映画感想 昭和が舞台のヒューマン・ミステリー「盤上の向日葵」(ネタバレあり) | 隅の老人の部屋

隅の老人の部屋

映画やドラマの紹介。感想を中心に
思い出や日々の出来事を書き込んでいこうと思います。

今回は結末に言及した部分があるのでご注意ください。


予告編が「砂の器」を連想させるドラマチックなものだったので期待していました。
なかなか見ごたえのあるヒューマン・ミステリーです。

地中から白骨体が発見され、
その手には名人の手によって作られた価値ある将棋の駒が入った袋が握られていました。
死体は一時期話題を呼んだこともあるアマ棋士東明(渡辺謙)でした。
ベテラン刑事石破(佐々木蔵之介)とかってプロ棋士を目指したことのある若手刑事佐野(高杉真宙)が捜査を開始、
話題の新人棋士上条(坂口健太郎)にたどりつきます。

上条は少年時代、母を亡くし父親と二人暮らしで将棋が大好きでした。
上条は新聞配達のバイとを通じて知り合った唐沢(小日向文世)から将棋の指南を受け、
その才能を開花させていきます。
上条が家庭内暴力を受けていることを知った唐沢は、
彼を養子にしようと試みます。
しかし父親の涙にほだされた上条は、結局父親のもとに残りました。
名人の手による駒は、病に倒れた唐沢から上条が譲り受けたものでした。

やがて上条は東大に合格し東京で暮らし始めます。
バイトに明け暮れて将棋の世界からは離れとぃた上条は、
東明になかば強引に連れ込まれた将棋道場で久しぶりに将棋の楽しさを満喫しました。
東明は、一時期はプロ棋士候補として話題を呼んだ男ですが、
現在は賭け将棋で暮らす真剣師と呼ばれるヤクザ者です。
上条の実力を認めた東明は、彼を賭け将棋の裏社会へと引きずり込んでいきます。

将棋の才能に恵まれながらも、父親と東明二人の男に人生を弄ばれる上条の姿が重厚なタッチで描かれていました。
原作もテレビドラマ版も見ていません。
文庫本では上下二巻となるボリュームの原作を2時間ちょっとにまとめたので、
捜査の描写はけっこうサクサクと進んでいきます。
物足りない印象もありますが、
テンポ良くまとまられていて巧みな脚色と感じました。

渡辺謙はさすがの存在感ですし、
坂口健太郎も達者な演技です。
将棋道場でのほがらかで本当に楽しそうな上条の様子や、
将棋から離れて農家で暮らしていた彼が突然現れた東明から将棋に誘われたときに見せる戸惑いの表情が見事でした。
老真剣師役で登場する柄本明の気迫ある演技にも感心しました。

上条の父親は金をむしり取り続け、
立場がまずくなると泣いて同情を買おうとするクズですが、
それでは東明はどうかというと五十歩百歩な印象でした。
成年した上条が心から楽しそうに将棋を打つのは将棋道場の時のみで、
東明に導かれ始めてからは無表情で少しも楽しそうに見えません。

東明はプロ棋士の世界を生ぬるいと莫迦にしていますが、
人生の最後には自分が到達できなかった世界だと吐露します。
いきがっていても流れ者の東明は、どこかで野垂れ死んだら無縁仏として葬られるのがオチでしょう。
せめて望むところに葬られたいという気持ちは分からないでもないですが、
自分のわがままで他人の人生を破壊していきます。

上条が憑りつかれているのは将棋ではなくて東明だったのではないかという気がしました。
東明との約束を果たすためプロ棋士となる上条ですが、
使っていた手は自分のものではなく東明の手でした。
東明とともに駒を埋めたのは、東明を弔うためというよりも自分を葬る意味だったのではないかとも感じました。

上条には哀しい出生の秘密も明かされます。
さらに終盤で描かれる上条の将棋のルーツは本当に切ないものでした。
過去の象徴だった向日葵の幻に背を向けて前に進み始めるラストには、
破滅よりも希望を感じました。