自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~ -38ページ目

自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分で決めて、自分で生きる。
自分を愛して、自分を生きる。



7月15日付で退職。
昨日、会社に行って残務整理をして、全て完了した。
長かった会社員生活もこれでピリオド。
終わってみればあっけない。
退職なんて出来ない、って思っていたのに、時が満ちる時は来るんだな、と思う。
意外とあっさり簡単に。
休職したときだって、まさかそんなことをする・出来る、とは思ってもいなかったのに、朝、目が覚めたらそう決めていた。
会社を辞めるってこともどんだけ大変なことかと思っていたけれど、心が決まる時はほんの一瞬だった。

なんだかもうずっとずっと前のことのような気がする。
なんで、あんなにカリカリかつ必死に頑張って働いていたんだろう、って思う。

今は、あー、本当に自由で幸せだな、と思う。
もちろん、この先どうやって食べていくのか、っていう不安はあるけれど、今、この瞬間はなんの問題も無い。

今夜の月はおそろしくきれいだ~。


私は傷ついた。
あの人に傷つけられた。
と思うとき、私は相手を攻撃したいんだ、攻撃しているんだ、と気がついた。

傷つけられた、と思うのは、傷つく自分がいるから。
傷つける誰かがいるから、ではなく。
と言うのは、少し優等生すぎるかな、と思う。
でも、傷つく私、を見せてくれたことに感謝してお別れしよう。

傷つく私、がいてもいいとも思う。
だって私は聖人君子じゃないし、そうなりたいとも思わない。

認めてあげれば、「傷つく私」は納得して去って行った。


前のエントリーで「いろいろと」と書き始めたときには、いろいろと書きたいことがあったけれど、書いてみたら、「いろいろ」じゃなかった。
こぼれおちた「いろいろ」をメモ、思いつくままに書いてみる。


癒されていない自分、は、癒さなければいけない、癒されるべき、自分なんだろうか。
トラウマなんて掘れば掘っただけ出てくるじゃん!と思う。
もうそういうのはいいな、とも思う。
傷や痛みにスポットをあてて、わざわざ掘り起こして再体験して。
それが必要な時期もあるのかもしれない。
でも、きりが無い、とも思う。
いつまでも、傷ついている私、でいたくはない。
もう、私は光の方だけを見ていきたい。
傷や痛みのその先へと目を向けていきたい。
そこから先、どうしたいのか。どんな自分を見るのか。
どんなふうに世界を見たいと思うのか。
そっちの方にエネルギーを向けたい。
その過程で出てくる傷は、自然に癒されていくんじゃないかと思う。


自分探しの旅が、いつしかトラウマ探しの旅になっていやしないか?
そもそも、自分なんか探したってしょうがない。
だって、自分は常にここにいる。
本当の自分は探すものでは無くて、気がつくもの。
本当の自分に還るだけ。


苦しみや痛みを乗り越えないと、幸せになれない、というのは思い込みだ。
簡単にラクに幸せになってはいけない、というような思い込みがきっとどこかにあった。
「浄化」は苦しいものだけなんだろうか。
美しく流れていくような「浄化」も、今はイメージできる。
苦しむ必要はもう無い、と思う。


傷や痛みは、あってはならないもの、という思い込みもある。
「まだまだあなたには癒しが必要ですね。」
「まだあなたには癒すべき部分がありますね。」
という言葉はある意味、呪いをかけているようなものではないか?
完全な私を、不完全な私に固定させようとする呪い(笑)。
傷があっても痛みがあっても、私は、そしてもちろん誰も彼も完全で美しいのだ。
私はそれを選択しよう。
だからこそ、いとおしくて美しい。
それも含めて完全に美しい。


「強さ」とはただの力の大きさ、では無い。
何かを押さえつける、踏みつける、対立するぶつかりあう強さ、ではなく。
比較する、比較できる強さ、ではなく。
私にとっての強さは、豊かさと同義語。
美しさとも同じと感じる。
測ることのできない無限大の強さ。
決して人を傷つけない、人に介入しない、人と対立しない、そんな強さ。
豊かで優しく美しいもの。
それが私にとっての「強さ」の意味。
それが自分の中に確かにあることを感じている。


私、と書くとき、それは、あなた、みんな、誰も、と同じ意味を持つことを感じている。


手順や、手続きや、順番?、セオリー?
そういったものが、私を不自由にしていた。
インナーチャイルドを癒して、家族の問題を解決して、ハートを開いて、ハイヤーセルフの声を聞いて。
まずは傷を癒して、まずは自分を好きになって、愛を感じられるようになって...etc
自分の身におこること、自分の体験、自分の感覚と、世間一般(実はそんなものなんかないのに!)で言われることとの違いに、身の置き場のないような感じをずっと覚えていた。
でもそんなことには気がついていないふりをして、そんなところでも、「世間の常識」「一般的には」「普通は」に合わせようとしていた。
誰かが語ること、に自分を合わせようとしていた。
それこそが私を苦しくさせていた。
そのために、余計な無駄なエネルギーをたくさん使っていた。
あー、本当に効率が悪かったんだな、ってやっとわかった。
ずっとずっと、目立つこと、例外になること、人と違うこと、にはならないように、一生懸命頑張っていたんだもの。
多数決ではいつでも多い方にいたかった。
とにかく、「王道」を行きたかった。
無難に目立たぬように、そつなくまぎれて生きていたかった。
なぜかはわからない。
その理由を探す必要も感じない。
ただもう、そうしない、と決めるだけだ。
もうそれでいい。



「神さま」に名前なんかない。性別だってない。もちろん、かたちもない。
「神さま」からのメッセージは、「おまえを愛している。」(適切な例が思いつかなかった。笑)なんて文章でやってくるわけじゃない。
ただのなんらかの概念が来るだけ。
それはほんの一瞬。時間の概念なんてないんだから。
人間として理解出来るように、誰かに伝えるために、言語化しているだけ。
対話しているように表現する時もあるけれど、それも一瞬のスパークのようなもの。
翻訳作業みたいなもの。
(という話をわかちあえる人に出会った!感謝!)

そのメッセージが、「神さま」からだとなぜわかるのか?と聞かれても答えようがない。
だってそうだから。
自分とは違う意識だということは確かに感じる。
と同時に、自分もその一部であり全部であることも感じられる。

呼んでもこないし、こちらの都合で「(メッセージを)おろす」なんてことも、私には出来ない。
あちらの都合で、突然、勝手にやってくるだけだ(笑)。


「神さま」とは便宜上そう言っているだけ。
自分の中ではその言葉は使っていない。
「神さま」っていうと、あまりに人間くさい。
そもそも名前なんかないものに対して、言葉は必要ない。

これは、私にとっては、という話。
これもまた、感覚はひとそれぞれ、だと思う。
みんな違ってみんないい(笑)。


お試しリトリートから帰還しました。
当たり前だけど、暑い...。



会社員生活にピリオドを打つことに決めて、さて、と気持ちを切り替えてみたときに、
私は、人として欠けているところがあるんじゃないか、ということを強く感じた。

都会での一人暮らしは自由で気ままだ。
寝る時間もご飯を食べる時間もお風呂に入るのもトイレに入るのも、全部、自分の好きな時に好きなように出来る。
人に合わせる・譲る必要が無く、我慢をすることがまったくない。
さらに会社でも、実作業においては人から指図されることは無い。
自分が指示する立場で、それは当然あらゆる責任を負うことになるが、逆に言えば、自分の責任で何もかも自由に出来るということ。
怒られることも無い。
そんな暮らしをずっと長いことやってきて、いつのまにか自分は「お山の大将」で感覚が鈍くなっているんじゃないか、と感じた。

からだが反射的に動かない、ということもうっすらと感じていた。
体力的な問題ではなくて、たとえば、電車でお年寄りをみたらさっと席を譲れるかとか、困っている人に自然と声をかけられるかとか、ごみが落ちていたらさっと拾えるかというような...。
恐らくそういうことは習慣なんじゃないかと思うのだ。
出来る人、やっている人は、反射的にからだが動くのだと思う。
自分はずっと都会で無関心に生きてきて、からだが動かない。
視野に入ってこない。
多分、無意識的に視界の外に押しやっている。
はっと気がついても、頭であれこれ考えてからでないと、からだが動かない。
そうこうしているうちに、タイミングをのがして通り過ぎてしまう。

これから第2の人生に踏み出すのに、これってどうなんだろうか、と思った。
長い間に染み付いたこの習慣を、会社員生活の垢、みたいなものを落としたい。
それで、都会を離れて雑音・情報の少ないところ、自然の中、山の中に行って過ごしたいと考えた。
ごくあたりまえに掃除やら皿洗いやらそんなふうにからだを動かして働いて暮らして、そんなことをやっていく中できっとこれからどうしようかのアイデアも湧いてくるんじゃないか、とも思った。

そう考えて、お試しリトリートに行ってきた。

で、わかった。

甘い。
自分は甘いし、浅い。
ってことが、わかった。

長い会社員生活で私は疲れてしまいました。
忙しい都会を離れて、自然の中でゆっくりと自分を癒し見つめます。


そんな美しいストーリーが自分の中にあったんだ。
なんという短絡的な思考!
それは幻だ。
どこにいようと、私は私だし、都会で癒されないものは自然の中でも癒されない。
いや、自然の中で癒されるものは、都会でもどこにいたって癒される。
いやいや、「癒されなければいけない自分」ということが、そもそもの間違いだ。

「まだ癒されていない自分」「癒されなければいけない自分」
そういったものは、もうまったく私にとってはどうでもいいことだ、って気がついた。

さらに、私はもう迷ってなんかいない。
この先の生き方について、なんの迷いも本当は無い。
それを実現させるツールについてはまったくの白紙で、それが私を不安にさせているだけ。
根本のところ、自分はどんなふうに生きていきたいか、何をこの世界に表現していきたいのかというところに、なんの迷いもブレも無い。


「傷ついて疲れて迷っている私」のふりをしていたかっただけ。
次へと動き出すことを先延ばしにする口実を探していただけ。

そう気がついたから、もうリトリートはやめた。
そこにいる理由が無い。


それでも、からだを使って働くこと、指図されて動く、常に誰かの指示待ち、というのは新鮮だった。
大学生の夏休みに、バイトで山中湖で住み込みで働いたことを思い出した。
あれからもうずいぶんと遠いところにきたものだなぁ。
私は今の私が好きだ。
それに、あのころの自分もかわいくて(笑)、本当に頑張ってけなげだと思う。
よく頑張ってるね、って誉めてあげたい。
おかげで今の私がいる!


着る服が無いじゃん!って、クローゼットやタンスを眺めて戸惑いは続く。

着る服、着たい服って、自分はこんな人ってみられたい、ってメッセージなのかもしれない。
私が、OLさんらしい服を着ないのも、OLさんらしくありたくなかったからだ。

若いころって、いわゆるデザイナーズブランド全盛時代だったし、なんだかんだととんがっている服、人と違った服、ちょっと変わってる服を着たかった。
今はすっかりデパートとか、ファッションビルとか苦手になっちゃったけど、当時はバリバリと服を買ってたなぁ。
その名残で、今でも普通の無難な服はつまらないと思ってしまう。
今はすっかり着心地のいい服、の方にシフトしているけれど、それもまた会社では浮いていたとは思う。
会社の行き帰り、ふと、自分の着ている服をみて、「なんだろ、これ?」って自分で思うことは実はたまにあった。
あまり通勤時間らしい時間には電車に乗っていなかったとはいえ、なんか浮いてるなー、これ会社員じゃないよな、と思うことはあった。
こんなんでいいのかな、一人で浮きまくってなんかバカみたいじゃないか、ってなぜかふと落ち込んだことも実はあったりした。
いろんな意味で、「なにやってるんだろうか、じぶん...」と、泣きそうになった瞬間がある。
自分自身と、自分を覆う服と、その自分がいる場所と、そこで毎日繰り返している事と。
バラバラで、不調和で、無理なことだらけで、無駄に頑張りすぎて、それで居心地が悪かったんだって、今はわかる。
自分がいる場所じゃない、って本当はずっとわかっていたんだよね。
やっぱり自分は会社員にそもそも向いてないじゃん、それをよくもまあこんなに長い時間、頑張ってきたなぁと思う。


明日、着ようと思う服が無い。
これからどんな服を着たいと思うんだろうか。
着たい服がみつかるといいな...