平素は当社みちなかの里及びリハス石神井に格別のお引き立てをいただき、厚く御礼申し上げます。

 

この度の新型コロナウイルス感染症に罹患された方とご家族・関係者の皆様に謹んでお見舞い申し上げます。

 

当社運営のみちなかの里 練馬高野台店は新型コロナウィルス感染により2月4日より閉鎖しておりましたが、2月19日をもって全ての対象者の待期期間が終了しました。2月21日から営業再開しております。

 

(なお、事業所閉鎖翌日の保健所による現地調査以降、全店で新たな感染者は確認されていないことを念のため、申し添えさせていただきます。)

この度は皆様方には多くの支援と励まし、お力添えをいただき感謝の念に堪えません。また、対応、調整のための多大なる労力をおかけし、多くのお時間を頂戴しました。お手数及びご心配をおかけしたこと誠に痛み入ります。

 

また、今回、私を筆頭に当社職員の行ったご報告や対応スピードの不足、あるいは手違いやミスなど多々ご迷惑をおかけしたことが多々あったかと思います。もし、ございましたら、全ての管理責任及び経営責任は社長である私ただ一人にあります。この場を借りて心よりお詫びいたします。また、お気づきの点がございましたらすぐに真摯に対応させていただきますので、どのようなことでも結構です。ご意見を頂戴できれば幸いです。

 

担当職員は皆様からいただいたお力添えと励ましに支えられ、非常に心強く、皆さまの温かさに心が震えたと申しておりました。この場を借りまして、職員を代表し、心より御礼申し上げます。ありがとうございます。

 

 今後も感染防止対策をさらに改善、強化し、本件の対応及び今後の感染防止に職員一同全力で取り組んで参ります。今後とも引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

追伸

 

再開初日のスタッフの元気な写真をお届けします。全員皆さまの温かいご支援と言葉に支えられ、元気いっぱい職場に戻ってまいりました。再開前日の清掃、消毒等の作業の様子の写真と一緒にお届けします。

 

 

※なお、これまでのブログも含めて、マスクをしていないというご指摘をいただきました皆様ありがとうございます。

スタッフ又は利用者様の生き生きとした表情をお届けし、少しでもお店の雰囲気を感じていただきたいという想いから、

当社では写真撮影時のみマスクを外しております。

撮影時以外は、マスク着用及び感染予防対策を徹底しております。説明不足で申し訳ございません。

今後はブログに掲載する際の但し書きの記載を徹底させていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当社のデイサービスでこの2月にコロナ感染者が出た。もちろん、感染対策は徹底している。しかし、それは起こってしまった。

 

ある公的機関の情報によるとデイサービスの3割程度が既に感染者を出しているという。分かっているものだけでもそうだから、検査、発覚していないだけでほとんどの事業所で感染者は出ていると考えたほうがいいだろう。実際に当社の感染者は自覚症状や症状がない人がほとんどだった。

 

だから、感染者が実際にいてもその人が検査を受けなければそのまま気が付かない場合がほとんどだと言えるだろう。

 

だから、もう感染はどの事業所でも起こることを前提に対策を立てたほうが良い段階にあると考えたほうがよいと思う。

 

さて、一人目の感染者が出たという報告があった際に当社ではすぐに保健所に報告を入れた。

 

保健所では濃厚接触には当たらないという見解を出し、様子を見てくれということだったのだが、その翌日2人目、3人目が出た。当社では事業所閉鎖をしたほうが良いと判断し、保健所に何度も働きかけ、濃厚接触に当たるという判断をもらって2日目に事業所閉鎖という判断に至った。

 

なぜ濃厚接触という保健所の判断にこだわったかというと、自己判断で閉鎖してしまうと、保健所に入ってもらい感染経路の調査やPCR検査による対象者の範囲を特定したり、安全な再開時期など全て自己判断になってしまうため、素人判断によるミスを恐れたからだ。

 

そのため、保健所主導で調査、検査、待期期間などを指定してもらい、事業所閉鎖、安全な再開時期などの指示をもらうことができた。

もちろん、取引先などから様々な批判もいただいた。一人目が出た時点ですぐに閉鎖すべきではなかったかという批判が多かった。

 

実際に他社のデイサービスの中には一人目が出た時点ですぐに閉鎖し、数日様子を見てまた再開するというケースも半分ほどあるようだ。しかし、当社は上記の理由でそうしなかった。実際、保健所は濃厚接触者と認定した人は陽性者、陰性者問わずきっちり2週間待機する指示だった。

 

例えば、3日閉めて様子を見て陽性者が増えないから再開するという対応では、潜伏期間後に発症する場合のリスクに対応できないことになる。つまり、自主閉鎖は素人である介護事業者がその判断をせざるを得ない点にリスクがあると今は思う。

 

もっとも、私は私の対応がベストだと思っているわけではない。というか、ベストな正解を常に選択する。そんなものは日本国政府でも無理だろう。様々な意見があるのだ。

 

そこで私は常に正解はないということを前提に以下の方針を今回立てた。

 

1、すぐに正確な情報を社外及び社内に公開し、ガラス張りにして、情報を隠蔽しない。

2,間違っていたらすぐに撤回し、謝罪する

3,自宅待機中の職員の給与は100%保証する

4,起こったことのすべての責任は社長ただ一人にある

 

という方針をすぐに出した。

 

それらは全て職員が全員持っている経営方針手帳に記載されている内容だが改めてそれを再確認したのだ。

完全な正解などない。そうであれば、自分が間違うことを前提に正直にやるということを基本方針にしたわけだ。

 

例えば、一人目の感染者が出た場合、それを誰にどこまで公表するか迷ってしまう経営者は多いと思う。役所が指示してくれるわけではない。公表したら風評被害にならないか、利用控えが起こって売上が激減しないか、なぜすぐに閉鎖しないのかと批判されないか、など様々なリスクが頭をよぎるだろう。怖いと思う。私も当事者だったのでその気持ちはよくわかる。

 

しかし、そんなことをウダウダと考えたり、情報収集してから公表しよう、間違った情報を公表したらよくないのでまずは調査しよう、報告の仕方をどのようにするか考えよう等とやっているうちに感染拡大して、公表したとする。

 

すると、なぜ公表しなかったのか、情報を隠蔽したのか、公表が遅れた理由は何かと批判される。感染そのものとは関係ない企業の姿勢を批判されてしまう。

 

実際に炎上する記者会見や不祥事の共通点は結局のところ、情報開示が遅い、しかもごまかしがあるという場合がほとんどだ。

そこに、嘘がある。ずるいと思われる要素があるからこそ批判を浴びるのだ。

 

もちろん、意思決定をしたり、情報を公開したりしても批判する人はいる。

だから、公表してもしなくても、どうせ批判されるなら、公表をせずにばれない場合がほとんどなのなら、その誘惑に乗りたい気持ちも分かる。

しかし、仮にばれなくても、そのような企業のトップの姿勢は社員が見ている。感染者の家族や担当ケアマネジャーは見ている。そして、信用を失ってしまうのだ。

 

もちろん、事業所が閉鎖になれば売上は失う。しかし、信用は残る。だが、信用を失ってしまったら、お金で信用は買い戻せないのだ。

当社の理念及び基本方針に次のものがある。

 

ミッション→「社員第一主義」 

〇価値観→ 「潔くあろう」 

〇危機対応方針→ 隠さない、正直に全て情報を公開する

 

それに沿って、今回のコロナにおける方針を社内に発信した。

このような基本理念や基本方針を事前に確立し、社内に周知(毎週の勉強会等)していたからこそ、混乱はあったものの、すぐに方針を示すことができたのだ。

 

危機のときにどのように対応するかというのは実は枝葉のことであり、場当たり的に対応すべきものではない。重要なのは理念に基づく基本方針を事前に用意して、職員と共有できているかである。

 

それがあれば、経営者も職員も自動運転車のように自動的に基本理念に沿って対応することができる。

それがないと、どうしてもどちらのほうがより得か、損しないためにはどうしたらよいか、メリットが高いほうがどうかなどの損得計算で場当たり的に判断してしまう。

 

もちろん、今回失敗もしたし、批判もいただいた。例えば職員からは情報開示の一部が不十分だという理由で不安を与えてしまったり、取引先からはすぐに事業所閉鎖すべきだという人もいたし、毎日情報公開のFAXをしたことが情報公開の頻度が多すぎるし、ピンともずれているという批判もいただいた。

 

だが、それは仕方ないことでもある。すべての人にとって満足のいく対応は難しい。批判は謙虚に受け止めて次に活かすしかない。

コロナによる事業所閉鎖は怖い。大変だ。しんどいことも多い。職員にも不安がつのる。だが、良いこともある。

 

正直に真摯に対応していれば、ほとんどのお客さん、取引先が本当に温かい言葉をくれるのだ。泣いてしまう職員も多数いたようだ。

 

また、結果的に職員の結束が固まる。会社との信頼関係がより強固になる。理念でうたっていたことがただのお題目ではなく、実際に口だけではなく、本当に理念を実践するということが分かってもらえるからだ。

 

 

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【他人とちがった人間になれ】4514



渡辺和子氏の心に響く言葉より…


ユダヤの古いことわざに、


他人にすぐれようと思うな

他人とちがった人間になれ


というのがあると聞きました。

このような単純な言葉に、言いようのない新鮮さを覚え、日常生活を営んでいく上で励ましを受けるのは、世の中がそれだけ画一化し、人間の価値が比較の中にのみ見出されているからでしょうか。

たしかに比較という要素は、生活する上でなくてはならないものです。

それがあるからこそ、自分が置かれた位置を知ることもでき、また競争心も湧いて、自分の能力の限界に挑むこともできようというものです。


しかしながら、この比較も、人間一人ひとりは決して同じであり得ないという一つの「悟り」にも似たものなしに、ひたすら表面的な優劣に主眼を置くならば、それは、人間個々の可能性を伸ばすという教育の目的から遠く離れてしまいます。


《教育の目的は、一人ひとりが自己の可能性を実現すること。人それぞれちがう存在ということを忘れてはならない》


『どんな時でも人は笑顔になれる』PHP研究所
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金子みすゞさんの『私と小鳥と鈴と』という詩がある。


私が両手をひろげても、

お空はちっとも飛べないが、

飛べる小鳥は私のように、

地面を速く走れない。

私がからだをゆすっても、

きれいな音は出ないけど、

あの鳴る鈴は私のように、

たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、

みんなちがって、みんないい。


我々は、どうしても他の誰かと自分を比較し、一喜一憂してしまう。

「同期なのに、あいつのが先に役職が上になった」「あいつのが幸せそうだ」「あいつのが金持ちだ」…。


特に、SNSが出現してからは、他人の投稿を見て、コンプレックスや敗北感を感じたりしやすくなった。

その元にあるのは、「上か下か」とか「優秀かそうでないか」という優劣の感情だ。

優劣という価値観は人によって違う相対的なものだ。

絶対的な価値観などは存在しない。


だからこそ、「みんなちがって、みんないい」のだ。

他人よりすぐれようと思うのではなく、他人とちがった人間になりたい。






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今日のタイトルは特養より特養なデイサービスである。

 

何が特養より特養なデイサービスなのか。それは当社のデイサービスがである。

 

どういうことか。
 

それは、当社は特養でも受け入れ困難ケースの利用者を断らないデイだからである(もちろん全員が困難ケースという意味ではない)。

 

少し具体的に説明したい。

 

一般的に特養というのは介護の最後の砦である。

 

だから、最も介護度が高くなった利用者が終の棲家として選ぶ場所だと言われている。実際に現在のルールでは介護度3以上が特養ということになっている。

 

だが、それだけ利用者の範囲を重度に絞っても、現在特養は順番待ちでなかなか入れない。特養の数が少ないうえに、重労働である特養で働く働き手が慢性的に不足しているため、簡単に入れないのだ。

 

そのため、先着でやったり、困難ケースを優先的に受け入れてしまうと、現場がまわらなくなってしまう。

 

だから、本当にこれはやむを得ない措置だとは思うのだが、特養側はやむを得ず今の体制でも受け入れ可能な方を選別せざるを得なくなる。必然、困難ケースは後回しになってしまい、行列が減らない以上、順番はずっとまわってこない。

 

だが、本当に介護負担に悩み、介護離職におびえているのは、困難ケースや重度の親の介護に携わっている家族である。本当に助けを必要としている人が後回しになる事態を何とかしたい。

 

当社の経営理念はここから始まったからだ。

 

そこで、このような現状を打開すべく、当社ではノーと言わない介護、名付けて特養より特養なデイサービスを標ぼうしている。

 

このようなことが可能なのも現場のスタッフが本当に頑張ってくれているおかげである。

 

それに尽きる。

 

現場のスタッフには改めてこの場を借りて、御礼申し上げたい。

 

 

 

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高級時計を自慢したり、稼いでいることを公言し、「ポジティブ思考が大事だ。言い訳をせずに行動すれば自分みたいに成功できる」

というような自己啓発的なことを発言する社長にたまに会う。

 

私はどっちかというと、ビルゲイツがいまだにエコノミーに乗っているのはむしろクールだと思うし、ビルゲイツより稼いでないのに、稼いでいるとイキっている社長はダサいと思ってしまう。

 

そして、慣れてないと、一見、熱い人との見分けが難しい。

 

まあ、そういうの、要は自慢なのだと思うが、私は自分が外車に乗ることを自慢するより社員の自慢をしたいほうだ。

 

 

例えば、

 

自社の営業マンの中に10年連続で1000万円超えのプレーヤーがいるとか(短期間なら歩合制のエグい会社にもいるだろうが、会社のことが好きで継続してもらわないと意味がない)

 

引きこもりだった社員が当社に入社し、今はリーダとして活躍してくれているとか、

 

パートさんの3割が活躍して社員になってくれるとか、

 

仕事が理由で家族行事を休んだ社員は一人もいないとか、

 

女性スタッフの3割がシングルマザーで、シングルマザーでも働きやすい環境だと聞いたから当社に入社したと言ってくれるとか

 

女性スタッフが経済的にも精神的にも自立してしまい、DV夫と離婚する人がけっこういるとか(DVに限らず当社ではなぜか入社後離婚する女性が多い。シングルマザーの駆け込み寺の看板をかけているわけではないのだが)

 

退職した社員が大勢忘年会に参加してくれるとか

 

赤ちゃんを抱っこしたお母さんが面接に来るとか(子持ちの女性は就職しにくいし、非正規労働という立場に置かれやすい)

(昨日も4歳の子供を抱える20歳のシングルマザーが同じ日に偶然2人正社員になりたいと面接に来られた。そして二人とも内定を出した)

 

これらはすべて実話だが、自分の外車より、社員の幸福を自慢したいタイプだ。

 

それに自己啓発はあくまで自分に矢印を向けるべきものであって、言い訳して行動しない誰かを非難したりするものでもない。と私は思う。

 

まあ、もちろん、自己啓発を飯のタネにしてたり、それをうりにしている人にとってはその人のことを「すごい。この人みたいになりたい」と思ってもらわなければいけない事情は分かるのだが。

 

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私が会社の理念を作ったのは今からおよそ12年前である。

 

私は当初理念は作らなかった。なぜなら、創業当初は食うのに精いっぱいだったからである。また、食えるようになっても「理念で飯が食えるか」というのが正直な感想だった。

 

しかし、今思うのは事業がうまくいくのもダメになるのも社員しだいだということである。もちろん、社員というのは全てのスタッフである。正規非正規等を含めた全ての会社で働く人である。(もちろん、経営が社長次第であるのは大前提の上で)

 

そして、社員がこの会社でこの事業を頑張ろう。この会社をもっと良い会社にしようと思えるかどうかは、その会社が社員の幸福を本気で目指しているか、そのためにどこを目指しているか、どんな考え方を大事にしているか、つまり理念にどれだけ本気で共感してもらえるかにかかっているのだ。

 

そして、本気で理念に共感してもらおうと思ったら、こちらも本気で理念を実現しようと思って行動するしかないのである。本気で社員の幸福を実現しようと思って頑張っている経営者に協力しない社員がいるだろうか。

 

私は以前思わず、社員にこう言ったことがある。「あなたたちの幸福を本気で追及したい。だから協力してほしい」みんな真剣に聞いてくれた。そういうものなのである。

 

そして、理念を作ったら、それを勉強会や会社説明会や経営計画発表会や経営方針説明会などの機会を設けては繰り返し、繰り返しそれはもう何度も話をした。

 

私にそんな熱い想いはないという人もいるかもしれない。しかし、心配はいらない。かくいう私が熱い想いなどなかったからだ。

感情がない、何を考えているか分からない。などと散々言われてきたからだ。

 

もっと言うと、今でもどちらかというと冷静で客観的であっさりしていて感情が表に出ないタイプだと家族からも長年いる社員からも言われている。私はもともと血圧が低く、体温も低い。だからもともと熱いタイプではないのだ。むしろ、必要以上に暑苦しい人は苦手だったりする(笑)

 

だが、理念を作ることで生きがいができた。こういう会社を、社会ができたら素晴らしいと思えた。それを一緒に仲間と作っていけることは素晴らしいことだと思えた。今ではよく知らない人は熱い社長だと言ってくれる人が多くなった。

 

しかし、

 

 

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ちなみにうちは浄土真宗ですニコニコ




10年くらい前、まだ社内整備などがしっかりできていなかった頃、社外の労働組合団体(以下ユニオン)に乗り込まれたことがある。

 

大変な言いがかりだったので毅然として追い返したが、もつれにもつれ団体交渉、労働裁判となった。(ちなみに日本ではなぜか社員ではない外部の労働組合が組合活動をできてしまうのだ)

 

結局、労働裁判でなぜか裁判官が労働者側を叱責してくれて解決を見た。

 

弁護士に「労働裁判では基本的に裁判官は労働者側に立つのでこんなこと珍しいですよ。私も弁護士人生長いですが、こんなこと初めてです」と言われた。

 

裁判官にも良識ある人がいるのだなと不思議な感動を覚えたのを記憶している。

 

さて、何でそんな話をしたかというと、団体交渉のある日、私が「顧客であるケアマネに~」という話をした時、ユニオンの代表が「ほう。ケアマネが顧客ですか。面白い説だ。顧客は利用者でしょう。何を言ってるんですか?」というやり取りがあったのを思い出したのだ。

 

「なるほど。はて、何を言っておるのでしょうな、私は。」とか相手を煙に巻きながら、「ドラッカーも知らないこのアホが」と心の中で罵倒したのを覚えている(笑)

 

 

さて、本題である。確かに、介護と言えば顧客は要介護の利用者。それが普通である。

 

しかし、ドラッカーが言っているように顧客を定義するというのはそんな簡単なことではないのだ。もちろん、顧客を利用者と定義しても構わない。(ちなみに、私はさほどドラッカーの信奉者というわけでもないです。話が長いし。回りくどいし。で、眠くなるし。飲み会でドラッカーが隣にいたら「あ、僕トイレ~」とか言って絶対席移っちゃうし。。とか言ったら偉い人に怒られるか)

 

だが、事業戦略とは他社との違いを作ることである。何も考えずにみんなと一緒の顧客を定義してしまったら最後、その他大勢の会社に飲み込まれてしまうのだ。

 

だから、もちろん私たち経営者が顧客を定義する場合も差別化しなければならない。

 

例えば、デイサービスを例にとっても、利用者、ケアマネ、利用者家族とすぐに挙げられるだけでも三者がいる。

 

購買受益者である利用者、購買行為者であるケアマネと家族、そして購買決定者である家族である。

 

そんなの全員を顧客にすればいい。三者とも大事にすればいいと思うだろうか?

 

しかし、そうしてしまうと例えば家族はデイサービスに行って欲しいのに本人は行きたくないという場面のときに、たちまち右往左往してしまうのだ。顧客が定義されていないので、会社の方針が決められないからだ。

 

そうなると、現場は混乱し、会社に愛想をつかし、顧客からもそっぽを向かれる。

 

だから、顧客を定義しなければいけない。

 

そして、顧客を決めたら顧客以外の人には嫌われてもいいと思わなければならない。顧客を定義し、顧客を絞ってその顧客を大事にするということは、裏を返せば顧客以外の人には嫌われろということなのである。

 

例えば、「私たちの会社は女性支援企業です」と言う会社があるとする。この会社は男性の顧客には嫌われてもいいと思わなければならない。

 

あるいは私たちの企業は「働く女性をサポートする企業」という会社があったとする。この会社は専業主婦世帯の人には嫌われる覚悟がなければならない。

 

顧客を大事にするとは、それ以外の人には嫌われるリスクをとってでも顧客を優先するということなのだ。

 

さて、ではどうすれば顧客を定義する上で差別化できるだろうか。

例えば

 

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