(2016/吉田恒雄訳、集英社文庫、2018.6.30)
ミステリ作家のシャンクスが主人公の
連作短編集でしたけど
たまたま次に読み終えた本書も
売れっ子ミステリ作家が主人公でした。
バツイチ、イクメンの主人公は
子どもの病気で駆けこんだ病院で
小児科の女性研修医と知り合い
恋に落ちて結婚することになります。
その婚前旅行の夜に
お互い秘密は持たないようにしたい
と考えた主人公は
婚約者に過去の秘密を
明かすように言うのですけど
言い争いになっただけでなく
示された秘密の一端に衝撃を受けて
ホテルを飛び出してしまいます。
気を取り直して帰ってみると
婚約者の姿はすでになく
パリに帰ってしまったようでした。
主人公も彼女に謝るためにパリに戻り
住まいを訪ねたのですが不在で
何者かに拉致されたのでは
という疑いが浮上してきます。
同じアパートに住む元刑事と協力して
失踪した彼女の行方を追うのですが……
……というのが導入部です。
婚約者が持っていた秘密は
120ページを過ぎたあたりで
分かってきますけど
その120ページ分は
恋人の秘密が何かというのが
リーダビリティーを高めているため
ここでは曖昧にしときました。
過去の秘密が明らかになると
さらに別の謎が生まれて
以後、テンポ良く話が進みます。
読み進めていき
宮部みゆき風の話で始まって
森村誠一風の話になったか
と思っていたら
最終章の最後で
どんでん返し、というのとは別の
深く心を動かされる
意外な結末を迎えました。
オビには「どんでん返し」と
書かれていますけれど。
もちろん
いわゆるミステリ的などんでん返しも
あるのですが
単にびっくりさせるだけではなく
どんでん返しによって
深い感動が訪れるような
終わり方をしている
と思うわけです。
安易なコピーなら
何回泣ける、何倍泣ける
とか付けるんだろうなあ
と思わせるようなラストでしたが
泣くかどうかは別として
深く心を動かされてしまいました。
フランス・ミステリといえばどんでん返し
と相場は決まっているのですが
それが斜め45度から来た感じというか
まさかこういう方向から
感動させられるとは
思っても見ませんでした。
そういう見逃せない美質は
「どんでん返し」という言葉だと
うまく伝わらないような気がします。
本書は
近年のフランス・ミステリの
一傾向かと思われる
アメリカのアクション映画のような
派手な展開を見せます。
その派手な展開の一方で
自分がこうしていたら
救えたかもしれない命に対する
うしろめたさ、後悔
という深刻なテーマが
通奏低音になっているようです。
そういう後悔を昇華する方向、
なくす方向で救われる登場人物が
何人かいるんですけど
そうすると1人だけ
こぼれ落ちてしまう人が出てきます。
実をいうと、読み終えて
それがものすごく気になりました。
パズルのように
いろんな要素を組み合わせて
登場人物の心理にも矛盾がないように
丁寧に組み立てられている小説でも
アキレス腱というべきところが
往々にして残る場合があります。
優れた作品は
それをストーリーやプロットで
上手く糊塗しているわけですけど
糊塗しきれないところが残る小説も
ないわけではない。
本書がまさにそうだと思います。
ヘレン・マクロイの
『悪意の夜』を読み終ったとき
登場人物は人間関係を
どう再構築するのかが気になる
と書きました。
そして
『牧神の影』の感想をアップした時に
そういう後日譚的なところを
充実させることで
現代ミステリは
小説として発展してきたのかも
というようなことを書きました。
そういう方向で
発展してきたがゆえに生じる
アキレス腱というべきでしょうか。
そんなことをつらつらと
考えさせられてしまった次第です。
今日、塾の会議があって
立川に行ってきたんですけど
オリオン書房では
海外エンターテインメントの
文庫コーナーの棚に
本書の大反響を伝える
ポップができてました。
オビの色も赤く変わってたので
ちょっとびっくり。
その意味では(意味でも)
意表をつかれたといえるのかも。( ̄▽ ̄)