着る服が無いじゃん!って、クローゼットやタンスを眺めて戸惑いは続く。
着る服、着たい服って、自分はこんな人ってみられたい、ってメッセージなのかもしれない。
私が、OLさんらしい服を着ないのも、OLさんらしくありたくなかったからだ。
若いころって、いわゆるデザイナーズブランド全盛時代だったし、なんだかんだととんがっている服、人と違った服、ちょっと変わってる服を着たかった。
今はすっかりデパートとか、ファッションビルとか苦手になっちゃったけど、当時はバリバリと服を買ってたなぁ。
その名残で、今でも普通の無難な服はつまらないと思ってしまう。
今はすっかり着心地のいい服、の方にシフトしているけれど、それもまた会社では浮いていたとは思う。
会社の行き帰り、ふと、自分の着ている服をみて、「なんだろ、これ?」って自分で思うことは実はたまにあった。
あまり通勤時間らしい時間には電車に乗っていなかったとはいえ、なんか浮いてるなー、これ会社員じゃないよな、と思うことはあった。
こんなんでいいのかな、一人で浮きまくってなんかバカみたいじゃないか、ってなぜかふと落ち込んだことも実はあったりした。
いろんな意味で、「なにやってるんだろうか、じぶん...」と、泣きそうになった瞬間がある。
自分自身と、自分を覆う服と、その自分がいる場所と、そこで毎日繰り返している事と。
バラバラで、不調和で、無理なことだらけで、無駄に頑張りすぎて、それで居心地が悪かったんだって、今はわかる。
自分がいる場所じゃない、って本当はずっとわかっていたんだよね。
やっぱり自分は会社員にそもそも向いてないじゃん、それをよくもまあこんなに長い時間、頑張ってきたなぁと思う。
明日、着ようと思う服が無い。
これからどんな服を着たいと思うんだろうか。
着たい服がみつかるといいな...