魚は川にいることをしっているのか?


人は、宇宙にいることをしっているのか?


川の中で流れるのは当たり前


当たり前に気づくのはむずかしい


人は人生の川を渡っている


でもその川には気づかない


人生の川は目にはみえない


みえないから気づかない


もし人生の川に気づけば


川の行き先がわかってくる


かわの流れにそっていけば


その人の運命をまっとうできる


人の運命は不幸でもなければ


特に幸せでもない


ただ出来事がある


流れに逆らえば


激しい濁流にながされるだろう


ながれに逆らわなければ


目的地につくのは早いだろう


流れにのれば


人生はスムーズに回転して


その人が得べきことを


タイミングよく受け取るだろう


人生の川に気づけば


よいことも


悪いことも


魂の成長のためにあるのだと


気づくだろう

人生に迷ったことはありませんか?


ぼくは、多々あります。


だから、いろいろな人にあったり、


いろいろなことを考えたり、


結局、自分ってのはなんだ?ってなるんですが・・・


多くの人は、迷いながらも支えあって生きてるのではないでしょうか?


まず、己を知りたいと思っています。


しかし、これがなかなか難しい。


どうせなら、羅針盤というか指針をはっきりさせたほうが良いでしょう。


四柱推命などの占いで、ひとつの羅針盤をあたえられるのもありだとおもいます。


手相も良いでしょう。


人生のエネルギーを浪費しないひとつの策です。


わたしは、こうだから人生でこれをしようって感じです。


ただ、占いに逆らってわが道は我が決めるのもありでしょう。


大きな組織になるほど、強いリーダーが求められます。


それは、人がすぐ迷子になるからだと思います。


強いリーダーとて、一寸先はわからない、


しかし、エネルギーを束ねることができるのです。


これと、同じで個人のこころも何か目標を持つことで、


エネルギーの向きが決まって、強い力がでるでしょう。


そういう意味では占いは有効なツールだとおもいます。


羅針盤をもって、人生を有意義にしたいものです。


わたしがいる


環境がある


他人がいる


肉体がある


夢がある


心がある


感情がある


空があり


山もある


わたしがいて


あなたもいる


軸はどこにあるのか?


軸をどこにしよう?


わたしは空のつもりにもなれる


軸をどれにしよう


すべてがわたしの軸ということにするというのもいい


山から見たわたしを想像しよう


そのうちすべてのつながりを感じたら


ほんとの軸もみえてきた・・・

人生とはなんだろうと考えたことがあります。


人はなぜ生きるのかと考えたこともあります。


ずっと答えがでなかったのですが、最近ではひとつの考えを受け入れています。


それは、人の人生は魂の旅だということです。


わたしは瞑想をします。


瞑想をしたあるとき、自分だと思っていた部分は自分ではないことに気づきました。


いまある肉体、いまある考え、今の感情・・・


わたしはこれらを無意識に自分だと思っていました。


無意識なので、意識されていないままにそう感じていたのです。


そこには疑問もありえない状態でした。


しかし肉体、心、感情の状態を別の場所から観察できることに気づきました。


ということは、怒ったとしても、笑ったとしてもそれをじっと観ている存在があるということです。


つまりこれが自分なのではないか。


これが魂の根本なのではないかと感じます。


その立場から見ると肉体、心、感情というのはそれらが独立した生き物のようです。


それらは世の中の事象に反応して、ある種の経験を繰り返します。


それらを体験して、人は成長します。


わたしは自分を観察することで人は、いくつかのモードスイッチのようなものがあることに気づきました。


通常の場合、日常モードであって肉体、心、感情と己を一致させています。


感傷的な場合は、感情モードであって内的存在のうちの感情と強く結びついています。


肉体、心、感情を超越して、静かな観察を続ける瞑想モードもあります。


どれがよくてどれがダメということはないでしょう。


全般としてはわたしという魂の成長を心がけるところからはじめるべきだと思っています。


それを続けていくと、さらに多くの気づきがあるでしょう。


そうするとわたしという言葉の意味も変わってきます。


言葉そのものの扱いもかわっていくでしょう。


人里離れるわけにはいかないと思いますから、


モードをきりかえて魂の旅の時間もつくっていきましょう。

やじろべいさんお元気ですか?


あなたはどこにいたのですか?


あなたは昔からいたのですか?


どうしてやじろべいはできたんだろうね。


ちょっとだけどわかる気がする。


うん、やじろべいは心の中に昔からいたんだね。


そうだよきっと・・・


健康と美容に目覚めダイエットをしようとすると、


そんなことをしなくてもあなたは魅力的だと無理にこじつける。


自分でそういいきかせるのさ。


ほんとうはわかっている。


だけど、不思議な魔力でなまけるほうにいってしまう。


そんな心の所在。


その場所にやじろべいをおいたら大変だよ。


その場所でバランスをとってしまうからね。


やじろべいは、もっといいとこにおいてやらなくちゃ。


ちょっとだけでいい、


お腹をへこませて、美しくなる、


そんな場所にやじろべいをおいてあげようよ。

すべてが動いている。


すべてが活動している。


心の中で停止をイメージしても動いている。


常は無し。


常が無いなら、すべてはあるようでない。


ないものにとらわれるから、


苦しむのだろう。


ないものをねだらないなら、


安らぎを得るだろう。


それはないのではない。


あるのだ。


あってないのだ。


その証拠に感じた心がある。


心を出してみなさいといわれて出せる人はいない。


あるようでない、ないようである。


なんと無常なことか

今日はダイエットウォーキングについて話します。


まあ自分の経験談になるんですけどね。


僕の場合、7月くらいからウォーキングをはじめました。


そのときの歩き方は特に意識はなくゆっくり30分~1時間くらいでした。


最初の1週間は体が少し締まった気がしました。


しかし、どうも伸び悩みです。


そこで、早歩きにかえてみました。


けっこうてきとうなんですが、2秒で3歩くらいですかね。


自分が早歩きと思えばいいと思います。


とにかく、早歩きにしたとたんに効果がでるのが早くなりました。


最初は体重が減るのが早かったですが、今は遅くなってます。


そのかわり、体脂肪率がどんどん改善しています。


ということは、筋肉かなんかが増えてそのぶん体重を維持してると思われます。


現に体の線はずいぶんしまってきました。


こうなるとうれしいもので、外にいきたい願望も強くなってきます。


体脂肪率15%くらいまでおとします。


時間がとれるかたにはウォーキングはおすすめです。

最近、ダイエットが流行で、まわりには朝バナナをやっている人もいます。


僕の場合は、朝バナナと、仕事後のウォーキング1時間が日課です。


一ヶ月の時点で4Kg減っています。


なぜ、はじめたかというと1・・・かっこよさ、2・・・健康といった理由です。


やってみるとほかにも効果があります。


1・・・熟睡できる 2・・・疲れづらくなる 3・・・頭が回転する。


ですから、いろいろな面で改善されていきます。


また無駄を削ぐという感覚が芽生えてきて、無駄遣いも減っています。


一度、習慣化すると効果が大きくなるのと実行がらくになります。


物質主義に傾倒した時代から自分をみつめる時代になってきて、


ダイエットは自分を光らせるひとつの方法でしょう。


与えられたものを光らせるというのがダイエットの要点だと考えます。


ですから、不健康なやりかたがあるならやめるべきです。


健康的に無駄を削ぐことです。


外面的な変化があらわれない時期でも、


内面的な変化により改善されていることで満足が必要なじきもあるでしょう。


自分を光らせるために健康はかかせないので、


それぞれの健康改善が大切です。





これと


あれと


ばらばらの存在


わたしと


あなたと


ばらばらの存在


目で見ると


ばらばらの存在


目を瞑ってごらんといわれ


目を瞑ったら


これとあれが


なくなってきて


わたしとあなたが


なくなってきた


どうして


分けるのだろう


分けることは


わるいことなのか


すべて一緒じゃおもしろくないよね


っていわれて


そうだと思った


分けるのがわるいのではない


でも目を瞑ると


すべての存在が


つながっていることに気づく


そう


ばらばらだけどつながっていて


つながっているけどばらばら


みえるのはばらばら


感じるのはつながり


つながっているって


いいね・・・

道はどこにあるのか


道がつづく


道は遠くつづく


はてしないその先には


何があるだろう


みえるようでみえない


そんな道もあるだろう


道はどこにあるのか


目の前にあるのがそうか


さがしてみよう


これがそうか


でもしっくりこない


なんとなくみえてきた


これがそうか


道はこころにあった


やっとみつかったそして


そう道はまがっていた・・・