『佐々木、葬式行ったことあるか?』

野見山はふと尋ねた。



『そりぁな。』


佐々木のこの返事だけは妙に人間味があった。




『俺はよぉ、自分の親父の葬式をバックレた。それ以来、皆が俺をあそこの子は、人間じゃないと非難したよ。

確かにそうなのかもしれんな。あの時は遺骨さえ見ることができなかった。とにかく怖くて仕方かなったんだ。』

『野見山、お前にもそんなピュアな頃があったとはな。』


『ピュアってかよぉ、ただの臆病者だよ。今だってちっとも変わりはしない。』


『チキン野郎ってわけか。ははっ。便所にコソコソ隠れてたもんな。お前の人生そのものだ。

ずっとコソコソ生きてけよ。死んだ親父はコソ泥か?あ?』


佐々木の暴言がエスカレートして行った。


『野見山ぁ、腹ん中からもコソコソ生まれて来たんじぇねーのか?』


野見山は肩に触れている佐々木の手を振り払うと同時に、


身を引き寄せて佐々木の鼻っ柱を額で強打した。


くすんだ鼻血が噴射し、佐々木は5段の階段を転げ落ちた。



『俺とお前じゃ格が違うぜ。』


野見山はそう叫んだ。




佐々木を無人と化した派出所内に引きずり込むと、ドアを閉め、すぐに出てきた。


野見山は改札を抜けて電車に飛び乗った。


袖の裾を伸ばし、血だらけの手を隠した。


ズボンにぶっ刺した腹で拳銃の発する熱を感じていた。


佐々木の頭部には1発の銃弾が至近距離で撃ち込まれていた。


野見山は窓際の手すりに寄りかかり、ずっと立ったまま外を眺めていた。


外は暗く、鏡と化した窓で、映った自分の姿をじっと見ていたに違いない。


2駅先のトオルの搬送されるはずの病院へ直行していた。




汗だくでフラフラになった野見山は病院内を奔走したていた。


トオルは全く現れる気配が無かった。空っぽの救急車が到着したのだった。


トオルは消えた。


この後もずっと消えていた。



野見山はとある病室である男をカーテンの隙間から垣間見た。


6人部屋の隅に腹に包帯をグルグル巻いた男だった。


カーテンを勢い良く開け、拳銃を取り出すと、両手が真っ直ぐ伸びた淳が、死んだように寝ていた。


暗がりでさえ真っ青な顔色が確認できた。


トオルを逃した野見山に時間は無かった。パトカーのサイレンがけたたましく近づいてきている。


佐々木の血で淳のシーツの余白にメッセージを書き殴った。


”My Candy Forever"




野見山は瓦礫に刺さりながらも、裏口から枝をかき分けて逃走を図った。



第22話に続く









泊が野見山にミッションを告げる。


『野見山、お前のやることは、一つ。トオルを完璧に潰せ。警察はアイツを取り逃がす形となった。


まだ、間に合う。息の根を止めてこい。どうだ?お前もトオルを消したかったわけだろ?』


『なるほどな。』


野見山はそう答えた。



『もし失敗すれば、お前はトオルに対する殺人未遂あたりで逮捕されるだろう。』


『ほぉ。』


拳銃が野見山の手に渡された。



『警察に話しは通してある。』


『そうか。』



野見山は素直に受け取った。口数が少なくなっていた。


泊がその野見山に再度問いただす。



『よぉ、Candyって何で作ったんだよ?』


『さっきも言っただろ。悪いがSCREAMをぶっ潰すためだ。』



『本気でそう思う奴がこの世にいるとは思えんがな。そういやよ、野見山、淳はトオルの弟子のような奴だ。』


『そうだな。』



『俺が何を言いたいか分かるか?』


『分かるわけがない。』



『淳は幹部の中で、いち早くSCREAMを抜け出した。はっきり言ってキナ臭い脱退だった。』


『俺の知ったことじゃねぇ。』


『そう言っていられるのも今のうちだ。言っておくが、捕まってもお前の護送など誰も見送らんぞ。

それっきり、これっきりお前の存在など皆が忘れる。いいか、お前だけ止まった時間を過ごすことになる。』


『坊主頭の韓流スターじゃあるまいし、見送りなどこっちこそ願い下げだ。それに泊、俺はな、俺は今更

そんなことにビビらない。』


『はっきり言ってやろう、残念ながらお前は淳に良いように使われた。お前とトオルを衝突させたのはアイツだよ。

そして、決してSCREAMを潰す目的ではなく、トオルを警察の手に渡さない為にだ。淳とトオルはグルだと言っても過言ではないんだぜ。現にSCREAMを潰した後のビジョンなど、Candyのメンバーの誰も持っていないだろが。お前が捕まればチャラだと思ってるゲス野郎なんだぜ。』


『まぁいい。俺が自分で確かめればいいことだ。』


『好きにしろ。単なる忠告だ。トオルは病院に搬送中だ。息の根を止めて来い。

どうせ回復したアイツを取り調べたところで立件はできやしないんだ。一気に行けよ。』


『忘れるなよ、トオルの次はお前だぜ泊。』




野見山は拳銃をしまった。泊が数歩後退し、綺麗に体を反転させると、路地を曲がって姿を消して行った。


弾がぎっしりと詰まった拳銃を腹に抱えた野見山は、恐る恐るゆっくりと歩道へと戻ると、


警官は綺麗さっぱり消えて無くなっていた。


自分の足取りの重さが、泊の言葉の重みと重なるような感覚に襲われた。




『望むところだ。』


野見山は独り言を吐き捨て、ニヤリと笑みを浮かべた。



銃弾をぶち込む相手も、行き先のまだ定まってはいない。


煙を吐き出しながら歩くことからスタートした。


駅前の派出所では、いつもの警官佐々木が直立不動の姿勢で立っている。



野見山は駅の自動券売機の前で小銭を指で弾きながら、行き先を決めていた。


淳とは連絡がつかない以上、トオルの元へ向かうしかなかった。


コインを投入しながら目的の金額のランプが点灯するのを待った。


『おい、待てよっ。』



野見山は襟元を捕まれながら、肩をたたかれた。


言うまでも無く佐々木だった。


『なんだよ?佐々木か。キムタクみてぇな声出しやがって。』


いつも通りのふてぶてしい態度で佐々木に接した。


野見山は黙ったままの佐々木に目を覗き込まれている。


佐々木の真剣な顔つきと、半笑いの目が無気味だった。



『野見山、のん気に電車か?』


とっくに全てのコインは投入口を通過し、幾つもの金額がパネル上点灯いていた。


野見山のくわえタバコが微かに揺れていた。


『バックレ野郎・・・』


佐々木が野見山の耳元で呟いた。


野見山が佐々木を睨み付けると、佐々木は取り消しボタンを押した。


小銭がジャラジャラとステンレス製の受け皿に戻ってきた。



『よぉ犯罪者、お前が逃げる気なら容赦しないからな。』


佐々木は小銭を掴むと、地面にブチ撒けた。


『野見山、こんなに皆に裏切られてよく人間不信にならないな。』


散らばった小銭を見ながら佐々木がそう言った。









野見山は腹を決め、ゆっくりとドアを開けた。


切り替えが早いのか、諦めが早いのかは、この男に関しては


よく分からない。面倒な思考に陥るのを嫌うのであろう。



野見山は、2王立ちだった。



暗闇で傘をさした男が目の前にいた。


仕立ての良いスーツに身を包み、ピンク色の派手なストライプ柄のネクタイが揺れている。


綺麗なハンカチで腕についた水滴を拭いながら口を開いた。



『野見山ぁ。』


半笑いでそう言うと、茶色の革靴は一歩前進し、肌つやのいいこの男は、長身の野見山の顔を見上げた。



警官がウロウロしている中で、この男は慌てる様子など微塵もなく紳士的だった。



この男こそ、SCREAMのNo2の泊だ。



『よぅ泊、何してんだよ。実業家にでも鞍替えか?』


『ズブぬれじゃねーかよ野見山。ついに、やらかしてくれたなこのタコ野郎・・・。』


『お前とお喋りするつもりはねぇ。知ってるか?トオルの次はお前だ、泊。』


『お前はまだSCREAMという組織を理解していないらしいな。』


『茶番野郎、何が言いたい?』



泊が不敵な笑みをみせて言った。


『野見山、このままパクられたくなければ、の話しだが・・・、お前にミッションを与えよう。

果たして来い。失敗すれば、お前はパクられ、淳も三浦陽介も死ぬと思え。』



泊が拳銃を懐から取り出す。居間でくつろぐように泊の手の平で寝そべった拳銃は、


悩み一つ無い綺麗な顔をして野見山の方を向いていた。


『確かに茶番だわなぁ。』


泊はパーティー会場でトオルの横を陣取り、終始この拳銃をトオルに向けていたことを告白した。


クスブリから淳を刺した一報を受けたときのやり取りが妙に奇妙だったのはこの為だ。


野見山の頭に没落寸前のチームのヘッドの悲惨な様子が浮かんだ。



『何事にもよぉ、終わりはあるんだよ野見山。』


『アンタよぉ、そんなもん、とっくに知ってるぜオッサン。』


野見山は説教混じりの泊にキレ始めている。



『カッカすんじゃねぇよ。野見山、この警察の動きはちとおかしいだろ?なぜこんなに大人数を動員する?

事故と傷害だけだぜ。狂ってるよなぁ。容疑者は完璧にお前。目撃者多数。楽勝の逮捕だろ。

こりゃ、ぶっちゃけると、大物であるトオルをパクる為に用意された人員だ。だが、そのトオルを潰してしまったのがお前。おそらく見物人の中にも私服警官がウヨウヨしていたことだろう。目的はトップのトオルからチャカの入手ルートの詳細を引っ張り出すことだ。』


泊が不可解な供述を始める。これほど真面目な話しが胡散臭く聞こえる男も珍しい。



『テメエ、警察がガサ入れに来ること知ってて銃もってきたのかよ?』


『聞け。あいつは拳銃の入手に手を染め始めた。一番欲しがっていた物であり、一番恐れていたものだ。

あいつを脅すにはコレしかない。それにアイツを追放するには拳銃ぐらいハードな物でないと・・・。警察的にもパンチが足りない。』



『他の理由は?』


『お前も堂々と表を歩ける身でないなら分かるだろ。何処へ隠そうが毎日、毎日、不安からは逃げられない。

結局自分で持つしかなくなるんだ。』


『トオルはよくお前に拳銃を渡したなぁ。』


『アイツはリスクを取らない。自然と側近の俺が持つようになっていた。ヤバくなったら俺を切ったはずだぜ。』



『じゃぁもう一つ聞こう。あのトオルがガサ入れに気づかないことなどあり得るのかな?』


野見山が突っかかり出す。人一倍失敗の多いこの男は信じ込んでバカを見るのが怖いのだろう。



『いや、恐らく知っていただろう。誰にも武器の持ち込みを許さなかった。』


『じゃぁ、当然お前にも拳銃の話しはしたんだろ?』


『当たり前すぎて無かったよ。』


『アイツも万が一に備えて危機管理してたかもしれないぞ?』


『さぁ、してたら、こうはならないだろ。野見山お前何が言いたい?』


『気になることがな。アイツは店の階段をすっ飛ばして上がって来た。一番にだ。

車のキーは後ろのザコが持ってるんだぜ?アイツはキョロキョロ周りを見渡し、俺に遭遇した。』



野見山ほどの無茶苦茶な男が遭遇時のディテールを覚えていることに泊は少し驚いた。


『拳銃で脅された奴が一目散に逃げ出したいのは、理解できるだろうよ?俺の狙いどおり。』


『本当にそうかな?第一、ビビリはするだろうが、ガサ入れを目の前にしてお前が銃をぶっ放す可能性など無いに等しいことぐらいトオルなら分かるはずだ。そして俺の出現が無ければ、トオルはそのままオサラバだ。隠さずに何もかも話せや!』


泊は視線を野見山から外し、奥の通りを一度覗き見た。



そして、そのまま目線を上げ、降りつける雨を見ながらゆっくりと口を開いた。


『お前の出現は正直、予定外だ。今日は、トオルのイケニエの日で、何らかの罪で引っ張る予定だったんだ。アイツを店内から追い出したら警察にお任せ状態だった。なのにお前は周囲にいた警官よりも早くトオルを潰してしまった。アイツにとって幸運以外の何者でもなかったはずだ。恐らくお前の攻撃をまともに受け入れ、チャカの所有も無い、運転前でありスピード違反もしていないアイツは、表向き上、一瞬にして被害者に摩り替わることに成功した。』



『警察に魂を売ったとは、ずいぶん腐った組織だな。ごく最近のSCREAM全国拡大路線はそのお陰か。俺の居場所がすぐ分かった理由もよく分かったぜ。』


『何を言われようが構わない。飲み込みが早いじゃない。あの通路にタムロしてウロウロしてる警官は何も探してはいない。こっちに一般人を寄せ付けない為にそれらしく立っている。見ろよ、コッチをチラチラ見てるだろ?トオルのせいで拳銃が蔓延したら、組織として今まで築いてきたものが色々崩壊してしまう。こっちは商売あがったりなんだよ。もう切るしかないだろ。』



泊がついに自白した。





第20話に続く。