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老$の徒然草

老$の徒然草 
もうじき80歳、ブログはボケ防止の頭の体操
This blog is essays in idleness by Oidoru and a trivia expert monologue.      

日本はシャープ、

フランスはイヴ・サンローラン、

そして真打が世界最大級の電池メーカーにして電気自動車メーカーの中国のBYDがマスク製造を開始した。

中でもBYDは、製造機械を自社開発、そのマスク生産量は中国国内の全生産能力の4分の1に相当する。

アメリカのあるマスクメーカーは、一般用のマスク生産を止めて医師用マスクだけの生産に切り替えた。

 

愛知県にマスク製造機を作っている会社がある。

たぶん、日本のマスクメーカーは中国に工場を作り、この製造装置でマスクを作り日本に持ってきていた。

しかし、武漢肺炎が起きて日本への輸出が停止された。☛これぞチャイナショック。

 

欧米は勿論、何処の国でも普段はマスクを使わない。

しかし、今世界はマスクがなくて困っている。

 

日本は、毎年一定規模のマスク需要がある稀有の国。

・風邪をひいた、インフルエンザで気軽にマスクを買う。

・花粉症の人は、毎年その時期になればまとめ買い。

 

今回のような事態は10年に一度くらいに起きる。

医療用のマスクと中国製よりも一寸高いにしても一般用のマスクの生産量を増やし、政府や自治体は暫くは備蓄に努める、

そして一朝ことあれば、24時間フル生産に切り替えて世界に供給する、

特にメイドインジャパンの医師用マスクは喜ばれるはずだ。

 

 

 

もう、予定通りのオリンピック開催は難しいと思う。

延期であれば朗報、中止なら最悪。

(延期の雰囲気でワンクッションおき、模索したが難しいので中止、延期でも追加費用が発生するし中止になればあてにしていた儲けはなくなる。)

 

都知事、組織委森会長、武藤事務総長、山下JOC会長は、栄えあるオリンピックをやらせてもらう立場、だから自分からは止めるなんて言えない。

一方、聖火は既に日本国内を走り回っている。

決定権のあるのは、IOCバッハ会長やトランプ大統領、そしてスポンサーのアメリカのテレビ局。

 

途中で止めるのが難しいのが戦争。

日露戦争は、新聞や国民は勝った勝ったと思っていたが、政府は、もう金がなくて戦争を続けられない、だからアメリカの仲介を頼ってロシアと講和した。

講和条件に不満だった民衆の先頭に立って小泉元首相のじいさんや加山雄三のひいじいさんが日比谷で暴れまくった。

その後のアメリカとの戦争は、上から下まで躁状態、天皇陛下が断を下すまで国民は音を上げなかった。

 

山田風太郎の「戦中派不戦日記」には、

8月15日 帝国ツイニ屈ス

しかし、前日の日記はものすごく長い。

その一部は、

 

32495503アメリカが日本人を十万人殺せば、日本はアメリカ人を十万人殺す。

そうすれば日本は必ず勝つ。

そうであったら、たとえこの爆弾で百万人の日本人の首が宙天へ飛ぼうと、その百万の首はことごとく満足の死微笑を浮かべているであろう。

(中略)日本人はもう三年辛抱すればいいのだ。

もう三十六ヵ月、もう一千日ばかり殺し合いに耐えればいいのだ。

 

山田風太郎は東京医大の学生、学校が信州に疎開、そこで終戦を迎えている。

医者にならずにくノ一忍法帖を書いてベストセラー作家になった。

 

もう、40年ぐらい前の話、

私は軽井沢のプリンスホテルに泊まっていた。

ここには軽井沢72という6コース108ホールの大きなゴルフ場がある。

前夜、レストランではしゃいでいたグループがいた。

翌朝、うっすらと雪景色、

昨夜と打って変わってみな暗い顔、それでも黙々とグリーンに向かう準備をやっていた。

多分、何か月も前に日程をやりくりしてやってきた三組のサラリーマンのグループ、

最後に、一番年長と思しき人が若いのに赤のマジックペンを借りてこいと、

彼らはホテルから出て行った、その後どうなったかは知らない。

ゴルフ場がクローズになったのか、寒い中を赤く染めたボールを打ったのか?

 

アメリカは、対中貿易戦争で先制したものの中国武漢ウイルスに反撃されて大混乱。

その結果、

・突然の鎖国令、

・トランプ相場の終焉。

 

1024px-Madison_Square_Garden_(MSG)_-_Full_(48124330357)軍の病院船を東西の海岸に配した。 

そしてニューヨークのマディソンスクウェアーガーデンを臨時野戦病院にするらしい。 

ここは東京なら後楽園や武道館のような場所、普段は、バスケットの試合やロックのコンサートをやっているが今は非常事態で閉鎖。 

(ホテル→病院化の検討に入った。)

 

子供ころ、国内のプロレス中継と

マディソンスクウェアーガーデンのプロレスダイジェストが楽しみだった。

NY5番街の今、ライブカメラ

 

google-headquarters近所の高2の子に、

“おじいちゃんは、渋谷のグーグルに行ってきたよ”

彼は、

“夏休みに友達とアメリカのGoogleに行ってきた”

と。

今は、そういう時代なんだ。

 

大昔シリコンバレーに行ったことがある。

当時のシリコンバレーは、文字通りの半導体のメッカ。

シリコンバレーの昨今

そのシリコンバレーが今、事実上戒厳令下状態、

そこでは多くの中国人が働いているのでイタリア・北部と同じようにアメリカと中国の往来が頻繁だったと思われる。