おかえり、私!〜HSP のHSPによる HSPのためのブログ〜

おかえり、私!〜HSP のHSPによる HSPのためのブログ〜

人にばかり優しくしていたら、自分が誰なのかわからなくなってしまった…。
人生のあちこちで 迷子になったままの本当の自分を迎えに行く。そんなブログです。

 

HSPとは?

 
HSPは 生まれつき敏感で、周りからの刺激を過度に受けやすい人のことでDOESという4つの特性をもつ。

 

1996年にアメリカのアーロン博士が発表するまで、世の中で認知すらされていなかった。

 

HSPの4つの特性 DOES
 
D:Depth of Processing
  考え方が複雑、深く処理をする
 
O:Overstimulation
  過剰に刺激を受けやすい、敏感で疲れやすい
 
E:Emotional response and empathy
  全体的に感情の反応が強く、共感力が強い
 
S:Sensitivity to Subtleties
 些細な刺激を察知する、あらゆる感覚がするどい
 
 

月に一度の恒例行事

 
 
月に一度の週末
隣の県に1人で住む
母の家一泊する
 
 
車を駐めるスペースがないので
 
 
行きは電車
帰りは夫にで迎えに来てもらう
 
 
普段 母が1人で行けない
遠くのスーパー
ホームセンターを回ってから
 
 
夫と二人 自宅に戻る
 
 
私が結婚して
母が1人になってから続く恒例行事
 
 
息子が生まれてからは2人
息子が独り立ちした今は私1人で。
 
 
私が母の家にいる間は
 

 

チューリップ黄銀行アプリの操作
 
チューリップ赤月一回のネットスーパーの注文 
 
チューリップ紫エアコンと空気清浄機
 換気扇のフィルター掃除の手伝い
 
チューリップオレンジ一品だけだけど作り置きのおかずを作る

 

 
他にも細々と頼まれるので
私にとっては過密スケジュールだあせる
 
先日も
 
マンションのエレベーター
10日間使えなくなるというので
 
不安がる母を安心させるための
ミッションをクリアしたばかりだ

 

 
 
 

面倒くさい

 
 
 
 
私が使った寝具も片付けて帰る
 
 
三つ折りのマットレスを畳んで
カバーに入れて部屋を移動する
 
 
そのカバーを入れている時だ
 
 
私のペースで入れていたので
大変そうに見えたのか
 
 
母は「面倒くさいね」と言った
 
 
母は私の気持ちを考えて 
言ってくれたんだと思う
 
 
「そうだねー」でいいのに
 
 
私は その「面倒くさいね」
というセリフにイラッとした
 

 

(はぁムカムカ?)
 
 
そんなこと
   言ったところで何になる!?
 
 
(じゃあさ、どうして 
   こうなると わかってて
   その面倒なモノを買ったの!?

 

…と、頭の中で思った 
 
 
今回は 口には出さずに済んだ
 
 
でも、考えた
 
 
どうして私は
こんな些細なことで頭に来るのか?
 
 
私は何の不満も口にしてないのに💢
 
 
 
私ほど 

面倒なことも
柔軟に受け入れて

 
前向き変換してる人は
周りに居ないのに💢

 

 

立派な長女

 
 
そう、
 
私は「面倒くさい」を封印していた
 
 
これらは 
面倒なことではなく
 
 
母のためになる善いことだと
意味のあることなんだと。
 
 
 
母にとっての
長男である弟は20歳の時
交通事故で亡くなった
 
 
次男の弟は結婚して
少し離れた場所に住んでいる
 
 
が一番世話を焼ける環境にいる
 
 
毎月のこのルーティンにも 慣れた
それが 私の普通になった
 
 
でも
家を空けるのにも準備が要る
 
 
週明けの私の仕事の支度や
留守中の夫の食事やお風呂の心配もする
 
 
「面倒くさい」と思う
私の正直な声を無視し続けて
 
 
「立派な長女」
見事に演じていたはずだった
 
 
それなのに
母のたった一言が 
 
 
押し込めていた
「面倒くさい」を刺激した
 
 
それくらいで 爆発するほど
 
 
私の「面倒くさい」
外に出ることを許されず
心の中に充満していた
 
 
 
⭐️HSPと省エネモード
 
 
そもそもHSP
物事をシンプル受け取れない
 
 
一つ一つについて
それにまつわる
過去未来まで見る癖がある
 
 
それだけで
すっごく疲れるんだから
 
 
もう、面倒だって思ってもいい
 
 
省エネを心掛けているくらいで
丁度いいのだ二重丸
 
 
 

面倒くさいからこそ…

 
 
「面倒くさがり」
 
 
でも、そんな私だからこそ 
面倒を回避するための能力は高い
 
 
面倒だから何もしないのではない


この先に見えている 
面倒なことを避けるために
全力を尽くしてきた


前述した
エレベーターの件も


工事のスケジュール
カレンダーに書き出して


日持ちする食材を使った
献立を提案したり


事前に食材を多めに買って
冷凍保存したり


どうしても 足りないものは
私が買物をして母の家まで届けた


生ゴミは 
量が少ないとのことで
一時的に袋に入れて
冷蔵庫の片隅に置くことを勧めた



「どうしよう…」と 
深刻な顔をしている母を見て


投薬を続けている
統合失調症に影響したり


不安
血圧が上がるのを防ぎたかった


膝が悪いのに 無理して
階段を使ってゴミ出しに行き


その結果 


救急隊の方に 階段
運んでもらう未来を避けたかった



「面倒くさがり」


それは良くないことで
直すべき短所だと思っていた
 
 
でも、本当


私を形作る大切な要素だった
 
 
私はの中から一つ
自分の欠片を取り戻せたようだ
 
 
 
 

HSPとは?

 
HSPは 生まれつき敏感で、周りからの刺激を過度に受けやすい人のことでDOESという4つの特性をもつ。

 

1996年にアメリカのアーロン博士が発表するまで、世の中で認知すらされていなかった。

 

HSPの4つの特性 DOES
 
D:Depth of Processing
  考え方が複雑、深く処理をする
 
O:Overstimulation
  過剰に刺激を受けやすい、敏感で疲れやすい
 
E:Emotional response and empathy
  全体的に感情の反応が強く、共感力が強い
 
S:Sensitivity to Subtleties
 些細な刺激を察知する、あらゆる感覚がするどい
 

満開の桜の下で

 
先日、近くに住む義実家
荷物の受け渡しをする用事があった
 
 
夫は、両親や弟に
 
 
満開の桜を見せたい」
と思ったのだろう
 
 
桜が咲く場所で待ち合わせをした
 
 
 
たくさんの人が
桜を楽しんでいる中で
 
 
気付くと 義母は
 
 
近くで桜を見ていた
車椅子のご婦人と
そのご家族に話しかけていた
 
 
たった数分
短い会話だったのに
 
 
「施設に慰問で歌いに行っている」
と 話しているのが聞こえた
 
 
私は その話の展開に
引っ掛かるものがあった。
 
 
 

違和感に対する 私の仮説

 
あんな短い時間で
 
初めての人に
 
自分のこと、そこまで話せる?

 

HSPの性質なのか?

 
 
一度 気になると
解決するまで思考が止まらない
 
 
すると
 
 
ある"仮説"が立った
 
 
もしかしたら 義母は 
「慰問をしている自分」の話がしたくて 
 
 
無意識のうちに
 
 
車椅子の人たちを選んで
話し掛けたのではないか?
 
 
 
 

義母の思惑

 
私も人に話しかけるのは好きだ
 
 
相手の方に興味を持って
「何故 そうするのか…」など
 
 
相手の話中心に展開する
 
 
だから 義母が
 
 
和やかな
プライベートな花見のシーンで
 
 
自分の価値を伝えるための会話”
 
 
をしていたことに
強い違和感があったのだ
 
 
義母は自分がしている
 
 
“社会的に良いこと”
会話の中で自然に出したかった?
 
 
心温まる交流だと思っていたのに
相手の選び方意図を感じて
 
 
私は 衝撃を受けた
 
 
 
でも、今回
私には別の気付きがあった
 
 
 

引き寄せの法則

 
引き寄せの法則というものを
みなさんはご存じだろうか?
 

 

人は 自分が信じている
前提に沿った現実を体験する

 

というものだ
 
 
そういう視点で見てみると
 
 
義母は たぶん
 

 

「私は人の役に立つ人」
 
「私は必要とされる人」

 

 
という前提強く持っている
 
 
だから 義母の現実もそれに沿って
 

 

・慰問の機会が来る
 
・役割が与えられる
 
・人と関わる場が増える

 

“現実が前提に合わせにくる"
 
 
これこそ
引き寄せの仕組みそのものだ
 
 
義母は
 
 
その"前提"に合う現実
自分で作りにいっていたびっくり
 
 
 
 

引き寄せの達人

 
つい 先日も
 
 
「私にはね 不思議だけど
   野菜をくれる人が次々に現れるのよ」
 
 
と言っていた
 
 
私は 前から気付いていた
 
 
今の人は
私が認識してから3代目
 
 
義母から 
その名前を聞かなくなると
 
 
新たな人が 自分で作った
野菜にんじんを持ってくるようになる
 
 
この"引き寄せ"にも
 
 
義母の何かしらの
 
 
"前提"がありそうだと思っている
 
 
"私は野菜に困らない"…とか笑
 
 
 

"前提"で生きている義母

 
私はこれまで
 
 
控えめであること」
 
 
に、美徳を感じて生きてきた
 
 
でも 義母は違う
 

 

・自分から関わりにいく
 
・自分の役割を言葉にする
 
・それを受け取ってくれる人を見つける

 

そういう
ガツガツした感じを良しとしないのは
私の今後の課題なのだが…あせる
 
 
義実家で 30年間続いている、
 
 
"うたた寝には毛布"騒動も
 
 
前提を生きている
 
 
ということなら完全に腑に落ちる
 
 
義母には
"優しい人"という前提もある
 
 
でも
うたた寝してる家族を見ても
 
 
自分そっと
毛布を掛けたりはしないで
 
 
(掛けてあげないなんて)
「かわいそうに…」と言うのだ
 
 
私は毎回 これを聞くと
自分が責められているようでだったが
 
 
これにも
 
 
"私は優しい"という
義母の"前提"を 
周りの人に示す意味があったのだ
 
 
このように
一見すると違和感のある行動も
 
 
「私はこういう人です」という前提を
現実に定着させる動きだとしたら
 
 
とても一貫しているのだ
 
 
 

前提が人生を作っている

 
そして
 
 
その前提
 
 
良いことであっても
悪いことでもあっても
 
 
たとえ
勘違いであっても構わないらしい
 

 

その前提
 
どれだけ自分の真実になっているか 

 

それこそ重要なのだ
 
 
一方で、はどうだったか?
 

 

「私は 誰にも理解されない
 
「私は 社会に受け入れられない
 
「私は 尊重されない

 

 

これまでの無意識前提
 
 
今の現実
引き寄せていたのだとしたら?
 
 
前提を変えることで
これからの人生が良くなるとしたら?
 
 
 

"晴れ女"デビュー

 
私は最近
 
 
"晴れ女"という前提で生きている
 
 
最初は 偶然だったけど
 

 

あ、止んでる
 
まただ…
 
最近、続いてる?
 
ほら、やっぱり!

 

 
小さな証拠が積み重なった
 
 
「これは さすがに避けられないだろう」
 
 
と思うような
大きな雨雲だったとしても
 
 
私が出かける時間だけ
雨が弱まったり 止んだりする
 
 
だから、今では 
 
 
テレビで騒いでいても
降水確率をあまり気にしなくなった
 
 
それくらい
自分の中で
信じられることになってきた
 
 
 

目指せ!引き寄せマスター

 
今回の出来事で思ったのは
 
 
引き寄せのコツ
 

 

前提を疑わない
 
行動して現実に触れにいく
 
・それを裏付ける体験を集める

 

 
この流れが自然にできている
 
 
ということだ
 
 
 

満開の桜の下で

 
私が感じた違和感
 
 
"どんな自分で在るか"という
前提の大切さを教えてくれた
 
 
さあ、これから
私は どんな人生を作っていこう?
 
 
 
 
 

HSPとは?

 
HSPは 生まれつき敏感で、周りからの刺激を過度に受けやすい人のことでDOESという4つの特性をもつ。

 

1996年にアメリカのアーロン博士が発表するまで、世の中で認知すらされていなかった。

 

HSPの4つの特性 DOES
 
D:Depth of Processing
  考え方が複雑、深く処理をする
 
O:Overstimulation
  過剰に刺激を受けやすい、敏感で疲れやすい
 
E:Emotional response and empathy
  全体的に感情の反応が強く、共感力が強い
 
S:Sensitivity to Subtleties
 些細な刺激を察知する、あらゆる感覚がするどい

 

 
 
 

信念の作られ方

 

フルート選抜試験

 
小学4年生の時のこと
吹奏楽クラブに入った。
 

私はフルートに憧れた。
新人枠は1つ、希望者は2人
 
 
選抜試験を前に
練習に励んでいた。
 

一緒に練習していて思った。
「絶対に私が合格する」と。
 

ところが 選抜試験は
直前で中止になった。
 

もう一人の子に決まったからだ。
 

その子の
その子にフルートを買い与えたらしい。
 

母子家庭だった私には
ショックな出来事だった。

 
 

大学進学

 
家族が寝静まった後、1人
市営住宅
冷たい台所の床で予習復習に励み
 

高校の定期テストでは
成績上位ランキングに
名を連ねたこともあった。
 

多くの同級生が
当たり前のように
大学に進むことを選んだが
 

家庭の事情も考えて 私は進学を断念した。
 
 
 

出来上がった信念

 
これらの経験から 私は
不平等憎むようになった。
 

と、同時に
 

「私は優秀なのに!」という思いから
人より出来る存在であり続けようとした。
 
 
大学に行って
有名な企業に就職した
同級生たちが輝いて見えた。


「本当は優秀なんだ」と思うことで
惨めな自分を支えていた。
 
 
心の中にずっと
を抱えて生きてきた。
 

今でも 様々なことで
心がざわつく時
 

突き詰めて考えると
私が最終的に行き着く思いは 

 

「本当は優秀なのに!」
 
不平等は許せない!」

 

この2つであることが多かった。
 
 
 

何でも出来る私

 

器用な私

 
小学校の卒業制作は
木彫りの箱のオルゴールだった。
 
上矢印イメージ画像です。
 
図工の授業で
一度習っただけだったが
 

デザインも個々の自由で
凹凸の付け方など
先生にアドバイスも貰わずに
中々の力作を掘った。
 

大事に取っていたのだが

最後に塗ったニスに
埃が付着してしまい
いつのタイミングだったか捨ててしまった。
 

だから 証拠はないけど 
 

彫刻家の方が出版した本に
載っていた同じ題材を見て
 

私のオルゴールは
それに匹敵する
レベルの出来だったと思った。


 

賢い私

 
これまでに2回 電車内で
軽めの痴漢にあった。
 

2回とも
初対面の相手の性質見極め
冷静に対処出来た。
 
 

特に、最初の時は
電車に乗り慣れてもいない
男の人と付き合ったこともない
 

当時 高校生だった私に
そんなことが出来た。
 
 

こういう器用さ賢さ
全部
私の才能だと思っていた。
 

 
「だから 私はすごいのだ!」と
 
 
「そんなことも出来ないくせに」と
 

恵まれた境遇の人に、
幸せそうな人に 心の中で思っていた。
 
 
 

見えない力の介入

 
でも、もし
 
それが 私の才能ではないとしたら?
 

その時 その時で
 

「どこか」から 直感として
私に降ろされてきたものだとしたら?
 
 
私が

 

「思い出に残る作品を作りたい」
 
「ピンチを切り抜けたい

 

そう願った時に
 

彫刻の仕方や 
相手の性質などの「情報」が 
 

その都度
降ろされて来ているのだとしたら?
 

私は ただ
それを受け取るセンサーが
人より発達しているだけなのだとしたら?
 

その受け取るセンサーが
HSPの特性なのだとしたら?
 

そう考えたら
 

私が興味を持ったものは
何でも
器用にこなせるのがわかる。
 

必要な時に
降ろされてくるものなら
 

器用さや賢さは
私の才能ではない。
 

私に才能があるとしたら
それらを受け取れること。
 

受け取る力以外
何の力も持たない私に
 
「彫刻家スキル」
 
「相手別痴漢撃退マニュアル」

 

その時に必要な情報が降ろされる。
 
 
 
それが才能であろうと
直感として降ろされたものであろうと
 

それが私を助けてくれるなら
 

私はもう
「優秀な私」で在る必要もない。
 

誰と争う意味もない。
 
 
 

見えない力との共同作業

 

ある日の出来事

 

 

「切手を売りたい」と
母が言うので
 

母の通院に
付き添う時に使う駅の近くで

出来るだけ
良い結果を出してあげられるように
買い取ってくれるお店を探した。
 

母を不安にさせないように
駅から店までの経路も頭に入れた。
 

その結果
 

店員さんの対応も感じが良くて
母も満足する金額で
買い取ってもらうことが出来た照れ
 

ところが
数日後にLINEで
 

「あのお店に行ってから
 スマホに電話がかかってくる」と
 

不審な電話と
そのお店との関連を疑う。
 

喜んでもらえたと思ったのに 
一転、責められたように感じるショボーン
 

「私が一生懸命頑張ったのに🔥」と
私の中のエゴが怒り狂う。

 

この場合も
 

良いお店が見つかったのは
100% 私の手柄ではなくて
 

「いつもの駅に
 こんなお店が出来ていたんだ」と
 

「どこか」から降ろされた情報だと
感謝して受け取っていれば
 

「私が苦労して探した」感も薄くなる。
 

『母の切手 買い取り大作戦』という
プロジェクト
 

参加したメンバーの一人くらいの
程よい距離感で 
 

「ああ、よかったね乙女のトキメキ」と
 

プロジェクトの成功を喜べる。
 

それに対して 
問題が起きたとしても
 

私一人がしたことではないのだから
「私のせい」という罪悪感薄くなる。
 
 
自分だけの手柄酔おうとしている時は

「私が🔥!」
 
というのがポイントだと思う上差し

 
「情報力? それ、私のじゃないから」
そう思えば 才能への執着を手放せる。
 
 
そして、それは同時
私が孤独ではなかったことも意味する。
 
 
私に情報を降してくれる
「どこか」がどこなのは置いておいて
 

とにかく 私は 
見えない何かに助けられている。
 
 
現実の世界では 周囲の
実在する人に頼ることが出来なくて


ずっと
自分の才能だけを頼り
一人で頑張って生きてきた。
 

…と思っていた。
 
 
でも、違ったのかもしれないということ。