今のぴょんは・・・平成17年
いつも昔の事ばかりなので、最近の事を・・・・
ぴょんのブツブツ日記 を読んでもらうと分かるかもしれないですが、病気の事はこっちで・・・・
今、服用している薬は、
朝・・・・・・・メディピース
知らない薬(抗てんかん剤)
アモキサン
クロンモリン
昼・・・・・・・アモキサン
クロンモリン
夜・・・・・・・メディピース
知らない薬(抗てんかん剤)
アモキサン
クロンモリン
ルボックス
寝る前・・・メディピース
ユーロジン
臨時用・・・レキソタン
ランドセン
頭痛時・・・ロキソニン
を飲んでます。この薬の基本形になるまで1年かかりました。1週間単位で薬の量や服用する時間帯、薬の種類を変えていました。
最近は、おかげさまで落ち着いてきているのですが、アモキサンの副作用かな?満腹感が足りないというのがあり、体重増加中。また、脂肪肝がやばそう・・・
仕事で、10階くらいのマンションに行く事があります。マンションの廊下なので、柵もなく飛び降りることが可能です。普段の生活では、2階以上に行く事ないし、行ったとしても窓や壁があり、下を覗くという事がないから、ちょっとやばいです。「飛び降りたら死ねるのかな?痛いかな?」と考えてしまうのです。その度に、レキソタンを飲んでます。
こんな状態です。今は、通院は2週間に1度。カウンセリングは無し。
「うつ病」という言葉はみんな知ってるけど、理解度が足りないから、就職しても、それを理由に解雇されるのが悔しい。だから、ニートが増えるんだ!!と、思ってます。
ここまで復活するまで、2年かかりました。2年前。こんな精神状態になるなんて、思いもよりもしませんでした。
あなたはもう作りましたか?
そして、木曽福島へ
平成15年7月の中旬
最後の荷物を取りに木曽福島のホテルへ行ってきました。
一応、行く時間を伝えておいたのですが、体調がすぐれなくて、遅れて到着。
荷物を整理して、支配人とちょっと話しをして、スタッフに挨拶をして・・・・
もう、ここには来る事はないだろう、と考えながら荷物を作ってました。自分の予想していた時間よりも遅くなってしまったけど、名古屋に行ってみて、夜の名古屋城を見て、東京に帰ってきたのです。
お金が無いから、名古屋から東京までずっと、国道1号を走ってね。ナビもないから、道に迷い迷い。
途中で、車内で仮眠をしたりして、無事に東京に着いたのでした。
東京に帰ってきた感想は、一つ肩の荷が下りたという感じ。これで、一旦会社との距離をおいて、自分の時間をどの様に過ごすかを考えるのでした。
と言いつつも、「北の国から」を最初から見て、毎日を過ごしていたのでした。
出かけるのは、ビデオを返しに行くのくらい。でも、この頃は、体を動かす事で気分転換を図るために、近所の区民プールで泳いでいたのでした。
でも、気分が落ちるのが自分でも分かるのです。落ちたら戻って来れないという不安。ランドセンが手放せない生活を送っていました。
あなたはもう作りましたか?
会社との交渉
平成15年7月
ちょうど、今から2年前ですね。
北海道から帰ってきて、真紀との待ち合わせも、4時間も待っても来なかった。
そして、木曽福島に荷物を取りに行く前に、本社の人事と今後の話し合いをしました。
電車に乗るのが怖い、外に出るのが怖い・・・・
ぴょんは、目黒から早稲田まで車で行きました。サングラスをして、周囲の視線を少しでも感じなくするのと、ピンクのサングラスをする事で、周囲の景色を明るく見る努力をしていたのでした。
有給が切れる前に、人事のK沢さんと話をしました。時間の約束をして、無理に行くのは俺の精神的にきついので、こちら側の体調を見て、行く前に電話をして、こちら側の体調を優先してくれるのは嬉しかったです。
そこでの話し合いの結果、
・有給後は休職扱い
・休職期間中は、「傷病手当を出す」
・仕事復帰は、自分の体調と病院の判断で決める
といった内容でした。
そして、木曽福島に荷物を取りに行く事になったのでした。
そして、無謀なかけ
北海道から帰ってきて、木曽福島の前の職場に荷物を取りに行く事になりました。
木曽福島から帰ってきた時は、必要なものだけ持って帰ってきたので、ゴルフ道具とかPS2とかの必要の無いものを取りに行くのです。
が、その前に、東京でノグと飲む事になりました。場所は、原宿で。
夜の9時に原宿の表参道で待ち合わせなのに、ぴょんはサングラスをしての登場。
人の視線が怖いから・・・電車に乗れない場合に備えて、早めの出発。そして、薬を飲んでの飲み会。
体に負担がかかっているのではないかと、無謀な事でしたね。
ノグと真紀は同期で同じ職場なので、ノグに真紀宛の手紙を託したのでした。
この時、ぴょんの耳に入ってくるのは、「ぴょんと真紀を別れさせたのは、ぴょんの同期の奴だ」という話を聞いていて、疑心暗鬼というか、会えば解決する問題だと考えていたのです。
今になってみると、それがどうだったかは分からないですか・・・・・
西武新宿駅の前で待ってると、時間を書いた手紙を渡して、当日、真紀が来るのを待つのでした。
とにかく、ぴょんと真紀が別れたのが、同期のH内という話を聞いていて、本人にも聞けないしね。
それに、真紀も、草加から引越しをしてしまうし、実家に電話しても、取り次いでくれないし・・・・
その時は、家族よりも真紀を必要としていました。
東京での生活
北海道から帰ってきて、東京での生活が始まりました。
確か、月曜日に北海道から帰京し、その週の木曜日に長野県は木曽福島まで行く予定になっていたので、ちょっとした、休みの時間になりました。
が、外に出る事ができないのです。用事も無いし、仕事も無いからなのか、家から外に出る。という事ができなくなってしまったのです。1日のうち、寝てる時間が多くなりました。
夢の中から、現実の世界に戻るのが怖いのです。とにかく寝ていたい!という気持ちが優先してしまって。
また、外出するのにネックになったのが「視力」でした。
他人がどんな風に自分を見ているのか?という、不安が強くなったのです。そして、人の視線を気にし始めて、そして、メガネをしないと外出できない状況になったのです。
それまでは、車の運転をする時だけメガネをしていたのですが、外出する際に、対面する人の顔や表情が分からないというのが怖くて、そして、その人の表情を一 生懸命見ようとする自分。視神経が疲れてしまうというのも一つの原因かもしれないですね。