前回、ヴィヴァルディの声楽曲を

実際の典礼に当てはめて再現してみせた

聖母被昇天の祝日のための晩課

というディスクを紹介しましたが

ヘンデルにもそういう盤があります。

 

ヘンデル「カルメル会の晩課」

(東芝EMI: TOCE-11272・73、1999.5.26)

 

原盤レーベルはヴァージンで

ヴェリタス・シリーズから出たものが

2 for 1 シリーズの

永遠のバロック Vol.5 として

再リリースされました。

 

演奏はアンドリュー・パロット指揮

タヴァナー・プレイヤーズ&合唱団で

録音は1987年6月です。

 

 

ヘンデルはローマ滞在時

カルメル修道会のために

声楽曲(後掲のHWV240など)を

書き下ろしています。

 

本盤では

ヘンデルの作曲になる

それ以外のラテン語宗教曲も集め

カルメル会の晩課で演奏された

という想定のもと

ヴェルシクルス(序詞)や

レスポンソリウム(応唱)

アンティフォナ(交唱)

イムヌス(讃歌)

オラツィオ(祈祷)

カピトゥルム(聖書の朗読)

などを組み合わせて

1707年7月に行われた第2晩課を

再構成してみせています。

 

収録されているヘンデルの曲は

こちらで何度か紹介してきた

ディクシット・ドミヌス、すなわち

《主は言われた》HWV232 を筆頭に

《しもべたちよ、主をたたえよ》HWV237

《処女[おとめ]たちの飾りであるあなたに》HWV243

《主が家を建ててくださるのでなければ》HWV238

《これぞ処女[おとめ]たちの女王》HWV235

《地は荒れ狂うがよい》HWV240

《サルヴェ・レジーナ》HWV241 の

全7曲。

 

ヘンデルのラテン語声楽曲は

10曲ほどだそうなので

そのほとんどが聴けるわけです。

 

 

先にご案内の

ヴィヴァルディの声楽曲に基づく

「聖母被昇天の祝日のための晩課」では

アンティフォナなどは女声

(ソプラノ・ソロ)で

歌われていました。

 

本盤では

男声のソロと合唱で歌われており

より実際の典礼に近いのではと

感じさせるディスクになっています。

 

 

全体の演奏は

イタリア古楽勢による

ヴィヴァルディの演奏に比べると

おとなしめではありますが

これはこれでありかも。

 

というか

イタリア古楽勢のヴィヴァルディが

とんがり過ぎなんでしょう。

 

そこが好きなんですけど(笑)

 

 

合唱曲(HWV232、237、238)は

どれも素晴らしい。

 

独唱曲のうち

「カルメル会の

至聖なる聖母のためのモテット」

という副題を持つ HWV240 は

ソプラノ・ソロ楽曲ですけど

第1楽章でオクターブを

極端に飛躍させる歌唱が印象的で

いわゆる難曲にあたるのではないか

と思ってしまうくらい。

 

当時、教会では

女子修道院などを除き

女性が教会で歌うことが許されず

変声期前の少年が歌ったそうですが

少年が歌いこなすのは難しそう。

 

現代ではもちろん

成人女性が歌うわけですけど

下手すると

ヒステリックに響きそうですし

そんなこんなで

カストラートを想定して

作曲されたのではないか

とも思ってみたりしたり。

 

 

ちなみに

故・礒山雅は

『バロック音楽名曲鑑賞事典』

(講談社学術文庫、2007)で

ヘンデルのディクシット・ドミヌスを

紹介した際に、本盤に言及。

 

「この作品だけを聴くならば、

 ジョン・エリオット・ガーディナー指揮する

 モンテヴェルディ合唱団(フィリップス)の

 名人芸を、随一に推すべきだろう」

といいつつ、本盤にふれ

「背景を生かしているという点では

 捨てがたいと思う」

と書いています。

 

昔、この件りを読んだときは

へえ、と思っただけでしたが

こうして入手して聴いてみると

感慨深いものがあったりしますね。

 

 

なお、日本流通盤に

ひとつ注文をつけさせてもらうと

声楽のソリストだけでなく

器楽のソリストやメンバー

合唱メンバーの全員についても

名前を記してほしかったですね。

 

器楽奏者だと

ヴァイオリンのジョン・ホロウェイが

加わっていることしか分からない

というのは

いかがなものかと思います。