父が亡くなる前日。
施設から水も飲めないくらいに
体力が落ちてきたとの連絡があり
父の兄弟に
いつどうなるか分からないので
会いに行ってくださいと連絡。
私達兄弟は
いざという時の葬儀は
私達、子と孫だけで見送ろうと決めてました。
葬儀屋さんへもこの日資料請求してました。

翌日。
仕事しているお昼前に
弟からの電話。
『おとうが亡くなった。
   俺、今から施設に向かう。』
私は仕事を長くお休みする事
翌々週のサーベイランスに備え
ヤレるだけの急ぎの仕事をなるべく終わらせ
早退させて頂きました。
この時はとにかく処理すべき事を終わらせる
との思いだけで
悲しみを感じる余裕は有りませんでした。

父に会えたのは夜。施設で。
エアコンの効いた寒いほどの部屋のベッドで
口を開けて寝てました。
冷たく硬く。。布団を、被ってた父。
溢れました。遅くなってごめん。。
遠くにいてごめん。。


実家へ向かう途中で兄弟と相談し
葬儀屋さんを決め、葬儀屋さんと
相談してました。
私は父を実家へ一晩でも帰してあげて
兄弟で飲みながらお通夜みたく
父と過ごしたいと願い
兄弟も了承してくれてましたが
気温が高く実家の安置する部屋の
エアコンが効かないので
遺体の状態が悪くなる心配があり
諦めました。詰め物などの死後処置をせず
父は施設で一晩過ごさせて貰いました。
弟と夜のうちに実家を片付け、語り過ごし
気が付けば外は明るくなってました。
弟が一旦帰ったあと
眠れず実家の裏へ。。。
父を見送る日の空。
家族葬の朝。
私の長男、次男夫妻も到着。
わたしはいつのまにか寝てて
次男に酒くさっ!と起こされました。
どんだけ飲んだのか。、、
覚えてません。。。

ソレから父を施設にお迎えに行き
無事、父は家へ帰る事が出来ました。
子供達、孫が集合し
実家で過ごす事が出来ました。
ほんの少しの時間でしたが
凄く凄く私は満足。
父もだったら嬉しいな。

その日の午後。
火葬。

火葬後の夕方


家族で食事会。

お酒の大好きな父に献杯し

郷土料理を頂きました〜


入店時に骨壷を、持っていたのに
気づいた店員さんが
父の席やコップも用意してくださいました。

お心遣いが、嬉しかった。

この家族で過ごす時間が
とても愛おしく
私は満たされた気持ちでした。



火葬は死後24時間経過してないと
火葬許可がおりず出来ないそうです。
遺体が傷まないように安置する方法や場所も
有りますが私達はソレを選ばず
実家からの出棺で
最短での火葬となりました。

そしてこの日は友引。

火葬が済むまで私達家族しか居なくて
貸切状態でした。

静かに穏やかに
沢山想い出語り
そして楽しく。
父を見送れた一日。

お父さんは
この見送りに満足してくれたかな。
願いを全部叶えてあげれず
親不孝もごめんね。

今まで過ごした
沢山の時間をありがとう。
クレームはワタシの夢でお受け致しますので
いつでもどうぞっ。


遺影は次男が作ってくれました。
数年前に私達家族で
施設に面会に行った時の写真です。

とても気に入ってます。

この写真。

ピース✌️がチャラくて

メガネ👓下がってるけど

レイバンのサングラス🕶️や

メガネ好きだった父。

イイ遺影。孫に作って貰えて良かったね!


父の遺影は私達が実家を最後出る時に

実家の仏間の母の遺影の隣に

並べてあげました。

背景の色もお揃いでいい感じ💕









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