小川洋子の小説
『やさしい訴え』(1996)に
次のようなシーンがあります。

紙袋の中をのぞいて
しばらく思案していた薫さんは、
レコードを一枚取り出し、
ステレオの蓋を持ち上げて
ターンテーブルにのせた。
「『チェロと通奏低音のための6つのソナタ』。
ヴィヴァルディです」
(文庫版、p.80)

今までに当ブログで取り上げた
いろいろな曲が
実在のものであることから鑑みるに
これも実際にあるレコードだろう
と思いました。

ただ、ヴィヴァルディですからね。
レコードなりCDなりは
星の数ほどありそうで
正直、確定するのは面倒だと
思っていましたけど
おそらくこれではないか
という当たりをつけたのが
今回紹介するCDです。

『ヴィヴァルディ:チェロ・ソナタ集』1986年録音盤
(BMGビクター BVCD-1506、1993.9.22)

レーベルはドイツ・ハルモニア・ムンディで
録音は1986年9月です。

これではないかと思った根拠のひとつは
グスタフ・レオンハルトの
『フランス・クラヴサン音楽の精華』
同時期にCDが発売されたことに加え
ジャケ裏のタイトル表記が
小説中と同じだったからです。

小説中では、はっきり
レコードと書かれていますから
本盤ではないのは明らかですけど
CDの発売日より録音が古いこともあり
おそらく本盤の基になったLP盤が
小説に出てくるものではないか
と思われるわけです。


LP盤がいつ出たのか
ちょっと調べている余裕が
なかったのですけど
CDのタスキ(オビ)に
「レコード芸術特選」とあるのは
LP盤が出た時のことでしょう。

あるいは、LP盤では
「チェロと通奏低音のための6つのソナタ」
というタイトルが
ジャケ裏に
表示されているのかもしれません。

LP盤のタスキ(オビ)も
たぶん同じ邦題が
表示されていると思いますけど
こればっかりは
現物を見てみないと
分かりません。

LP盤の現物を見かけるのが
ちょっと楽しみだったり。


通奏低音は
チェロの鈴木秀美と
チャンバロのジャック・オッホが担当。

ただし
自分の耳で聴き取った限りでは
半数近くの楽章が
2本のチェロのみで
演奏されています。


先に引用した箇所に出てくる
薫というのは
チェンバロ製作者・新田の弟子で
語り手・瑠璃子の別荘を訪れて
いろいろな楽曲を聴かせるのですけど
そのとき最初にかけるものが
ヴィヴァルディの本盤
というわけです。

チェロ2本の演奏といっても
先にこちらのブログで紹介した
2 CELLOS の演奏でも分かる通り
アレグロ楽章では
かなり激しいものになるものもあります。

またヴィヴァルディの楽想は
時として
かなりトリッキーになることもあります。

そして
この盤に限っていえば
チェンバロの演奏が目立ちません。

それこそ
作品の醸し出す雰囲気と
合わないという感じは
「教えて! goo」の
ベストアンサーでいわれていた
シャルパンティエの
ルソン・ド・テネブレ以上でしょう。

(もっとも合うか合わないかは
 読み手の主観によるものなので
 微妙なところなのですが)

そういう楽曲を最初に聴かせる
というふうに
作者・小川洋子は
あえて書いているわけで
そこらへんの意図を考えてみても
面白いかもしれませんね。


ちなみに
ビルスマは後になって
ソニークラシカルの
ヴィヴァルテ・シリーズから
ヴィヴァルディのチェロ・ソナタ集を
出しています。

『ヴィヴァルディ:チェロ・ソナタ集』1999年録音盤
(Sony Records SRCR-2569、2000.9.20)

録音は1999年8~9月。

2台のチェロの他に
アーチリュート、ヴィオローネ、
そしてチェンバロないしオルガンが
通奏低音に加わっています。

1740年頃に公刊された
チェロ・ソナタ集に収められている
全6曲が演奏されています。

ドイツ・ハルモニア・ムンディ盤と重なるのは
そのうちの半分で
両方のCDを揃えると
現存している
ヴィヴァルディの9つのチェロ・ソナタが
全部、聴くことができるわけです。


ペタしてね