1980年代後半から90年代にかけて町おこしイベントや子供向けの仮装パレード行事などが徐々に各地で行われるようになった。1992年10月に、ルイジアナ州に留学していた日本人高校生がハロウィーン・パーティーに行く途中で家を間違って射殺されるという事件が起きた。この時、このニュース報道では、ハロウィーンとはどのような行事なのかという解説がまだ必要だった。
「日本最大規模のハロウィンイベント」を自認していた「カワサキ ハロウィン」のホームページには、「日本でまだハロウィンが珍しかった1997年」に始められたと書かれている。
2000年代に入って、ハロウィーンはカボチャと仮装の行事として日本社会での認知度は高まっていった。
そんな中で、渋谷でハロウィーン「騒動」が起きたのが2014年。
上述の「カワサキ ハロウィン」は、「2015年頃からは、過熱化したハロウィンブームに警鐘を鳴らすネガティブな報道」が多くなったなどとして、2020年に開催の終了を宣言した。
梨泰院のハロウィーン
韓国のハロウィーンは、日本とは少し違う流れで広まっていった。
2011年、アメリカのビールMiller Genuine Draftを販売する韓国ミラーが、ハロウィーンに合わせて、梨泰院や弘大などのバーやラウンジ、クラブなどを巡ってまわるイベント「Shine in the Dark」を始めた。2013年には、当時若者たちのホットスポットだったラボ・グリル5タコ・イグアナ・123ラウンジなどの店とタイアップして20代の若者をターゲットにしてイベントを盛り上げた。
2013年には、酒類販売のアヨンFBCが新しいワインのお披露目をかねたハロウィーンイベント「サンテロ モンスター ナイトパーティー」を梨泰院のラウンジ、クラブで開催した(와인21미디어 2013.10.25)。また、フィアットがコンパクトカーのチンクエチェント宣伝のハロウィーン・ロードパーティを行った(아시아경제 2013.11.01)。
この頃には、梨泰院や弘大の居酒屋やクラブを中心に多くの店でハロウィン・パーティーが開催されるようになった。
2014年には、流通業界の「ハロウィーン・マーケティング」や酒類業界の「お祭マーケティング」が話題になっている。さらに、いくつかのマスコミがハロウィーンには梨泰院へ…という記事を掲載している。
ハロウィーンの由来と風習に韓国もノリノリ~「梨泰院に集まれ!」
しかし、この2014年の梨泰院のハロウィーンは、無秩序な多数の人々の行動を問題視する最初の報道となった。
「ハロウィーン」の群衆が夜の街を占領…無秩序に事故まで
KBS 2014/11/01
奇しくも、日本でも韓国でも、ハロウィーンの「過熱化」が問題となったのが2014年だった。
韓国ミラーは2016年でハロウィーン・イベントから撤退している。
6回の「過熱化」したハロウィーンの後、コロナウィルスの蔓延によっていったんは「冷却」されることになった。
しかし、韓国では「冷却」期間が終わった2022年の10月末は、異常なまでに人々が梨泰院に押し寄せた。梨泰院にあまり土地勘のない多くの人が、ネット上でホットプレースとされる場所に集中したことも一因ではなかろうか…
亡くなった方のご冥福をお祈りする。