百舌鳥古墳群25(大阪府堺市)2024年1月19日
2008年に墳丘部周囲の崩落補修、倒木などの撤去工事が行われ
同年11月28日に、宮内庁と堺市がそれぞれの管理区域の発掘調査を
行い、翌29日と30日には御廟山古墳環濠部に設けられた通路からの
一般公開が行われました。
発掘調査の結果、第1段テラスでは隙間なく並べられた円筒埴輪が出土し、造り出しの上面やその周辺からは多種多様な形象埴輪が出土した。なかんずく、最大級の囲形埴輪と神社建築に通じる造形
の家形埴輪が注目される。さらに、ミニチュア土器、生焼け須恵器とともに魚や笊を表した土製品も出土しており、造り出しで行われた葬送儀礼の一端を示している。築造時期は中期中葉と考えられている。
その際の測量により、従来は186mとされていた全長が200mであることが確認された。また、江戸時代前期に環濠池が農地用水の溜池として利用されていた際に、灌水需要への増大から環濠の拡張工事が行われ、墳丘部が一部削り取られていたことも判明。
なお、発掘調査結果、円筒埴輪や家形埴輪などコンテナで20箱分
出土したという。出土品は全て宮内庁保存・管轄下にあり、今まで
のところ一般公開されていない。
なぜ公開しないのか。出土品の中には何か不都合な真実が含まれ
ているのか。あらぬ勘ぐりも起こります。たぶん、書陵部の学芸員は忸怩たる思いでしょうねえ。