以前、アンドレアス・シュタイアーと
クリスティーネ・ショルンスハイムの
2台のチェンバロ(とカスタネット)による
ボッケリーニのファンダンゴを紹介した際
もともとは弦楽五重奏曲に基づく
ギター五重奏曲だと書きました。
ギター五重奏版は
エウローパ・ガランテの録音を
先にご紹介しましたけど
ギター五重奏版を聴いたのなら
弦楽五重奏版も聴いてみたくなる
というものでして。
そんなことを思っていた折も折
新宿のディスクユニオンで見つけたのが
今回ご案内の盤です。
ボッケリーニ五重奏団
『ボッケリーニ:弦楽五重奏曲集』
(キングインターナショナル KKCC-4057、1992.6.5)
キングインターナショナルは輸入・発売元で
原盤は Ensayo というスペインのレーベルです。
店頭で見つけたとき
手に取って裏を返してみると
裏面全体を覆うタイプのタスキ(オビ)には
演奏がボッケリーニ五重奏団とあるだけで
モダン楽器の演奏団体なのか
古楽器の演奏団体なのかも分からない。
五重奏団の構成メンバーは誰と誰で
誰が何を弾いているのかについても
まったく表示されていません。
そこで少々買うのをためらったのですが
弦楽版のファンダンゴを聴きたい
という思いやみがたく
不見転の勢いで購入した次第です。
直輸入盤の日本流通仕様盤であるため
幸いなことにライナーの日本語訳が
別冊で付いています。
ところが家に帰って見てみると
原盤にはなくとも
日本語に訳されれば
たいていは付いている
演奏者・演奏団体についての解説が
日本語のライナーにすら
まったく付いておらず
これにはびっくりでした。
原盤のライナーにも
演奏団体についての紹介はなく
少し前なら途方に暮れたところですけど
今はネット検索という強い味方があります。
さっそく検索してみたところ
英語版の Wikipedia に
Boccherini Quintet という項目があり
メンバーや他の録音などについて
またモダン楽器の団体であることなどを
知ることができました。
本盤の演奏者は以下の通りです。
Montserrat Cervera(ヴァイオリン)
Claudio Buccarella(ヴァイオリン)
Luigi Sagrati(ヴィオラ)
Marco Scano(第1チェロ)
Piero Stella(第2チェロ)
ちなみにタスキ裏や日本語ライナーでは
録音年が1980年となっていますが
Wikipedia のディスコグラフィに拠れば
原盤のリリース年(?)は1975年なので
これは明らかにおかしい。
おそらく
日本で最初に出たLP盤のリリース年と
混同しているのではないか
と思われるのですけれど……。
ところが本盤のトンデモなさは
それだけではないことが
いろいろと検索しているうちに
分かってきました。
ボッケリーニの作品番号は
作曲者自身が晩年に付けたものだそうですが
歿後に楽譜が出版された際
版元が勝手に付け替えたものがあって
長い間、混乱していたようです。
ようやく1969年になって
フランスの音楽学者
イヴ・ジェラール Yves Gérard が
作品目録をまとめ、番号を付けたそうで
それ以来、たとえば
弦楽五重奏曲 ニ長調 作品40の2 なら
G.341 という風に
整理番号が付記されるようになりました。
ところが今回のディスクの場合
ジェラール番号が
原盤のライナーはもとより
その解説の翻訳にすら
いっさい表示されておりません。
しかも本盤の場合
楽譜の版元が勝手に付した作品番号を記載しており
しかも原盤の作品番号に一部、誤植があるのに
翻訳でも訂正されず、そのまま引き写している
という次第であることが分かりました。
上に掲げた
タスキ裏面の写真(上)と
原盤のジャケ裏の写真(下)を
見ていただければ分かる通り
トラック1〜4の「作品20の15」という表示が
日本語盤でもそのまま表示されています。
「作品20の15」だと
作品20は15セットもある
ということになるわけで
常識的に考えても不自然だろうと思うんですが
それがおかしいということに
原盤のスタッフはもとより
日本流通盤のスタッフすら
誰も思い至らなかったという。( ̄▽ ̄)
それでも可能性としては
絶対にないとはいえないので
そういうことも気に留めて調べたため
現在、一般に流通している作品番号
(ボッケリーニ自身による番号)でいうと
この曲は作品いくつなのか
ジェラール番号でいうと何番なのか
ということを調べるのに
最初はたいそう手間取りました。
ネット時代でなければ諦めてましたね。
そんなこんなで調べた結果は以下の通りです。
M-1〜4:作品13(旧20)の3/G.279
M-5〜7:作品39の3(旧37の2)/G.339
M-8〜10:作品40の2/G.341「ファンダンゴ」
M-11:作品30の6/G.324 より
「マドリードの通りの夜の音楽」
M-12:作品11(旧13)の5/G.275 より
「メヌエット」
カッコ内の「旧」というのが
ボッケリーニの歿後に
出版社が勝手に付けた作品番号です。
本盤はもともと
ANFコーポレーションというところから
直輸入盤が日本流通仕様で出ていたことがあり
(企画品番はANF 133)
キング盤はその再発盤になります。
先日たまたま
同じ新宿のディスクユニオンで
ANFを見かけましたけど
天下のキングともあろうものが
どうやらANF盤の表記をチェックせず
そのまま流用したみたいですね。
(ライナーの翻訳も流用しているかどうかは
買ってないので分かりません)
これなんかも
日本のライナーや解説が
いかにいい加減か、ということの
ひとつの証左になるかと。
肝腎の演奏についての感想が
どっか行っちゃっいましたけど
以下、その話題に。
これを購入した時、手許には
古楽器による弦楽五重奏盤がなく
古楽器による演奏と比べて
どうこういうことできません。
ただ、古典派前期の楽曲なだけに
伝統的な(と思われる)演奏であっても
あるいはモダン楽器であっても
綺麗に気持ちよく聴かせてくれる
という感じかなあ。
演奏自体は
なかなか良いものだと思いますし
ファンダンゴの他
「マドリード通りの夜の音楽」や
通称「ボッケリーニのメヌエット」など
有名どころを揃えていて
ボッケリーニ入門盤として見ると
手頃かと思いますね
それだけに
ライナーなどの不備は
残念としかいいようがないわけですが。
作品39の2/G.339 の第2楽章は
パストラーレと指示されていて
そのためなのかどうか
第3楽章になると
牧歌的な趣味を出す楽器である
ミュゼットないし
ハーディガーディを思わせるような
音色を聴くことができ
ちょっといい感じ。
後で知ったところによれば
作品39の3/G.339 は
ボッケリーニの通常の編成とは異なり
チェロの1本をコントラバスに変えた
コントラバスを伴う五重奏曲なのだとか。
古楽器演奏盤では当然
コントラバスを伴うバージョンで
演奏されているわけでしょうけど
ボッケリーニ五重奏団盤は
チェロ2本での演奏だと思われます。
「マドリード通りの夜の音楽」は
ヴィヴァルディの「四季」などを思わせる
標題に基づく描写音楽です。
タスキ裏面に
「18世紀に作られたとは思えない斬新な作品」
と紹介されていますけど
上に書いた通り
ヴィヴァルディにもありますし
膀胱結石手術を描写した
マラン・マレの珍曲もあるくらいで
バロック時代にはよく見られたタイプであることは
バロック音楽のファンならご存知の通りです。
肝腎のファンダンゴですけど
以前ご紹介のエウローパ・ガランテ盤
(ギター五重奏版)よりも
ファンダンゴらしさが
くっきりしていて、いい感じ。
これは好みかもしれません。
最後に入っている「メヌエット」は
タスキ裏に「誰でも聴いたことのある超有名曲」
と書いてありますけど、確かにその通りで
聴いてびっくり
自分も作曲者が誰とは知らずに
テレビなどを通して耳にしていた曲でした。
聴いていただければ
なるほどと分かってもらえると思うので
YouTube にあったものを
以下に貼り付けておきます。
バックの画像はボッケリーニの肖像画です。
ちなみに
コントラバスを伴う演奏もありましたので
そちらも貼り付けておきます。
もっとも本曲の場合
原曲がコントラバスを伴うわけでは
ないんですけど。
いずれにせよ
この曲ってボッケリーニだったのか!
と分かってみれば
ボッケリーニが身近な存在になりますし
いっそう親しみも湧こうというもの。
それに、知ったかぶりのネタとしても
役に立ちそうです。( ̄▽ ̄)