いまでは、貶められるような呼び名となっている大仙古墳。
そう、今日のテーマは仁徳天皇陵古墳です。
このシリーズは、「日本史の中の世界一」田中英道著をもとに、いろいろと世界に誇れる日本を再考していく機会となればと思い書いております。
ここでは、大仙古墳とは言わないで、仁徳天皇陵という名前で話を進めて行きます。この仁徳天皇陵ですが、世界でも有数な建築物であることは明らかです。エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と比べてもまったく遜色ありません。
さらに言えば、それらの世界でも有名な墓と比べてもさらに大きい。世界最大の墓であると言える。その大きさは下記の通りである。
<仁徳天皇陵>
全長 486メートル 高さ 35.8メートル
<クフ王のピラミッド>
全長 230メートル 高さ 146メートル
<秦の始皇帝陵>
全長 350メートル 高さ 76メートル
しかも、仁徳天皇陵の全長には、二重の堀の部分の大きさは何故か入れられていない。堀も含めて陵として成り立っているので本来ならば評価されるべきである。
また、この前方後円墳という独特の形態は、中国にも朝鮮半島にも前例のない美しい形態である。
なぜ、人口密度がたかく、平野は隈なく耕作されている日本にしかも、堺市は、比較的古くから開けた土地である。それにもかかわらず1600年もの間、自然に守られ古代から破壊されず、恐らく世界で最も保存状態の良い史跡といえる。保存状態がいいのも、世界に誇れることなんです。
仁徳天皇陵という名前を、小学校の歴史教科書から抹殺して、大仙古墳とするのは、聖君、仁徳天皇の勉強をさせたくない、端折りたいということなんだと思います。戦前の教科書には、卑弥呼や、志賀島の金印の話など、些細にも触れていなかった。なぜか?日本にとって些細な歴史事象であり、子供たちが学ぶ価値が高くないと判断されていたから。。。それでは、なぜ、いま子供たちに卑弥呼や、金印の事象が勉強させられているか?それは自国の歴史を矮小化するのにちょうどいい事例だから、中国の魏志倭人伝など、中国の為政者が都合のいい歴史を書いている信憑性の薄い出典をいかにも、正しい、素晴らしいと言わんばかりである。21世紀になっても、捏造の歴史をつくり続けるあの国の歴史書が、そしてあの国から遠くはなれた日本の当時ことについて正確に書かれているハズもなく。。。邪馬台国がどこにあったかなど、「水路を二十日」「水路を十日、陸路を一月」がどうだと魏志倭人伝の記述を真剣に議論しても仕方ないし価値などないのである。
日本の聖君→ なるべく教えたくない
日本の古代→ 中国の噂話的歴史書の内容をもとに、野蛮国で混沌としていたと教えたい。
「日本人から歴史を奪って民族としてのプライドを奪え」
世界に誇れる、仁徳天皇陵が小学生に日本の素晴らしさを教える教材として使われないばかりか、自虐史観に利用されているのである。
長くなってきたので、つづきは明日に回します。
過去にも、仁徳天皇陵についてのブログ記事を書いています。
参考にしてみて下さい。↓↓
まきむく通信の記事「日本最大の仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)不思議」
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