やっとわかった。
「傲慢」がどこからやってくるのか。
それは、
自分より凄いものがある、
という錯覚から生まれるのだ。
自分より凄いものがあると思うから、
それになんとかしてもらいたいと、あがく。
それになろうと、何かをしようとする。
それが、「傲慢」。
そして、
自分より凄いものがある、ということは、
自分より凄くないものがある、ということ。
これが、一般的な意味での「傲慢」も生む。
なにもない。
この意味が、
これのこの世界での活かし方が、
やっとわかった気がする。
なにもない。
すべては同じ。
すべては同質。
すべては同等。
創造主もいない。
ただわたしがいるだけ。
わたししかいない。
わたしがいない。
どちらも同じことになる。
なにもない。
だから
すべてある。
すべてが顕われ。
この世界はマボロシだと言うのは、
まったくのナンセンス。
すべて顕現として
ここにすべてある。
いまここがリアル。
どこか別の世界にあるリアルではなく、
ここがリアル。
unreal などない
すべてが real