とうとう帰京
平成15年7月14日かな?
とうとう、北海道旅行もこの日で終わり。寒い、雨の日でした。
宿を出て、車で網走へ。最初に行った場所は、「流氷館 」でした。まぁ、夏だから本物は見れなかったけど、部屋にある流氷でなく、海岸に来る本物の流氷を見たいものです。
次は、「網走刑務所 」に行ったのです。自分で考えていた以上に、博物館の見学に費やしてしまいました。北海道の過酷な歴史・開拓を勉強してきました。
北海道には、富良野や美瑛の自然、函館の港町だけでなく、樺太・稚内の戦争の話、網走刑務所の歴史。表面だけの北海道でなく、もっと深く勉強したいと思いました。
市内でランチを食べて、カニを購入し、日帰り温泉へ。女満別空港に行く途中に温泉があったので、最後の温泉。
そして、レンタカーを返却し、女満別空港から千歳空港まで「YS-11 」という飛行機に搭乗。初めてのプロペラ機。ジェット機とは違う加速感で感動してました。
千歳空港では、2時間のトランジットだったけど、最後に豚丼を食べただけで時間切れ。時間って、経過するのが早いものです。
飛行機に乗るときに、パニック発作にならないように、レキソタンを服用。搭乗したら、寝てました。
羽田までの1時間半、飲み物も飲まず、CAさんに起されるまで熟睡していたのでした。(爆)
搭乗する前に、パニック発作が出る可能性がある。薬を服用したけど、何かの時はよろしく。と伝えておきました。そしたら、不思議、なんとなく心配がなくなったのでありました。
そして、現実の東京での生活に戻る事になったのでした。
- 著者: 高橋 いずみ
- タイトル: パニック発作、自分が壊れていく―私はアダルト・チルドレン
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雨の知床半島
平成15年7月13日
この日は、朝から雨でした。寒い・・・夏の北海道と言っても、雨が降ると、気温は10度くらい。こんなに寒いとは思わなかったです。
この日は、ウトロから羅臼に半島を横切っていきました。目指すは、日本最東端だと思う温泉、「セセキ温泉 」へ。海の中にある温泉で、正面には国後島が見えます。この辺の温泉は、みんな無料の混浴露天風呂。ぴょんも、彼女がいれば一緒に入ったのになぁ・・・・
そして、「マッカウスのひかりゴケ 」へ。ここは、純くんと結ちゃんのデートした場所としても、有名な場所です。詳しくは、
を見てね。セセキ温泉も出てくるからね。詳しくはここをみてね。
昼食は、道の駅 で「馬鹿定食」を食べました。さて、なんでしょうか?????
それは、トドと鹿の肉の焼肉定食です。鹿の方が美味しかったなぁ・・・他にも、「熊定食」もありました。
ランチを食べた後は、「知床五湖 」へ。熊が出たらしく、2つしか回れなかったのが残念。そして、ここから未舗装の道を知床の奥に入っていき、「カムイワッカの湯 」へ。雨が降って寒いなか、草履を借りて、滝を登って、滝つぼへ。ここで温泉が入れるのです。しかし、外も寒いし、お湯もぬるいし・・・・・・
出るに出られない状況になってしまったのでした。
そして、帰り道、道端に現れた鹿に感動して・・・・なんで、北海道の自然の中で鹿に会うと感動するのだろう?
寒い体を温めるために、ウトロの山腹にある日帰り温泉へ。ここで、体を温めて、宿へ。
この日の晩御飯も1人だったけど、たまたま、岡山から来ていた女性二人組と仲良くなり、メル友になるのでした。既婚者でしたが・・・・
そして、楽しいご飯が終わって、1人で部屋に帰ると、落ちてしまい、またまた、レキソタンの力を借りるのでした・・・・・・
これは、「ぴょんのうつ病日記」で旅行記ではありません。が、日記帳に書いていくと、旅行記みたいになってしまった・・・・まぁ、ちょっと、楽しんでいって下さい。
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まったりな道東
平成15年7月12日
昨日の大雨のせいで予定が狂ったぴょんの北海道旅行。
この日は、朝から釧路川をカヌーで下る日です。釧路湿原をカヌーで下るのは、はまりそうです。
人工の音は何も聞こえず、鳥のさえずりだけが聞こえてきます。まったりと、人生を振り返るには物凄く良い体験でした。1人乗り用のカヌーを購入して、また、行きたいです。
午前中はカヌー下りで終わり、午後からはドライブです。この日は、知床半島は、ウトロに宿を取っていました。宿は、【じゃらん】 北海道のホテル・宿の予約
から予約。1人でも泊まれる民宿でした。
車は、釧路から北上し、川湯温泉に到着。ここで、国道をはずれ、山を登ります。そして、着いた場所は、「摩周湖 」。この日は、晴天で霧は出ていませんでした。そして、湖面には一艘のボートが。なんかの調査を行っている様でした。摩周湖のあとは、「硫黄山 」へ。箱根の大涌谷みたいですが、ここの「温泉たまご」は、箱根のお湯の中に入れるのではなく、蒸気で蒸すたまごでした。
この後は、「屈斜路湖 」へ。ここは、白鳥が来る湖、砂湯など、有名な場所ですね。
ぴょんは、砂湯には入らなかったですが、「コタンの湯 」へ。無料の混浴露天風呂です。湖面と同じ高さで、冬には白鳥が来るそうです。
- 著者: 松田 忠徳
- タイトル: 決定版北海道ホンモノの温泉
北海道の温泉を巡る際には、重要な本です。
- 著者: NoData
- タイトル: 北海道
こんな牧草地に憧れて、7月上旬に行く北海道は最高です!!!
温泉でサッパリした後は、ウトロへ。しかし、予想以上に遠かった。宿から、今どこ?って、電話もかかってくるしね。温泉という名にひかれて決めた宿ですが、民宿なのでお風呂は狭い。バス、トイレは部屋に無い状態。まぁ、1人旅だから、仕方ないか。
この日は、日曜日でした。そして、「元カレ」を見て、またブルーになるのでした。
内山理名さんが、元カノに似ていて、内容も似ている・・・・なんとも、うつになるドラマでした。(爆)
そして、やることも無く気分も落ちてしまったので、レキソタンを飲んで就寝したのでした。
北海道旅行へ行くなら、まずはここから。
波乱の釧路入り
平成15年7月11日。
この日は、札幌からの夜行で釧路について、根室の日本最東端に行き、釧路に戻ってから釧路湿原をカヌーで下り、その後、網走まで電車で行く予定でいました。
列車は、深夜の池田駅に止まってました。まだ、そんな時間なんだ!と、思いながら、再び夢の中へ。
列車は6時くらいに釧路に到着するはずが、まだ、池田駅に。そして、土砂崩れの為、この先に進めないとの事。おにぎりとジュースが配られ、一路バスで釧路に向かうことになったのでした。
バスの車内は、窓際に座りたかったが、無理で通路側に。仕方なく、レキソタンを飲んで、眠ることに。
車内では、何故、釧路までちゃんと着かないのだ。時間よりも6時間も遅いじゃないか!と、怒るおっさんもいました。多分、ぴょんもそういう風になっていた事でしょう。北海道に行くまでは。
しかし、その時は、客観的に「何を言っているのだ!天災なのだから、仕方ないじゃないか!」という気持ちがありました。
そして、12時に釧路に到着。ぴょんの予定も狂ってしまい、どうしたものか、駅構内で1時間考える事に・・・
結論は、レンタカーを1日早く借りて、車で日本最東端の納沙布岬へ。
120kmも離れているのですが、高速道路の様に信号も無い道。通行量も少なく、1時間半くらいで着いてしまいました。北海道の広さ、交通量の少なさを実感したのでした。(自分で運転しないと分からないものね)
レンタカーも借りて、網走の宿をキャンセルして、釧路で1泊。翌朝、カヌーをする事に。
この日は、ぴょんが行きたかった最東端に行けたのでした。北方領土は見えなかったけどね。
JRの日本最東端の駅の写真、記念切符も購入。これで、日本最北端と最東端を制覇したのでした。
自分の好きな車の運転ができる様になり、少し元気が出てきました。広場障害も多少改善され、(薬のおかげ?)この日は、ゆっくり休む事ができたのでした。
北海道へ行く時は、まずは旅行社選びが大事。ここは親切で良いですよ。
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宗谷岬
平成15年7月10日くらいかな?
この日は、宗谷岬や浜頓別を巡る観光バス に乗車。 小雨の中、稚内Cコースに乗車。
1人でバスに乗っていたのは、ぴょんだけでした・・・
バスの中では、戦争の話になりました。樺太からの最後の通信(交換手からの連絡)などの話を聞いて、学校で学ばなかったので、勉強になりました。北海道は樺太、北方領土。沖縄は、ひめゆりの塔など、中学、高校を卒業してから、太平洋戦争の話などを見聞することが多くなりました。
バスは、観光地を全て巡って稚内バスターミナルに到着。
稚内には、多分、日本最北端のダイソー で、お買い物。ジュースなどをね。写真も沢山撮影したのだけど、アルバニに保管をしていないので、どこにある事やら・・・・
日本最北端の駅、稚内駅 へ。リンクに貼った様な記念入場券なども購入し、写真も撮影。
そして、午後5時くらいの特急で札幌へ。22時に札幌に着いて、23時に出る釧路行きの夜行列車に乗るのでした。
稚内からの車窓、見えるのは草原だけ。家など無し。よく、こんな場所を列車が通ると感心。そして、いつのまにか夢の中へ・・・・・・・札幌駅で車掌さんに起されるまで、寝てしまったのでした。
そして、この後、1時間の時間を利用して、ミスタードーナッツ で晩御飯。翌朝の為に、コンビニでお菓子を購入。これが、後々、大事な事になるのでした。
そして、23時に乗った特急列車は、一路、釧路に向けて札幌を出たのでした。
この頃になると、自然にだいぶ慣れたのか、レキソタンを服用しているからなのか、広場障害などは出なくなったのでした。

