「エゴは無くならない。この世界に生きている限り」
そう言い続けてきた自分の声。
エゴは消えない。
このことが、真に腑に落ちた。
すると、
エゴは黙った。
存在を赦されて
安心したエゴは
おとなしく小さくなっていく。
消えることの恐怖。
「消えない」を真に受け入れたから、
消えていく。
安心して。
最後の怖れが、消えていく。
「私」がいなくなることの恐怖。
手放せば、
何もない。
ただの平安があるだけだ。
「エゴは無くならない。この世界に生きている限り」
そう言い続けてきた自分の声。
エゴは消えない。
このことが、真に腑に落ちた。
すると、
エゴは黙った。
存在を赦されて
安心したエゴは
おとなしく小さくなっていく。
消えることの恐怖。
「消えない」を真に受け入れたから、
消えていく。
安心して。
最後の怖れが、消えていく。
「私」がいなくなることの恐怖。
手放せば、
何もない。
ただの平安があるだけだ。
あなたの定義する「愛」を、
わたしは知らない。
でも、
定義できない愛なら知っている。
さようなら世界夫人よ さあまた
若くつやつやと 身を飾れ
僕らは君の泣き声と
君の笑い声には
もう あきた
突然、思い出して、
ここ1か月くらい、
ずっとアタマの片隅で流れ続けていたフレーズ。
ヘルマン・ヘッセの詩に、
パンタがメロディをのせた曲。
20代のころだったか、よく聴いた。
ライブでも一緒になって歌っていた。
意味なんか、まったくわかっていなかった。
でも、わかったふりをして歌ってた(笑)
今でも、全く意味なんかわからない。
そう思っていた。
さっきまで。
今、突然、わかった。
ただ、わかった。
さようなら世界夫人よ