山岡荘八の『柳生石舟斎』を読み終わった。
表紙を開くと、「柳生石舟斎」と書いてあり、下の方に「(柳生一族)」とある。実際、読んでいくと前半に活躍するのは剣聖と謳われた上泉信綱(秀綱)であり、中盤から石舟斎こと柳生宗厳を追うようになる。終盤はおなじみの柳生又右衛門宗矩がメインになり、1563年から1598年までの出来事が描かれていた。
登場時、宗厳は既に37歳。島左近の娘を柳生の里に連れていくラストのエピソード時は72歳。中年から老年までの出来事となる。信綱に試合を挑んで敗れ、弟子になるあたりと、無刀取りを完成させたあたりが良かった。
あと、序盤に秀綱が僧侶に化けて子供を人質にした立てこもり犯を取り押さえる話は『キン肉マン』のアタルが神父に変装して……の元ネタなのか?
無刀取りのシーンは描写があり、いったいどうなっているのか気になっていたのだが、投げ技の一種であるらしい。
腕を十字に組んで相手の剣の柄内のあたりをはさんで投げ飛ばす、そんな感じ? 摩利支天がどうとか書いてあったが、無刀取りなんて普通は出来るわけがないとまともに相手にしない問題であるところを、宗厳は出来るものとして真剣に取り組んで完成させてしまった、そこがすごいところ。「無刀取り」は「戦わずして勝つ」、「敵の武装を取り上げることで戦闘を避ける」、みたいな考え方として定着していくのだが、実際にも出来ていた(物語中では)、ということで、すごい。
上泉伊勢守秀綱(のち信綱)がとにかく人格者で、勉強になり申した。
3連休があっという間に終わってしまった。
暑さで疲れているのか、ゴロゴロしている間に寝てしまったりして、本当に何にもしない間に休みが終わって残念である。
血尿の件は、病院に行って検査を受けてきた。何でもなかった。
最近、「草書」の練習を始めた。まるで時間が足りない。昔の人(変態がなが廃止される前)が子供の頃にマスターしていたことを、この歳になって始めるのだから、なんとも歯がゆい。もっと昔から勉強を始めていたら……と後悔しかない。草書をマスターするまで何年かかることやら。くだらないことばかりしていて本当に無駄な時間を過ごしていた。余生的にもう折り返し地点に入ったところで「字」を学び始めたことが残念で残念で。長くてももう目や腕の確かな時間は30年くらいしかないかも。もっと早く始めていたらと悔やまれる。
あとは……本は山岡荘八の『織田信長』を読むはずが、今は司馬遼太郎の『花神』と、引き続いて『覇王の家』を読んでいる。『織田信長』はまだ先になりそう。