「村上は洗い場で汗まみれになって働いた。
だが調理場にうず巻いているのは嫌がらせと怒号
と罵声、そしてときには鉄拳制裁が待っている。とりわけ
戦前に修行したコックに拳骨は付き物である。(…略)
先輩料理人に呼ばれると、村上ら下っ端のコックは
せっけん水を用意するそれを先輩に渡すのだが、彼ら
から手元に戻ってくる鍋底にはせっけん水がぶちまかれて
いる。中にはご丁寧にもせっけん水に塩を混ぜるのもいる。
銅鍋の底に残ったソースを味見させないためである。
小野正吉の場合と同様。それが戦前の調理場の流儀
だったのだから諦めるしかない。」
宇田川悟さんの近著「フランス料理二大巨匠物語」
(河出書房新書)より。
二代巨匠は、もちろんホテルオークラの元料理長
小野正吉さんと帝国ホテルの村上信夫料理長です。
この本は、料理に命をかけた二人の偉大なシェフの
物語です。戦争をまたいで、二代巨匠がフランス料理と
どのようなかかわり方をしてきたかがよーくわかります。
調理場も戦いだったんですね。今だったらネットで
レシピなどはすぐ調べられるのに、昔は秘密主義。
そんな世界でどうやって自分を失わず、日本の
フランス料理の基礎を築いてきたシェフたちの
意気込みが伝わってくる一冊です!