たぬきのほら穴 -59ページ目

2010年3月2日(火)<曇>

 昨晩の日記を書いてから、製本のサイトをいろいろと見てみる。安いところは安いがいわゆる安かろう悪かろうというもののようである。やはり一応の体裁をつけようとすると10冊製本でも6-7万円程度はかかりそうだ。出して出せない額ではないが、もう少し考えてみよう。

 今日は13時起床。久しぶりに京楽食堂の日替わりでお昼を済ます。食堂のテレビで昼ドラをやっており、訴えるの訴えないのという内容。日本では訴えるという行為自体がかなり過剰に捉えられすぎている気がする。ようは「自分たちだけではカタがつけられないから、第三者で公平で物のよく分かる人に喧嘩を預けよう」というだけの話ではないのだろうか。私事で他人の手を煩わせるのが申し訳ない、という気風からくる伝統なのだろうか。それとも、明治、いや江戸の奉行所制度以来のお上意識からお上の手を煩わせるのは大事件に違いない、という意識からなのだろうか。

 14時より友人Yと研究について話すことになっていたので寒梅館へ。自販機で飲み物購入の折、「600円(100円玉6枚)入れて100円の飲み物買ったらお釣りが500円玉で出てこんだろうか」と思い、試してみる。1枚、2枚と投入していく。5枚目、そして6枚目を投入すると戻ってくる。何度入れても同じ結果。どうやら硬貨では500円以上入れられないようになっているらしい。実験は失敗だ。
 その後、Yと話す。主題は春休み中の研究成果について。私は基本的には読書で得た物を。とはいえ改めて考えるとそこまで読んでもいなかったので、上野や道後で読んだ『地方自治の二十年』の話および京都府議会傍聴の話をする。Yは文献こそあたってないものの、議員ヒアリングはかなりやっているらしい。人脈もかなり築いているとのこと。結構なことだ。私もしっかりと励まなければならない。
 
 16時20分ごろYと別れ、大学院事務室に顔を出し、フォーラム参加費の振込みへ。学校の京都銀行ATMは口座か何かを持っていないとダメなようなので、結局出町のみずほで振込み。手数料は105円。商店街で雑誌や夕飯の買い物をし、帰宅。ヒラメが安かった。
 パソコンを開いてY先生サイトの日記を読むと金曜日に九州へ行ったとの文が。私が新山口駅で見かけたY先生によく似た男はどうやら本人であった公算が高い。いや、世の中は狭いものである。怖い怖い。夕刻、学部の同期ゼミ生Kさんよりメール。4月に飲み会をするらしい。というよりもしたいから集まれ、とのこと。北国からの飛行機切符もすでに取っているらしい。元気で結構なことだ。研究鬱の人間からするとちょっとうらやましい。
 ところで、鬱といえば石川啄木に「友がみな我より偉く見ゆる日よ花を買いきて妻と親しむ」という句がある。鬱状態のときはこの句が「確かに俺から見れば友人はみんな偉く見えるよ。俺は偉くないよ。ダメだよ。だがね、俺には花を買ってくれば一緒に眺めてくれる妻がいるのだよ。お前にはこのような結構なものはおるまい。どうだ、まいったか」といっているように感じられて、ますます落ち込んでしまう。まったく嫌味な句だ。

■今日の食事
朝:-
昼:白米、あんかけ肉団子(白菜、にんじん)、春巻、味噌汁(とうふ)、たくあん(京楽食堂「日替わり」650円)
夜:白米、ヒラメ刺身、舞茸のレモン炒め、チキンチップス

2010年3月1日(月)<曇・雨>

 11時ごろ起床。久しぶりに昼食はbimotaの日替わりである。上野や道後へ行ったり、風邪で臥していたりでご無沙汰だったが、相変わらず鶏肉の柔らかさは尋常ではなかった。

 13時より京田辺フォーラムの談合があるため、大学へ。前回の談合でどうやら方向性が見えてきたような気がしていたが、意外とそうでもなかった。それでも大枠としては何とかなっているような気はする。8日に現地へ行ってヒアリング等行うようなので、そこで何かしら光明が見えてくるだろう。また、後輩のOくんに岐阜の劇場について聞く。Oくん自身はは行ったことはないらしいが、駅からの距離が微妙に離れているらしい。歩くのも、バスに乗るのも・・・という距離との由。聞いてみるものだ。
 15時からは方法論で定評のあるM先輩によるフォーラム対策講座。出席者は学部生4名。「可能な限り参加せよ」との触れは出したのだが、まあこんなものかしら。みんな帰省する時期でもあるし。学部生諸君には講座でのレクチャーを生かして取り組んでいって欲しい。と同時に、大いに院生を使って欲しいものだ。もちろん正しい利用法で。

 その後、M先輩とうちの研究室へ行き、H先輩の論文進行状況を聞く。同時におおそらの研究進行状況についても見てもらう。もちろんメインテーマではない。名古屋と上野の雑感を見てもらいながら研究上の示唆をいただく。やはり方法論にお詳しいだけあって、私のつたない記録からいろいろと読み取られる。しかし、こうやって解釈を示されると、懐にとんでもない宝の山を保有している気になってしまうのだから単純である。もっとも、そういう単純さがなければ大学院なんて変人の吹き溜まりには来ていないが。

 M先輩とココイチで夕食後、帰宅。不覚にも小松左京の小説に手を出してしまい、3冊ほど読み続けてしまう。『復活の日』は細菌兵器流出による人類滅亡物。細菌やウィルスに関するディティールが細かく、耳学問ながらいろいろと勉強になった。『こちらニッポン』は世界のほとんどの人間が突然消えうせるという大虚構物である。冷静に考えればリアリティのかけらもない話なのだが、それを感じさせる暇もなく、筆の力でぐいぐい引きずり込まれる。論文が虚構であってはならないが、文章の書き方自体はとても参考になるだろう。ことに小松左京の文は勢いではなく現実虚構問わずしっかりとデータを出して物語を進めて説得力を増している。そういう書き方もまたこちらの商売にも活かせよう。

■参考文献
小松左京『復活の日』角川書店、1975年
小松左京『こちらニッポン 上』角川書店、1980年
小松左京『こちらニッポン 下』角川書店、1980年

■今日の食事
朝:-
昼:白米、若鶏のトマト煮込み、クリームコロッケ、スパゲティ、生野菜、味噌汁(わかめ、玉ねぎ)、漬物(bimota「日替わり」650円)
昼(間食):大内山ミルクケーキ1個
夜:手仕込みチキンカツカレー(ココイチ、840円)

2010年2月28日(日)<晴>

 恐ろしい夢を見た。大学院のメンバーでの昼食中に博士課程に進むから云々という話をしていたら、アニマ(夢の中の見知らぬ異性)らしき女性から「それなら毎日朝5時まで勉強しないとダメだね」と。人の自信を崩壊させる一言である。もっとちゃんと勉強しろ、という深層心理からの戒めか。温泉にも入らんのに温泉場へ行くな、という深層心理からの警告か。もともと夢の中での指摘や出来事には弱いほうで、こういうのを結構気にしてしまう質なので考え込んでしまった。夢は現実に作用する。というよりも、現実の行動はもしかしたら夢によって操られているのかもしれない。そういうことを考えることもある。
 ところで、アニマの定義は本当にあっているのかどうかは知りませんよ。せいぜい筒井康隆の小説で得た知識ですから。細かいところはご自分で調べてください。

 夢から醒めて朝ご飯を食べ、墓参。うちの家族は車がないと正月だろうが彼岸だろうが一切墓参りなどせぬ連中なので。そのまま病院へ。3時間ほど見舞って、食事をして帰る。とりあえず、「今年死なれても私は修論で忙しいため困る。死ぬんなら来年にしなさい」と伝える。また、隣のベッドに新しく入ってきたじいさまがテレビにイヤホンをしないのでうるさい。

 16時45分くらいの新幹線で帰京。ぐっすり眠る。前は夜行を除いて公共交通機関で寝るなんて芸当はできなかったが、今度の遠出ではやたらに寝た。風邪ひいて、ちょっと体質が変わったのかしら。実家にipodを忘れてきた。

■今日の食事
朝:白米、煎り卵、ウインナー、冷奴
昼:焼肉定食
夜:執筆時点では抜く予定

2010年2月27日(土)<晴>

 8時過ぎ起床。朝から散髪にいく。土曜日のためか2人待ちであった。とはいえ、かつてまだ先代が生きていたころは土曜日の朝ともなると10人待ちは当たり前だったのだが、もはやその面影はない。腕もそうだが、今の代は態度がよろしくない。大体、店の待合のテレビで自分の子供に戦国無双をやらせるとは何事だ。今回の髪型も「いつもの」。今日は前よりも幾分長めであった。前が河野一郎なら今回は佐藤栄作といったところ。白髪を1本抜かれ、鼻毛を切られる。清算時おばちゃんに「社会人になられましたか?」「いえ、大学院生ですが」のやりとり。まだまだ学生料金である。20年通っているが、いつまでたっても学生料金のままである。

 帰宅して伯父上の見舞いへ。1時間半ほど適当に見舞って、祖母・母と道場門前の商店街へ。歩く人も少ない。ここも数年前まではもっと人がいた気がするのに。ところで、わが山口市は1月に阿東町を編入合併したのだが、それに関する垂れ幕がアーケードにかかっている。「<祝>山口市・阿東町合併!(山口市・阿東町合併記念事業推進協議会)」。「合併推進協議会」ならまだ分かるが、「合併“記念事業”推進協議会」って、なんじゃこりゃ。金がないからといって合併したのに、また変な行事をやって金を使おうというのか。

 パン、ご飯を食べて寝る。20時ごろ就寝。

■今日の食事
朝:白米、冷奴、明太子、ヨーグルト
昼:天ぷらとろろそば、鳥のから揚げ
昼(間食):ホットサンド、クッキーメロンパン
夜:白米、刺身(ぶり、だるま鯛)、餃子

2010年2月26日(金)<雨>

 6時40分起床。さっさと宿を出て松山市駅へ向かう。だいぶ具合がよい。よく戦中生まれは肉という存在が偉大すぎて、風邪くらいなら肉を食べれば治るという神話があるが、私の場合も似たようなものかもしれない。昨日劇場にいるうちに嗅覚も復活したようだし。7時55分、福山行きバス乗車。志ん朝「厩火事」などを聞きながら寝る。今度のバスも10人程度の乗車しかないので、目一杯イスを倒す。

 10時35分ごろ福山について、小郡までの切符を購入。広島で乗り換えの間にホームの立ち食いで昼食。新山口駅に着けば湿度が高いのか蒸し暑い。それはそれとして、新山口で新幹線を降り、なんとなくまだ乗っている人をホームから見ていたら、Y先生にとてもよく似た人が乗っているのを見てしまった。何も怪しいこともやましいこともしていない…と思うが、心臓が止まるかと思った。

 帰宅し、久方ぶりの運転で伯父上の見舞い。ベッドに座れるくらいだから今日明日に死ぬということはなさそうだ。とはいえ目は相変わらずほとんど見えず。ところで、白内障とはよく言ったもので悪いほうの目をのぞいていると瞳孔が白くなっている。焼き魚の目のような感じ。1時間少々いて、買い物をして帰る。
 22時就寝。

■今日の食事
朝:シーチキンおにぎり、高菜おにぎり
昼:肉そば、いなり寿司2個(540円)
夜:白米、ぶり刺身、牡蠣フライ、冷奴、煮物