高橋裕子『イギリス美術』

(岩波新書、1998年4月20日発行)

 

著者名の「裕子」は

「ひろこ」と読みます。

 

以前ご紹介した

同じ岩波新書の一冊

『ロビン・フッド物語』

表3部分にあたるカバー袖に

載っているのが目にとまり

面白そうだと思い

購入してみた本です。

 

届いてからは

寝る前に繙いて

眠くなると本を閉じる

という感じで

ちびちびと

読み進んでおりましたが

とうとう読み終わってしまいました。

 

 

『感性でよむ西洋美術』からの

美術つながりの興味関心から

手に取ったものですが

本書によれば

どうもイギリス美術というのは

美術史では例外扱いに

なっているとのこと。

 

確かにイギリス美術

中でも絵画といわれれば

画家の名前がすぐさま出てくる

というほどではありません。

 

個人的には

イギリスのミステリ作家で

ニュージーランド生まれの

ナイオ・マーシュの長編

『恐怖の風景画』(1968)で言及され

重要な役割を果たしている

カンスタブルの名前が

最近、気になっていたくらい。

 

あとは

有名なミレイの

《オフィーリア》が

思い浮かぶ程度。

 

 

上記のカンスタブルが

『恐怖の風景画』を読んで以来

気になっていることもあって

購入したわけですけど

7世紀初頭の装飾写本から

19世紀末の絵画作品まで

簡にして要を得た紹介がされており

蒙を啓かれた感じがされました。

 

そもそも巻頭の

カラー口絵の一枚目

ヒリアード《薔薇の茂みの中の若者》が

ダウランドのCDのジャケットに

使用されていたものだったので

おおっ、と思い

それだけで自分には

つかみはオッケーな感じ(笑)

 

夏目漱石の

『坊っちゃん』や『草枕』に

ターナーやミレイの名前が出てくるのを

改めて教えられました。

 

ミレイの《オフィーリア》を

自分が知ったのも

『草枕』絡みで

その絵に言及したエッセイか

論文を読んだからでしょう。

 

 

あと、ジェゼフィン・テイや

アガサ・クリスティーなど

ミステリ作家への言及があったのも

思わぬ拾いものいう感じ。

 

テイは

有名な『時の娘』絡みで

リチャード3世の肖像画が

紹介されています。

 

こちらは

ハヤカワ・ミステリ文庫の旧版で

カバーのイラストに

使われてました。

 

クリスティー作品は

『鏡は横にひび割れて』と

「ミス・マープルは語る」に

言及されています。

 

前者は

テニスンの詩に基づく

絵画を紹介する箇所で

クリスティーの作品のタイトルも

その詩に基づくということが

いわれているだけですけど

後者はそれとはちょっと違う。

 

ミス・マープルが

自分が好きな画家は

アルマ=タデマと

フレデリック・レイトンだ

と言っている箇所を引いて

「ヴィクトリア朝の遺物」という

彼女の属性を決定づけるもの

というふうに

評論的視点からの

言及になっています。

 

「ミス・マープルは語る」

なんていう地味な短編は

ほとんど記憶の外ですから(苦笑)

そんな台詞なんて

覚えてもいませんでしたけど

今後、読み直す機会があると

印象が改まるんだろうな

と思った次第。

 

「ミス・マープルは語る」のみならず

イギリス・ミステリを読んでいて

画家の名前が出てきたりしたら

おおっ、とか思う楽しみが

増えたわけでもありますので

かなり得した気分になりました。

 

 

口絵以外の本文中の絵はいずれも

モノクロなのが物足りないですけど

バロック音楽ファンなら

どこかで一度は見たことがあるはずの

ヨハン・クリスティアン・バッハの肖像や

ヘンリー8世の肖像が載っているのを見ると

嬉しくなりますし

初見のロレンス・スターンの肖像は

なかなかいい感じというか

こんな人だったのかと驚いた次第。

 

その他、お馴染みの

(といっていいかと思いますけど)

ウィリアム・ブレイク、

ウィリアム・モリスや

オーブリー・ビアズリーも

紹介されており

美術史における位置づけが

よく分かりました。

 

 

読み進めるうちに

ロセッティの《祝福されし乙女》や

《プロセルピナ》(オビに載っている絵)を

どこかで見たことあるなあ

と記憶を刺激された次第ですけど

バーン=ジョーンズの

《黄金の階段》も

最近どこかで見た記憶が

あるような、ないような……。

 

19世紀に

犬の画家として

人気を博したという

エドウィン・ランシアの

《老羊飼いの喪主》は

今回が初見ですが

モノクロながら

実にいい感じです。

 

こういう絵を教えられると

カラー印刷の画集が

欲しくなりますね。

 

もっとも

インターネット時代ですから

ネットで検索すれば

簡単にカラー画像が

見つかるでしょうけど。

 

 

あと、もうひとつ

イギリス美術以外の

他国の美術作品については

モノクロですら

図版が載ってないのが

ちょっと残念でした。

 

イギリスに影響を与えた

ヨーロッパの美術や

イギリス絵画から

影響を受けたヨーロッパ絵画の

図版も載っていると

ありがたかったんだけなあ。

 

これまた

インターネットで

簡単に見られるだろう

とはいえ。

 

 

巻末に人名索引が載っているのは

使い勝手がいいと思いましたが

原則として美術家や美術批評家

美術史家のみなので

クリスティーやテイは

載っておりません。

 

文学者ないし文人で

例外的に載っているのは

ホレス・ウォルオール

エドマンド・バーク

夏目漱石くらい。

 

ウォルポールへの言及はあっても

『オトラント城』への言及は

残念ながらありません。

 

ついでにいえば

映画《英国式庭園殺人事件》への

言及がないのも

ちょっと物足りなかったです。

 

 

「あとがき」には

版画、特に木口木版画に

ほとんどふれる余地がなかったのが

心残りであり

いずれ改めて書きたい

と書かれていますけど

今のところ

そうした著書は出ていないようです。

 

本書が面白かっただけに

実に残念なのでした。

 

 

ちなみに

これは読後に偶然知りましたが

本書は第20回サントリー学芸賞

芸術・文学部門を

受賞しているようです。

 

ネット上に

芳賀徹の選評が

アーカイブされていますので

以下にリンクを貼っておきます。