胸膜中皮腫を連れて(幸せな結末に向かう) -4ページ目

胸膜中皮腫を連れて(幸せな結末に向かう)

胸膜中皮腫患者なんと9年経過。とうとう10年目に突入です。
いつまでもどんな時も、私らしく生きて行きたい。
そしてそんな私を見て
誰かの頭の片隅に
アスベストや中皮腫の言葉を覚えてもらえたらと思ってます。

(知って欲しいので再投稿です(^^ゞ


”ひとりでも多くの人に中皮腫を知ってもらいたい”
今まで何度叫んできたことか。
そのくせ中皮腫の中身について何も語った事がない私…
面白みがないかもとか
内容に責任が持てないとかの理由で
今まで遠ざかってました。
ブログを始めて3年経過。
やっと重い腰をあげて行動開始。
中皮腫の話を聞いてもらえますか?

そもそも中皮腫って何?
がんなの?
って思う人がいるかも。
話はそこからです。

世間でいわれる「がん」は解剖学的に
上皮組織にできた悪性腫瘍を指します。
上皮組織とは体の表面や管腔、体腔の表面の組織。
大雑把に言うと皮膚や消化管、呼吸器、泌尿器、生殖器です。
そこに出来た悪性腫瘍は「がん」と呼びます。
そして中皮腫ですがその名の通り
中皮組織にでききた悪性腫瘍が”中皮腫”です。
中皮組織とは
体腔表面を覆う組織で
胸膜や腹膜、心膜のことです。
ここに来てやっと胸膜の名前が出て来ます。
私が侵された部位胸膜は
肺の外表面と胸壁の内面、横隔膜の上面覆う
薄い膜のことです。
ここも大雑把に言えば
肺の周りの薄い膜です。
よく例えて言われるのが
ミカンの実(一房)が肺で、
その周りの薄皮が胸膜です。

その胸膜にできた悪性腫瘍が
私の病気”胸膜中皮腫”です。

がんと呼び方は違うのですが
悪性腫瘍が出来た場所が
解剖学的な違いだけなので
皆さんに解って欲しくて
あえて「がん」と言ってます。

長くなりそうなので一旦閉めます。
次回は治療法や症状など語らせて下さい。
お付き合いありがとうございました。




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空想癖がある私は

時々突拍子もない事を考える。

原始人は何を考えて生活していたのだろう。

言語もなく社会的なしがらみもない時代の生き方って

どんなものだったのだろう。

お腹が空いたので食べ物を探して食べたら生き続けていたのか。

食べなかったら死んでしまうので

生きて行くために食べ物を探して食べていたのか。

行動と結果は同じだけど

中身は大きく違ってくる。


ちょっと違うかもしれないけど

私にソレを当てはめてみる。

私が生きているのはどんな意識が働いているのか。

するといつも心の奥底で

”中皮腫で死んでしまうまで生きている”と

思っていることに気づいた。

言葉にすれば誤解を招きそうだが

”中皮腫で死ぬために生きている”

そう思っているようだ。

もちろん時期はいつなんて解らない。

何十年後先かもしれないけど

行き先を目標を”中皮腫で死ぬ”に決めている。

毎日の日々の時間がそのためにあるのだ。

何をしても

つまりは死んでしまうのかと思うと

やる気なんて起こるわけない。

あー

なんてつまらい生き方をしているんだろう。

だから始終ため息ばかり出るのか。

この呪縛から逃れる方法はないものか。


お腹が空いたからご飯を食べる

それでいいじゃないか。

人がいるから会話をする。

それでいいじゃないか。

美味しいものを食べて

楽しい会話が弾む。

それこそを目標にすれば満足のいく人生になるのだろうけど

どうすればいいのか答えが分からない。




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昨日の続きで恐縮です(^^ゞ


誰もが

ロシアンルーレットの舞台に立っていると自覚して貰えただろうか?


アスベストは発がん性を持っている鉱石で

色々なところで使われている。

今一番身近なのが古い建物。

天井裏、屋根、壁、骨組み等に使用されている。

個人の家だけなく駅や学校や体育館等も例外ではない。

それらアスベストが使われている建物を解体する時

或いは災害で崩壊した時に

アスベストはそこら中に舞ってしまう。

そして誰もが無防備にアスベストを吸っているのだ。


想像力を働かせて考えてほしい。

今のままで何十年後に発症した時

それは自分かもしれないし

大切な人かもしれない。

その時に後悔はないだろうか?

その時にたった一人の発症者だったとしても

運が悪い人で諦められるだろうか?


ロシアンルーレットから抜け出す方法はあるのだ。

ちょっと難しいけど

全ての国からアスベストをなくすこと。

アスベストがなくなったら

原因がなくなるから誰も発症しない。

が悲しいことに

今まで使った建物に残っているので

アスベストが社会から無くなるのは時間が必要だ。

ならば弾が当たらない工夫をすればいい。

正しい知識を持ってアスベストに係わればいいのだ。


例えばアスベストがどんな所にあるのか知っていれば

そこに近づかないようにすればいい。

災害ボランティアでどうしても瓦礫作業する時には

アスベストが潜んでいる危険性を理解して

防塵マスクや作業着に気を付けるようにすればいい。


たったこれだけの気遣いだけで

大きな成果になるのだ。

これだけで

たくさんの命が救えるのだ。


どうか知って欲しい。

関心を持って欲しい。

アスベストが中皮腫の原因の全てならば

アスベストを知るだけで

中皮腫患者はゼロに出来るのだから。


私のような想いをする人はもういらない。

中皮腫で命を落とすことが

この世からなくなりますように。





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私が

中皮腫って病気は

特別たちの悪い

残酷な病気だと思っている理由のひとつが

原因がアスベストだから。


 

アスベストを吸って

30年位したら癌になるなんて

そんなの聞いてない!

そもそも

アスベストって何なの?

どこにあるの?

誰もそんな事教えてくれなかった。


じゃあ誰も

その危険性を知らなかったのか?

と言うとそうではない。

50年以上も前から

政府は危険な物であると知っていたが

人の命より産業発展を選び

代替えのないアスベストを使ってほしくて

危険物とは教えなかった。

だからアスベストの

正しい取り扱い方を知らずに作業をした人々が

今になって次々と発症しているのだ。


そして恐ろしいことに今も尚

アスベストは身近に残っている。

特に古い建物には多く使われていて

それらが解体される時は

アスベストが宙を舞い

傍を通る人の体の中に入っていく。

そして何十年後に

治療法もなく予後不良の癌

中皮腫を発症する人が出て来る可能性がある。


そんな危険な日常を送っている今でさえ

アスベストの関心は薄く

アスベスト問題を知っている人はほんの一握りだけ

殆どの人が無知のまま生活をしている。

それじゃあこのままなら

何十年後には殆どの人が中皮腫で亡くなるのか?

と聞かれると

実は答えはNoなのだ。


アスベストを吸った全ての人が発症する訳ではない。

数字にすると

数%と言われている。

言い替えれば

ほとんどの人は発症しないのだ。


いつどこで吸ったのか解らない。

(吸わないかも知れない)

誰が発症するか解らない。

(発症しないかも知れない)

そんなことを並べると中皮腫発症は

まるで発症した人の運が悪かっただけのようで

たまたま弾に当たった

ロシアンルーレットのように見えるかもしれない。


ちょっと待って!!!

アスベストが使われてなかったら

弾が入ってないのだから

誰ひとり発症することはなかったのだ!

アスベストの正しい知識があれば

マスクや服など予防策が取れるので

ただひたすらに仕事をしただけの人達が

若くして死んでしまうことはなかったのだ!

第一

そんな危険なロシアンルーレットに

私は参加した覚えはないし

誰も参加しようとは思わない筈だ。

私は納得できないし許せない。

これは人災なのだ。


もしも

中皮腫発症を運が悪かった人

と思うなら

もしも

私の言い分を大袈裟だ

感じるなら

貴方もすでに

ロシアンルーレットの舞台に立っているのだと

知っていますか?


そこんのところを

よ~く考えてほしいのですm(_ _)m






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今一度

私の気持ちが迷子にならないように

自分の想いを整理してみよう。


聞き慣れない中皮腫と診断されて

情報欲しさにネットで調べまくった。

内容はどれも残酷なものだった。

治療法はない。

生存率は信じられない数字だった。

一年生存率50% 二年生存率27% 三年生存率3%


そんな短い余命

どんな経過を辿るのだろう。

どんな気持ちでいるんだろう。

実際の患者情報が知りたくて

中皮腫ブログも探して読みあさった。


闘病中の人が6人。

すでに亡くなっている人7人。

患者本人や家族のブログ

無駄なものはひとつもなく

どれもみな参考になった。

特に嬉しかったのは

闘病生活二年目とか三年目とかの情報。

そんな数字さえも

診断直後の私には

とてつもない遠い将来のように見えた。

しかし実際にその年数を

生きている人がいるのを知ると

何の根拠もなかったけど

私も長生き出来るかも と

希望であり励みになった。


何でもない日常をただ淡々と綴る。

このつまらない記録が

今後発症した人の目に留まったとき

必ずその人の励みになるはずだから。

たとえその時に私がこの世にいなくても

私の生きた年数を生きていた証を知ってもらった時

必ずその人の希望になり道しるべになるから。

そう信じている。


私が先輩達から受けた恩を

これからの人へ受け取ってもらう。

私からの恩返し。


そう思って始めた

私の闘病記。

まだまだ先は長くなりそう。

これからも地味に続けて行こう。




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