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名古屋市某所 エディターブログ

“ヘンシューとは?”
いつまでたっても日々悶々と自問する、
フリーランス編集/ライターのブログ。

ボチボチとつづっていきます。

最近、電車に乗る機会が多い。


そんなとき、何も考えずに


5,000円分のユリカを「ポチリ」したい。


でもいかんせん。先立つものが。


なので1,000円分のユリカを購入。


ほそぼそ、我が人生。

いまから10年以上も前のこと。



真夜中に放映されていたとあるテレビ番組では

見慣れないちっちゃなグローブをはめた外国人が

リング上で闘う様子を流していた。


見たことも聞いたこともない選手同士の

打撃によるチャンピオントーナメント。


オランダからやってきたという

ブランコ・シカティック選手が優勝を飾った。


K-1 第一回大会のことだ。



いち出版社という身分を越えて

「自分たちの仕切りで」東京ドームにプロレス団体を集めて興行を打つなど

絶頂期を迎えていた週刊プロレス。


当時の編集長は、K-1出現を見てこう言ったそうだ。


「大のオトコが問答無用で殴り、蹴りあう。関節技のような膠着シーンもない。


 しかもルールもわかりやすい。ボクシングに比べKO率も高い。


 これは実にテレビ向けのソフトだ。いつかK-1や格闘技は、プロレスを抜き去り


 ゴールデン番組で放映されることだろう」。



格闘技界も冬の時代だそうだが、この予言は見事に的中したと言える。

「プロレス? 八百長でしょ。 それよりアタシはK-1なら観てるよ」

若い女性がこう堂々と発言しても、何ら不思議ではない時代になった。


タイガージェットシンやスタンハンセンに追いかけられて、体育館を逃げ回っていた

小学生男子の姿は、いまやないのだ。



日本に定着した格闘技。

そしてついに、オリンピック金メダリストの転出も公になった。


小川や吉田のように、現役セミリタイアの選手とは意味合いが違いすぎる。


そして、こうも思う。


まだ21歳の石井選手にとって、格闘技とは幼い頃から身近にあった選択肢だったんだろうと。

大人が思っている以上に。


格闘技イベントの先駆者であるK-1が、仮に今から15年前にはじまったとすると、彼が小学生1年の頃には、普通にそれは放映されていたのだ。


普通にひとつの番組として。

ボクシングよりも定期的に。

大晦日には紅白よりもエキサイティングなものとして。


廃業した相撲取りがプロレスにいっていたように

これからは、著名なアスリートが格闘技に転出していくことになると思う。


石井選手は、日本に格闘技の興行が根付いて以来、はじめての

金の卵のような気がする。


蒔いた種はこうして芽吹き、業界に恩返ししてくれるといったところか。


では、プロレスはどうだろう。


先細りしている相撲部屋の新弟子志願者のように

明るい未来ではない気がする。


スピッツの新曲


「若葉」、聴いた?


いやされるなぁ、マジで。



っつーか、幸せを感じますね。


また新曲が聴けた! という。

電話口で


「そうです」と言った時に


少しでもイントネーションを間違えると


“志村さん”になるので、注意されたし。




たまに相手が気を抜いたのか

「そうですアップ」と語尾をあげて言うときがある。



ただ、そんな時でも


「あ、いまの志村さんですか? ぼくはカトちゃん派だけどなぁ」と


決して言わないように。


それが、ビジネス・マナーだ。



頭がまわらなくなってきた。

ブログで何を書いているのだろうか、オレは。




「何が食べたい?」と問われると

「ぎょうざ」

「カレー」

「肉」と答えてきた。


それがどうだろう、ここ最近のトラットリアやリストランテは。


「スペイン産 スージー豚のハーフグリル

 バジルを添えたシャーベットとともに」


だとか


「青森産 真鯛の岩塩蒸し焼き 冷製野菜のポトフとともに」


とか、いいやがる(メニュー名は適当に考えてみた)。



長いのだ‥‥‥。やたらに。



手間ひま、選びぬいた素材など、いろんな思いがあるから

短いメニュー名ではこと足りないんだろうなぁ。




応用してみよう。



「カウント2.9のバックドロップ ロープ間際で」 


「タッグマッチならではのツープラトン 龍源砲とともに」


「リング中央でのフェースロック 捕らえてはなさない凄み 日本武道館の鶴田vs三沢戦を想い~」




‥‥‥。

仕事、しよう。





とあるお城


♪ぱーぱぱ~、ぱぁぱーぱぁぱー、ぱぁ~~~。

城にくるたびに、信長の野望のBGMが鳴り響くのだ。



そして想う。天守閣に事務所があったなら!!!!!!


晴れた日には、襖戸を開け放ち畳にあぐらをかいて

天守閣で仕事するのだ。


ポカポカ陽気の午後には、見晴台から城下町を見下ろすのだ。


そして、こう一言。

「きょうも、平和じゃの~」(←〆きりあり)。


遥か遠くをみやり、さらに一言。

「あの美濃の国、いつか手にしたいぞよ」。


編集者見習いとして、妙齢の女子をひとり、やとうのだ。


その子には、いつも門を抜け城内に入った場所あたりに

立っておいてもらうのだ。


お! お客さんがきたぞ。


「あの~。●●さんと打ち合わせできたんですけど。。。これって城ですよね」


「あ、はい。●●は天守閣におります」


「て、天守ですか!!!」(天守閣を見上げる客人)


その一連のやりとりをみて、ほくそ笑む わたし。



天守閣で打ち合わせ、したいなぁ。































今日、何度か耳にした。

「テレビ、録画しといてね」。


サッカーの大事な試合があるみたいだ。。。

つまらん。実に。


おそらく

「あのフォーメーションはないだろう」とか

「決定的なチャンスだから、決めろよ!」とか

最低なバカに至っては

「オレなら決めれる!!」とか、言い出すんだろう。


あぁ。いやになる。ヘドが出そうだ。



諸君、プロレスをみろ!!!!


プロレス番組を見て交わされる会話とはこういうものだ。

「見た??? あの長州のパンプアップされた体?」とか

「いや~。殴られてもひるまないマサ斉藤のボディが最高」とか

まるでホ●専門誌「SA●U」の投稿欄と内容的に変わらないじゃないか!!!!!!



ファンならだまってみろ。

そして、舞台の上で闘う星(スター)を崇拝しろ。あがめろ。

そう言いたいワケです。


へなちょこプレーしかできないくせに、ほんの少しでも自分に競技経験があると

さも自分が「できる選手」に勘違いするやからが多い。


だから、プロレス以外は好きになれない。


サポーターを「12番目の選手」とか言い出す、根性もきらい。

そんなもん、いらねぇのだ。












「プロレス お好きだと、聞いたんですけどぉ」。


面識はあるものの、そんなに深い仲ではなかったM氏が


会うなりこう切り出した。


「まぁ、キライじゃないですけどね」。



ジャンボ鶴田、超世代軍、前田vsアンドレのセメントマッチ


木村健吾、ベイダーの入場パフォーマンスなど


昭和プロレスをメインテーマに私たちの会話は続いた。


とくにM氏が「前田とアンドレの試合の画像がぁ、なんかあるみたい


なんですけどぉ」と切り出すやいなや


「あぁ、例の津市体育館で行われたセメントですか?」と、返す私。



山 と くれば 川 と 返す。


プロレスファンの会話には、よどみがない。

長年連れ添った仲間とするキャッチボールのようにスムースだ。


「こいつ、できるな‥‥‥」。

おそらくお互いが、相手の力量を認め合ったのだろう。

ここから、話題はさらにディープに進む。


「NOAH こそが、馬場イズムを継いだ全日と言っていいのだろうか?」


「90年代後期の大技連発プロレス、ことの発端はスティーブウィリアムスの


殺人バックドロップが、3カウントとれる技と認知されてしまったからか?」


「最盛期には実売50万部、力を持ちすぎた週刊プロレスの罪とは?」


「新日vs Uインター。シナリオ通りの東京ドーム戦争は、何だったのか?」


‥‥‥‥‥‥。

思いは泉のようにあふれ出し、

話しは尽きず。


別れ際に、M氏は右手を少し掲げて言った。


「今度、プロレストークをしに、飲みにでもいきましょう」。



プロレスファンの会話はすばらしい。

共通の趣味を持つ人物同士の会話において、これほど公平な立場で意見交換できる

ジャンルがほかにあるだろうか?


スポーツでも、モノを収集する趣味でも、ほとんどの会話は

「いかに自分が金を持っているか」

「いかに自分がすごいモノを収集しているか」


スポーツなら

「いかに自分の成績がすごいか」

はたまた、「いかに自分の仕事が忙しくて、そのスポーツに現在は打ち込めていないか」

などの


日常で繰り返されるのと同じ、

忙しい自慢、寝てない自慢、金持ち自慢のオンパレードの会話となる。


ヘドが出そうだ。

思考を停止して、会話を辞めたいと願う。


そんなときにこそ、プロレスの会話だ。


これはおそらく、プロレスが誰にでもできるものではない。

という特性のせいだろうと思う。


プロレスとは

スポーツか?

ショー(見せもの)か?

ただの興行か?

視聴率をとる番組プログラムのひとつか?


簡単にファンは割り切れない、だからこそ、これらの話しは尽きないのだと愚考する。


つまり、週刊プロレス元編集長、ターザン山本が言った


「プロレス=祝祭」という言葉は、ある意味では、とても正しいと思う。
























いま、思い出した!!!!!!!!!


週末は「ハッスル愛知県大会」だったんだっっっっ!!!!!



仕事入れちまったじゃねーかよぅ!!!!


ハッスルの愛知県大会だけは、連続観戦していたのに。。。。。。。。。


終わってからいって、間に合うかしら(←行く気か?)。

「そういえば、お城、好きでしたよね?」。






そんな会話から、仕事になった。

何でも言っておくもんだなぁ。




取材するときはチョンマゲでも結ってからいこうと思う。


ヨメにはホラ貝を吹いてもうらうのだ。


で、ちっちゃい、かがり火も起こしておいてね。


家の近くの公園に、プチ本陣みたいな囲みを作って、オレはそこで待つのだ。


カメラマンには、そこまで迎えに来てもらうとするか。


けれどクルマで乗りつけるなんて、なんか野暮な気もしないでもない。


あ、そうだ!

誰かウマ、かしてくんない?



「しんえもんさ~~~~ん」。