ロック古典主義

ロック古典主義

ジミヘンからプリンスまで
ロックミュージックの黄金時代を
西海岸からのランドスケープで描く
70年代古典ロックの物語をはじめ
卑弥呼の古代ロマンを求めて
古墳探訪の巡礼紀行などを
フレックスにお届けします。

 大塚美術館102

Поль Сезанн - биография, личная жизнь, фото

 ポール・セザンヌ(1839–1906)は「近代絵画の父」と呼ばれています。

 しかし、その実像は、時代を切り拓いた英雄というより、世界を信じきれず、何度も何度も描き直し続けた、ひとりの誠実な画家でした。 

 南仏エクス=アン=プロヴァンスに生まれ、文学者ゾラと親交を結びながらも、パリでは評価されず、印象派展にも参加しつつも、どこかで馴染めない孤独な存在。彼は「自然を、円筒・球・円錐によって扱いたい」と語りましたが、それは抽象への野心ではなく、自然を壊さずに構造として捉え直すための、切実な試みでした。


 セザンヌが描いた主題は驚くほど限られています。あのサント=ヴィクトワール山、リンゴや壺の静物、入浴する人物たち。けれど彼は、それらを生涯にわたって繰り返し描き続けました。なぜなら彼にとって絵を描くとは、対象を「見る」ことそのものを問い直す行為だったからです。
 彼の絵には、どこか奇妙な違和感があります。傾いたテーブル、ずれた皿、角度の異なるリンゴ。これは決して技術の未熟さではなく、「人は動きながら見る」という事実を、絵の中に持ち込んだ結果です。遠近法という一元的な視点を疑い、複数の視点を同時に画面に重ねることで、見るという行為の複雑さを可視化しようとしたのです。

 セザンヌにとって、色は装飾ではなく構造でした。青は空である前に奥行きをつくる面であり、赤はリンゴである前に画面を支える重心。こうした考え方は、やがてピカソやブラックのキュビスムへと直結していきます。

 ミレーは「人は大地の子やで」と言い、ゴッホは「人間、感情でズタズタや」と叫び、ドガは「人は身体と社会ルールの檻の中や」と冷静に見つめた。
そんな芸術界の濃いメンバーの中で、セザンヌだけは静かにこう言うんです。
 「いや、人って“見る”という行為の中におるんちゃう?」


 彼の絵はドラマチックでもなく、泣かせに来るわけでもない。
ただひたすらに、「世界って、ほんまはどう見えてるんやろ?」  
という問いだけが、画面の上でじっと座ってる。

晩年、彼はサント=ヴィクトワール山を何十枚も描き続けました。
「そんなに山が好きなん?」と思うけれど、そうやない。
変わるのは山やなくて、見る自分のほうやから。


 空と山の境界はふわっとほどけ、色の面が積み重なり、風景はいつのまにか「外の景色」やなくて、「見るという行為そのもの」に変わっていく。

 セザンヌは風景を描いてるようで、実は“人間が世界を見るという不思議な現象”を描いてたんやね。

 ロック自叙伝その302

 シンジは、誰よりも変わった。 

 ある日、練習の前に俺が音楽室に入ると シンジがひとりでベースを弾いていた。それはいつもの荒っぽい音ではなく、 驚くほど丁寧で、深い音だった。 

 

 「……シンジ、練習してたのか」 

 シンジは振り向かずに言った。「当たり前だろ。俺のせいで秋祭崩れたんだからよ」 

 俺は首を振った。「誰のせいでもないよ」 

 「いや、俺のせいだ。 だから、二度とあんなミスしねぇ」シンジの背中は、 以前よりずっと大きく見えた。 

 その日から、 シンジのベースはバンドの“背骨”になった。 

 ヨウコは静かに、しかし確実に変わっていった。 

 ある日の練習中、 ミチルがテンポを少し上げすぎた。 シンジが

合わせようとした瞬間、 ヨウコがスティックを止めた。 

 「……違う。  この曲は、もっと“歩く速さ”じゃないと」 

 ミチルが驚いた顔をする。「ヨウコが止めるなんて珍しいね」 

 ヨウコは静かに言った。「外のステージは風がある。風に負けないリズムじゃないと、曲が飛ぶ」 

 その言葉に、 3人は一瞬黙った。 

 ヨウコは、 ただの“控えめなドラマー”ではなくなっていた。彼女は、 バンドの“心臓”になっていた。 夕暮れの川面に浮かぶストラトキャスター

 京阪奈国宝まつり190 2025年6月13日

 おおっと、これはどこかで見たことあるぞと思ったら、やっぱり聖衆来迎寺の六道絵。 

 奈良国博の「超国宝」展で阿鼻地獄の1幅を拝んだ時の、あの背筋がゾワッとする感じ──あれがまた帰ってきましたわ。

 今回出てるのは、餓鬼道・天道・婆塞戒経所説念仏功徳の3幅。  この寺さんの六道絵は全部で15幅もあって、鎌倉時代の絵巻の中でも「いや、ちょっと大きすぎひん?」とツッコミたくなるほどの大判サイズ。 細密さと迫力がセットで押し寄せてくるので、観てるこっちの心拍数も勝手に上がります。

餓鬼道

 飢えと渇きが支配する世界。 風を食べる餓鬼、炎を食べる餓鬼…いや、もう食生活がストイックすぎる。 「こんなん絶対お腹ふくれへんやろ!」と心の中でツッコミながらも、描写の生々しさにゾクッとさせられます。 人の業や輪廻について考えさせられる、まさに“心の揺さぶり担当”。

天道

 六道の中でいちばん良い世界……のはずが、寿命が尽きる苦しみがしれっと描かれてる。 「え、天人さんでもそんな悩みあるん?」と親近感すら湧く。 善行で生まれる世界なのに、裏にはちゃあんと課題があるという、人生の縮図みたいな深さ。

婆塞戒経所説念仏功徳

 念仏の功徳と御霊験が描かれた掛軸。 救いの道が示されていて、地獄や餓鬼道を見たあとにこれを観ると、 「はぁ〜ん、やっと心が休まるわ…」とホッとする癒し枠。 信仰の力ってすごいな、と素直に感じさせてくれます。

 全体として、六道絵は“哲学 × 感情”のミックスジュースみたいな作品。 怖いだけでも、優しいだけでもない。 人の心の奥底をそっとつまんでくるような、そんな不思議な魅力があります。

 感じたあの揺さぶり── それ、まさにこの絵巻の真骨頂ですわ。

 木の岡古墳群4(大津市)2024年7月25日 

 猛暑の中を大津市の「木の岡古墳群」へ突撃してまいりました!

今回のターゲットはメインである本塚(ほんづか)の周りをガードするように点在するトリオ、御前塚(ごぜんづか)首塚(くびづか)・新塚(しんづか)の3つの円墳です。

 移動は基本、己の足のみ。草むらの中に「ひっそり…」というか「うっかり見落としそう」なレベルで佇んでいるので探索はまさにリアル宝探しです。

 近づいてみると、それぞれ「ポコッ」と生えた小さな丘のよう。一歩踏み込むたびにバッタや虫たちが「わーっ!」と大パニックで跳ね回り、むせ返るような草の匂いが鼻を突きます。

 日陰?そんな甘いものはありません。真夏の太陽が情け容赦なくジリジリと照りつけてきます。でも、不思議とその静けさは、古代のファミリーがのんびりと眠る「お庭」にお邪魔しているような、どこかアットホームな雰囲気でした。

 最初にたどり着いたのは御前塚だす。児童公園の北側、住宅街の「えっ、こんな奥に?」という場所にひっそり姿を現します。

 草にモッサリ覆われ、しっかり柵でガードされたそのお姿。実はここ、宮内庁様から「下坂本陵墓参考地 飛地い号」という超VIPなVIP認定(治定)を受けているため、ガードが堅く立ち入り禁止。

 強烈な陽射しと草の匂いの中、柵の前で「古代の祈りのパワー、届いてくれ…!」と耳を澄ませてみた。しかし風は一向に吹かず、聞こえるのは「ミーンミーン」という蝉の大合唱のみ。時を刻むBGMとしては、ちょっと賑やかすぎるかもしれません(笑)。

 お次に向かったのは本塚の南側に潜む首塚。こちらも宮内庁認定の「飛地ろ号」ということで、やっぱり柵で厳重ガードされる。

木々のすき間からチラリと見える丸みを帯びた愛らしいフォルム。ジリジリと近づいたその瞬間、ヒュッと一瞬だけ心地よい風が吹き抜け、草がざわめきました。

 「おお…!古代の葬送の静けさが今、蘇った…(気がする)!」

素朴ながらもどこかシャキッとした厳かな空気をまとっていて、

まるで本塚のボスを健気に守るボディーガードのような佇まい。

 ラストを飾るのは、本塚の東側にある新塚。トリオの中では一番のビッグサイズで、貫禄十分です!

 こちらは「飛地ほ号」に治定されています。「新塚」という名前の通り、実は土地の造成によって「お引越し(移築)」してきたというドラマチックな経歴の持ち主。

 すぐそこまで住宅街が迫っているのに、この墳丘の周りだけ時空が歪んでいるのかと思うほど時間が止まった静けさです。草の斜面でバッタが跳ね、風が葉っぱをシャカシャカ揺らす音……太陽の光を浴びるその姿は、まるで「古代の記憶がドカアンと浮き上がってきた」ような迫力でした。

 この3つの円墳をめぐるルート、決して観光地のような華やかさはありません。ぶっちゃけ「えーっと、道合ってる?」と少し迷子になりかけるような地味~な道のりです。

 でも、だからこそ!迷いながら猛暑に耐えてたどり着いたときの感動はプライスレス。吹き出す汗とともに歩いた時間が、なんだか時空を超えて古代と現在をつなぐ架け橋に思えてくるから不思議。

 ただの「土の盛り上がり」に見えて実は本塚を愛おしそうに囲む古代ファミリーの絆。風と光と大量の汗と祈りが交差するこの場所で、遠い昔を生きた人々の「はーっ」という息遣いに思いを馳せた夏の一日でした!

リハビリエッセイ132号

 またしても人間たちが登場します。が、相変わらずお色気(官能)は完全オフモードです。『2025.5 ルノワール×セザンヌ―モダンを拓いた2人の巨匠』丸の内・大手町・八重洲(東京)の旅行記・ブログ by +mo2さん【フォートラベル】

 彼女たちの身体は、本来なら柔らかいはずなのに、なぜか巨大なブロンズ像並みに重そう。腕や脚を「動かそうとしている」ようには見えるんですが、絶対にどこにも行く気はありません。 陶板画で見ると、彼女たちの体がスタイリッシュな「線」でなく、どっしりとした「塊(量)」として配置されているのがよく分かります。Bathing woman Edgar Degas paintings drawings Vintage art | Etsyドガの浴女:「あ、背中流してる途中です〜」という動作の一瞬Las bañistas by Paul Cézanne via DailyArt mobile appセザンヌの浴女:「……(存在そのものがフリーズ中)」

 この圧倒的な静止感、もはや清々しいレベルです。

Apples and Oranges, c.1900 - Paul Cezanne - WikiArt.org

 ここで画面上のすべてがシーン…と静まり返ります。並んでいるのは、果物、皿、布。ただそれだけ。
……なんですが! よく見るとこのテーブル、絶妙に傾いてません? 皿は今にもツルウッと滑り落ちそうだし、布のシワはどう考えても重力を無視した方向にうねっています。陶板のくっきりした高画質のおかげで、この「空間のちょっとしたバグ(おかしさ)」が隠しきれていません。


リンゴたちもみんな丸いけれどどれひとつとして同じ丸じゃない。「あっちから見た丸」と「こっちから見た丸」が、同じ画面の中に同時に同居しちゃっているんです。
ここで私たちは気づきます。「あ、セザンヌって世界をたったひとつの視点に固定するのをやめたんだな」と。

 そして最後は、黙々とカードを見つめる二人の男。
二人の間に会話はありません。かといって「負けられない戦いがここにある…!」みたいなジリジリした勝負の緊張感も、不思議なほどありません。

The Blue Vase (Paul Cézanne, c.1887) – Artchive
 彼らの肘、肩、帽子、そしてテーブル。それらすべてがまるで建築現場の「空間を支える頑丈な柱や梁(パーツ)」のように配置されています。彼らは人間心理をドラマチックに演じているのではなく、画面を崩さないための「構造」としてそこに立っているのです。


 ここまで見てきたセザンヌのこころみ(重量、多視点、構築)がすべてこのシブい一枚にドカンと集約されています。

Paul Gauguin Zelfportret 1889

 さて、お隣にはゴーギャンがスタンバイしています。
ここから一気に、色は「感情や象徴」へ、形は「意味」へとダイナミックに大ジャンプを決め込むわけですがちょっと待ってください。


 そのゴーギャン師が思い切り踏み切ったジャンプ台、間違いなくセザンヌがギシギシと試行錯誤しながらも組み上げた、あの頑丈な床ですよね?

 この一角を歩き終えたあと、胸に押し寄せるのは「あぁ感動した〜!」という生ぬるい余韻ではありません。残るのは、「『見る』って、実はめちゃくちゃ頭と目を使う作業なんだな…」というズッシリとした心地よい重みです。

 大塚国際美術館の陶板名画は、セザンヌ師がキャンバスの前で「うーん、ここはどう描けば…」と迷い、ためらい、考え抜いた

思考のプロセスを、隠すことなくそのまま露わにしてくれます。

 そして、私たちは静かに悟るのです。セザンヌは「近代絵画の父」という立派な教科書の中の偉人になる前に、「この複雑な現代世界をどう捉えればいいんだ?」という近代の不安と違和感を、誰よりも最初に全身で引き受けちゃった人だったんだな、と。