昨日は、帰宅したその日の内に

ルーシー・M・ボストンの

『まぼろしの子どもたち』を読んでから

気にかかっていた

翻訳書では

《愛の天使と死に神》

と訳されている

宮廷仮面劇[マスク]

《キューピッドと死》を

聴いてみました。

 

同曲を収録しているCDは、こちら。

 

《ヴィーナスとアドーニス/キューピッドと死》ジャケット

(BMGビクター BVCD-7026〜27、1991.5.21)

 

〈国王を楽しませるためのマスク〉

という副題を持つ

ジョン・ブロウの宮廷仮面劇

《ヴィーナスとアドーニス》との

カップリングで2枚組です。

 

演奏は

アントニー・ルーリー指揮

コンソート・オブ・ミュージックで

ルーリーはリュート伴奏も務めており

ソリストの中に

エマ・カークビーがいます。

 

録音は

《キューピッドと死》が

1983年9月26〜30日

《ヴィーナスとアドーニス》が

1984年5月23〜29日で

サマーセット州にある

フォード・アベイ Forde Abbey の

グレート・ホールで行なわれました。

 

 

ライナー小冊子は64ページもあり

《キューピッドと死》の

刊行された台本の扉と

大英博物館所蔵の自筆譜の写真が

載っています。

 

そのほかに

録音風景というのか

なせか衣装をばっちり着込んだ

《キューピッドと死》の

キャストの写真も

載っています。

 

普通の台詞のやり取りもあるので

実際に上演するように

ライブ感覚で撮ったものかどうか。

 

さすがに舞踏シーンでは

器楽曲だけで

実際に踊ったり

しなかったでしょうけど。( ̄▽ ̄)

 

 

《キューピッドと死》の原題は

Cupid and Death

イソップ物語に基づき

〈5つのエントリーからなるマスク〉

という副題を持っています。

 

5つのエントリーというのは

小冊子の解説を執筆者

今谷和徳によれば

5幕と考えていいそうです。

 

前回にも書いた通り

ポルトガル大使を歓迎するために催された

私的な集まりの余興として

1653年3月26日に上演されました。

 

曲をつけたのは

マシュー・ロックと

オーランド・ギボンズの息子に当たる

クリストファー・ギボンズ。

 

 

ストーリーは

キューピッドと「死」が

ある旅籠に泊まり合わせたところ

「態度がいけ好かない若造」の

キューピッドに復讐するために

旅籠の給仕が二人の矢筒の矢を

取り替えてしまう。

 

そのため

キューピッドが恋人たちに矢を放つと

恋人たちが皆死んでしまう一方

「死」が放つ矢を受けた者

老カップルは若返って踊り出し

兵士は武器を捨て敵と踊り出してしまう。

 

(後者はむしろ良さそうですがw

 擬人化した「自然」によれば

 「戦士たちから生や、勝利や、

 名誉を奪うことになる」ので

 自然の理[ことわり]に反するそうです)

 

自然界の理が混乱してしまったことを

「自然」が嘆き悲しんでいると

神々から使わされたマーキュリーが

事態を収めるというお話です。

 

これで舞台上方から

仕掛けを使って登場したのなら

典型的な「機械仕掛けの神」による解決

ということになりますね(笑)

 

ちなみに給仕は

猿使いでもあるんですが

マーキュリーが事態を収める前に

「死」に矢を打たれ

使っていた猿に恋してしまったところ

その猿をサテュルスに奪われ

絶望のあまり自死を決意する

という顚末を迎えます。

 

 

聴き始めて

ちょっと驚いたのは

序曲が演奏された後

キューピッドと「死」という

二人? のお客を泊めることになった

旅籠の主人と給仕の台詞も

全て演奏というか演じられ

録音されていること。

 

これが例えば

ヘンリー・パーセルの

仮面劇(マスク)や

セミ・オペラの録音だと

台詞の部分は全て省略され

序曲やダンス組曲といった器楽曲および

レチタティーヴォとアリア、合唱などの

声楽曲しか収録されていません。

 

《ディドーとエネアス》は

パーセル唯一のオペラといわれる通り

一般的な台詞部分にも

全て曲がつけられ

レチタティーヴォないし

アリオーソとして演奏されるので

台本の全てが収録されますが

他のセミ・オペラや

劇付随音楽になると

普通のセリフは全てカットされるんですね。

 

その意味では

《キューピッドと死》を聴いて初めて

マスクの舞台がどういうものか

イメージできた次第です。

 

 

キューピッドと「死」が

それぞれ矢を放つ際の

ヒュッ、ポンという

効果音も入っていて

どういう楽器(道具)で出したのか

分かりませんけど

(鞭を振り、マット状のものを

叩いている感じがします)

なかなか臨場感がありました。

 

ライナー小冊子には

出典が明示されてませんけど

(刊行された台本でしょうか)

キューピッド同様

翼を生やした骸骨が

矢を射る場面を描いた

当時のイラストが載っています。

 

翼を生やした骸骨って

当時の人の想像力は

ぶっとんでるなー。( ̄▽ ̄)

 

 

さて、前々回ご紹介の

ルーシー・M・ボストン原作

『まぼろしの子どもたち』

(グリーン・ノウの子どもたち)では

地方を訪れた王の前で

この仮面劇を演じることになり

オールドノウ家の三きょうだいの次男

アレクサンダーがソプラノ歌手として

出演することになる

という設定でした。

 

原作には次のように書かれています。

 話をまとめてみると、オルガン奏者ガブリエリ=マクタビシュは、御前演奏の『愛の天使と死に神』という仮面劇を演出することになっていた。ところが故障の連続で、天使役をうたえる少年がいない。もしアレクサンダーがひきうけて、この役をおぼえてくれれば、ご一家みなさまの見物席があたえられるというのだった。(瀬田貞二訳)

そして

公演の際、アレクサンダーは

「内心びくびくだったが」

そんなそぶりは見せず

「自信をもってうたった」

とも書かれています。

 

 

実際にCDで聴いてみたところ

ソプラノが担当する役として

キューピッの他に「自然」と

各エントリーの最後で歌われる

アリアのパートなどがありますが

キューピッドの台詞や歌は

ほとんどありませんでした。

 

第1エントリー(第1幕)で登場した際

同行者の「阿呆」Folly と

「物狂い」Madness と一緒になって

旅籠の主人のダンスに加わったあとは

弓矢を射る場面では黙劇ですし

第5エントリーになってようやく

マーキュリーや

「死」と絡む場面がありますが

台詞の数自体は少なくて

歌をうたうわけでもないんですよね(苦笑)

 

せいぜい

短いレチタティーヴォ

といったところでしょうか。

 

天使役の人間が

各エントリーの最後で歌われる

ソプラノのアリアも兼ねる演出なども

考えられなくもありませんけど

そのアリアの中には

「留まれ、キューピッドよ」

という歌詞もあるため

天使役が歌うと違和感があります。

 

というわけで

『まぼろしの子どもたち』の記述は

原曲とあっていない、と

いわざるを得ないのでした。

 

歌ではなく演技が良かった

というふうに書かれていれば

まだしも納得できるんですけど

1983年の録音を聴いて

1954年代の物語に文句をつけるのは

ちょっとフェアではないかも。( ̄▽ ̄)

 

 

録音では

エマ・カークビーが

「自然」を演じています。

 

録音で天使を演じているのは

ポピー・ホルデン Poppy Holden

というソプラノ歌手。

 

通しで聴いてみた印象では

給仕を演じるアンドリュー・キングが

テノールということもあり

主役っぽい感じがしますね。

 

機械仕掛けの神

だったかもしれない

マーキュリーは

旅籠の主人との二役で

バスのデイヴィッド・トーマスが

演じています。

 

器楽奏者の編成は

ヴァイオリン2、バス・ヴィオール1

チェンバロないしオルガン1

テオルボ1、リュート1

と、総勢6名です。

 

テオルボがいるのに

リュートもいるのは

ちょっと違和感がありますが

合唱や独唱で使い分けているのか

あるいは重奏することで

響きを強めているのかも。

 

合唱や独唱で

使い分けているのだとしても

自分程度の耳では

聴き分けることが

できませんけどね。(^^ゞ

 

 

長くなりましたので

併録されている

《ヴィーナスとアドーニス》の

詳細や感想については

また機会がありましたら。

 

《ヴィーナスとアドーニス》は

パーセルの師匠と目されている

ジョン・ブロウの作曲ですし

ライナー小冊子で

今谷和徳が書いているように

パーセルの《ディドーとエアネス》に似ており

影響を与えたことがよく分かる構成

ないし演奏だったとだけ

述べておきます。

 

 

なお

『まぼろしの子どもたち』からの引用は

以下の偕成社文庫版に依りました。

 

『まぼろしの子どもたち』偕成社文庫版

(偕成社、1983年10月発行)

 

こちらは先日

4月4日に)立ち寄った

下北沢の古本屋

「ほん吉」で見つけて

買っておいたものですが

本文から訳註、あとがき

堀内誠一の挿絵に至るまで

研究社版そのままです。

 

カバー表紙のイラストで

横笛を吹いているのが

アレクサンダーです。

 

日本の横笛のような印象ですが

原作の設定からすれば
フラウト・トラヴェルソかなあ

と思うんですけど

どうでしょうか。