M氏との会話 ~それは喜びにも似て~ | 名古屋市某所 エディターブログ

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“ヘンシューとは?”
いつまでたっても日々悶々と自問する、
フリーランス編集/ライターのブログ。

ボチボチとつづっていきます。

「プロレス お好きだと、聞いたんですけどぉ」。


面識はあるものの、そんなに深い仲ではなかったM氏が


会うなりこう切り出した。


「まぁ、キライじゃないですけどね」。



ジャンボ鶴田、超世代軍、前田vsアンドレのセメントマッチ


木村健吾、ベイダーの入場パフォーマンスなど


昭和プロレスをメインテーマに私たちの会話は続いた。


とくにM氏が「前田とアンドレの試合の画像がぁ、なんかあるみたい


なんですけどぉ」と切り出すやいなや


「あぁ、例の津市体育館で行われたセメントですか?」と、返す私。



山 と くれば 川 と 返す。


プロレスファンの会話には、よどみがない。

長年連れ添った仲間とするキャッチボールのようにスムースだ。


「こいつ、できるな‥‥‥」。

おそらくお互いが、相手の力量を認め合ったのだろう。

ここから、話題はさらにディープに進む。


「NOAH こそが、馬場イズムを継いだ全日と言っていいのだろうか?」


「90年代後期の大技連発プロレス、ことの発端はスティーブウィリアムスの


殺人バックドロップが、3カウントとれる技と認知されてしまったからか?」


「最盛期には実売50万部、力を持ちすぎた週刊プロレスの罪とは?」


「新日vs Uインター。シナリオ通りの東京ドーム戦争は、何だったのか?」


‥‥‥‥‥‥。

思いは泉のようにあふれ出し、

話しは尽きず。


別れ際に、M氏は右手を少し掲げて言った。


「今度、プロレストークをしに、飲みにでもいきましょう」。



プロレスファンの会話はすばらしい。

共通の趣味を持つ人物同士の会話において、これほど公平な立場で意見交換できる

ジャンルがほかにあるだろうか?


スポーツでも、モノを収集する趣味でも、ほとんどの会話は

「いかに自分が金を持っているか」

「いかに自分がすごいモノを収集しているか」


スポーツなら

「いかに自分の成績がすごいか」

はたまた、「いかに自分の仕事が忙しくて、そのスポーツに現在は打ち込めていないか」

などの


日常で繰り返されるのと同じ、

忙しい自慢、寝てない自慢、金持ち自慢のオンパレードの会話となる。


ヘドが出そうだ。

思考を停止して、会話を辞めたいと願う。


そんなときにこそ、プロレスの会話だ。


これはおそらく、プロレスが誰にでもできるものではない。

という特性のせいだろうと思う。


プロレスとは

スポーツか?

ショー(見せもの)か?

ただの興行か?

視聴率をとる番組プログラムのひとつか?


簡単にファンは割り切れない、だからこそ、これらの話しは尽きないのだと愚考する。


つまり、週刊プロレス元編集長、ターザン山本が言った


「プロレス=祝祭」という言葉は、ある意味では、とても正しいと思う。