江戸川乱歩没後60周年記念の3作もこれが最終作です。
原作となるのは「白昼夢」と「湖畔亭事件」の2作。
「湖畔亭事件」は今回の3作の原作では唯一の本格ミステリーで、
覗き見に魅せられた主人公が殺人現場を目撃してしまい、
何人かの容疑者を見つけるが、
最後には意外な真相を知らされる、
というストーリーでした。
締切に追われて後の展開を考えずに書き始めてしまい、
休載を繰り返しながら、
なんとか完成させたという作品で、
自作に厳しい江戸川乱歩自身の評価は低いものの、
なかなか人気があったようです。

主人公は鏡とレンズを駆使して作った装置で覗き見するのが趣味で、
いかにも乱歩らしい設定です。
私が最初に読んだのは高校の時で、
今となってはそれほどでもありませんが、
当時は血痕のトリックに感心した記憶があります。
もう一つの原作「白昼夢」は、
語り手が出会った悪夢的な出来事を描いたショートショートの怪綺談です。
江戸川乱歩は、この作品が好評だったため純粋な推理小説から離れた創作が多くなったと書いていました。

とあるマンションに住む渡会は人に面と向かって対することが苦手で、
こっそりと他人の様子を窺い、
その人の普段人には見せない表情を盗み見ることが趣味となっています。
現在は階下に住む夫婦のストーカーと化していて、
潜望鏡のようなものを仕掛け、
二人の生活を監視しています。
ある日、夫の太郎が預金通帳を持ち出すのを見た渡会は彼を尾行して、
仕事を辞めて出勤するふりだけしていたことを知ります。
金に困った太郎は、夫婦の貯金や妻・華恵のクレジットカードを使いまくっていました。

やがてそのことを知った華恵は、
両親の力を借りて離婚しようとします。
しかし土下座して謝る太郎の姿に、
華恵は気を変えて二人でやり直すことにしました。
自分を励ます華恵を、太郎は唐突に枕を押しつけて殺してしまいます。
殺害現場を見た渡会はショックで気を失ってしまいました。
翌朝、気を取り戻した渡会が階下を覗き見ると、
死んだはずの華恵がコーヒーを飲んでいました。

華恵は渡会の部屋に押しかけ、
前からストーカー行為を知っていたと詰め寄って彼を外に連れ出します。
二人でボートに乗っていると、
華恵は「私を見つけて」と言い残して姿を消してしまいました。
という展開で温泉旅館を舞台にしたミステリー「湖畔亭事件」との共通点は、
主人公の覗き見だけです。
それも「湖畔亭事件」の主人公が映し出された画像に特殊な執着を持っているのに対し、
本作の渡会の覗きはストーカー行為の一部にしか見えないので印象はだいぶ違いました。

原作の覗き見装置は、そんなもの仕掛けてあったら普通は誰か気づくんじゃないのと思わせるものですが、
本作の装置は気づかれそうなだけではなく、そんなもの素人が鉄筋のマンションに取り付けられるの?と思ってしまうようなものです。
そして小説「白昼夢」との共通点はタイトルだけです。
短いながらインパクトの強い小説なので、とても残念でした。
オリジナルで作られたストーリーもメリハリに欠けていて、
特に面白いと感じさせるものではありません。
75分という短めな上映時間にもかかわらず、
会話の間が妙に長いのでテンポが悪く感じました。
しかも唐突な幽霊談も結末も中途半端な印象です。

今回も舞台挨拶付きで鑑賞しました。
ラストは観客の考察に任せたとのことですが、
残念ながら予算が足りなくて描き込めなかったんじゃないかと思わせる仕上がりになっています。
実は乱歩の小説だけではなく、実際にあって監督が裁判を傍聴したこともある殺人事件も元にしているという話もありました。
監督が描きたかったのは乱歩の世界ではなくて、その事件のほうで、
動機も理解できない理不尽な殺人事件への憤りのようなものが根底にあったのかな、
とその部分は少し理解できました。



