川北1号墳5(東かがわ市引田) 2024年4月17日
引田町と西接する白鳥町の境界には、阿讃山脈から派生した山塊が東西に横たわっています。
山塊東部では海抜209mの通称竜王山の山頂付近から南に、東に支脈が延びているが、 川北1号墳は東走する支脈の中位の痩せ尾根上、僅かに見出せる平坦部に構築されている。
西方、尾根つけ根側には約90mの落差をもつ急傾斜が迫り、南側では浅い谷が平坦部の両脇を侵している。従って、南側平野部から本墳を見上げると、支脈の長 い山稜線中にありながら、他から明確に区分される地形上に位置していることが分かります。
旧名「山上古墳」は、良くその立地的特徴を表わしている。翻って、墳丘より南方眼下を見渡すと、引田町低地を三分する小海平野が阿讃山麓までの間を東西に延び、西の方、白鳥町との境界である谷間に消えてゆく。
東方には緩やかな円弧を描いて引田湾、鳴門が続き、その先進か海上には淡路の島影が霞んで見える。
サーっと門が閉まるとあらわれるのは
これはまた、石室内から見える外界の 風景である。
北は足下を東から深い谷が侵し、その先は山塊の末端が高く低く海まで続く。
西方山麓にありとされる千葬古墳は古墳と認定しにくく、現在のところ周辺には他の古墳は存在しない。
この様な立地や、単独で存在している状況は、この種の後期古墳としては異例であり、本墳の特徴の一つとされます。
なお、明日は倉敷マスカット球場で阪神中日戦をナイター観戦の予定ですので、遅配または無配の可能性があります。