何とか前向きに
自身が境界性になってきた。
人目を引きたいがための、「死にたい」発言。
見捨てられ不安が出てきた。
そういうキャラではなかったはずだが。
ほんと、身内からも先生からも見捨てられている気持がする。
これって、境界例。
誰か助けてほしい
妻の病的性格と奢侈癖
何千万という莫大な借金
仕事でも教職でも自信と役割を感じられない
学界にシカトされ大学に就職もできない
対人関係の立ち回りの下手さ
上司や恩師に恵まれない
これらすべてを取り巻く実存的苦悩
死ぬなら飛び降りかな
強まる主観性
お気づきのように、最近の記事は主観性の強いモノローグになっています。
このままでは、主観性のなかに没落してしまいます。
ここで踏ん張って、客観的自己分析の妙味を貫かなくては。
全般的に書くものが私的になっています。
外部への興味が薄らいでいます。
こうなると、自分のことしか目に入らなくなります。
それがこうじると病的状態になるのでしょう。
気をつけなくては。
もう、ちょっと、しんどい
土日は、寝てばかりいるようになってしまった。
かなり、疲れている。
仕事もお金も回らない。
原稿も書かなくちゃ。
でも、来年度は決定的にダメ。
昨日、仕事がひとつ減らされた。
しんどいなあ。
集団的人間関係
一人ひとりの学生と関わることは、苦痛ではなくむしろ楽しみである。
しかし、授業のように集団的学生と接すると、とたんに心理的に破綻する。
職場でも、個々人と話すことにはほとんどなにも問題はない。
し かし、会議や意見交換や連絡調整などになると、ギクシャクする。
つまり、仕事の上での人間関係は苦痛でたまらない。
べつに、思想対立とか理想に固執しているわけではない。
ただただ、関係性がうまくとれないのだ。
集団の中で自己を活かす道がわからない。
そこでは、疎外され孤立しはずされてしまう。
主流派にもカリスマにもなれない。
自分の意見を主張して、その上で相手と対等に交渉する技術がない。
いつも、もごもごと口ごもってしまい、相手のペースでしきられてしまう。
実力がかりにあったとしても、それが「発揮」できない。
ほんとうに、集団は苦手だ。
行き詰まり
組織で生きることの困難さ。
教育力のない教師としての無能力。
借金漬けの生活苦。
対人関係がとれないコネのなさ。
誤解される業績内容。
被害妄想的な立ち居振る舞い。
夢追いフリーター的な現実感のなさ。
どうも、行き詰ってきました。
ついに爆発か
職場の打ち合わせで、ひと悶着。
どうも意見が合わない。
わたしの理解が間違っているようだ。
組織の要請とその主流派についていけない。
まじめに仕事しようとしている。
しかし、誠実に物事に取り組もうとすると、いつも組織の論理とぶつかる。
その最初が、受験体制だった。
受験ではなく学問に誠実なわたしは、受験体制から落ちこぼれてしまった。
以降、いろいろな組織でまじめに考えれば考えるほど、組織から脱落していった。
組織には形式化の論理が作用している。
「役に立つこと」を効率よく求める。
理念や理想が青臭く感じられる。
結果を出すこと、みんなにわかること、人々に受け入れられることでないとだめだ。
原理原則で、理想論を語っても排除される。
わたしの議論は、結論がないとよくいわれる。
何をどう実践するのかの処方箋が得られないと。
つまり、「結果が出ない」
何はともあれ、受験ならば「東大に合格する」ことが至上命題だった。
やりたいことや理想は、「入学してから」考えなさいと。
そして、入学したら誰も考えなくなる。
大人のきれいごとだよね。この説教は。
おかしいと思っても、生活のために仕方がないと切り捨てられる。
そんなこと言ったってはじまらない、と。
そして、その生活そのものが戦後日本でここまで崩れてきた。
で、いまからでも「理想論」を語るべきなのか。
ボクチャンわかんなーい
職場での新規プロジェクト。
Sさん、Mさん(ともに女性)と3人でチームになって3か月。
チーム内で孤立するわたし。
無能のわたしをあてこするように「ボクチャンわかんなーい」と皮肉るSさん。
上司は、A部長とK所長。
誰が、職務内容を決定しているのか不透明。
部長は、わたしにまったく業務の指示を出さない。
新規事業なだけに、誰も具体的な進め方が分からない。
強力なリーダーシップなどない。
年配のSさんがなんとなく中心になって、状況的に決められていく。
わたし自身は、所長に意見が近いのだが、チームの主流見解にはならない。
誰が、主体なのか、リーダーなのか。
わたしは、職務内容に不満である。
自分の意見も通らず、いやいやながらに流されていく。
ほんとに「わかんなーい」というのが実態だ。
これをひっくり返して、自分がリーダーシップを握れる空気にはない。
Sさんは、どんどん仕事を進めていって、若いMさんはそれに追随する。
Sさんは、部長と見解というか仲がいいが、所長とは距離を置いている。
ほんま、職場の意思決定って、だれが主体なのかサッパリわからない。
ここではたしかに、Sさんがキーパーソンにはなっている。
だが、公式的な権限があるわけではない。
若い女性のMさんは、わたしをバカにして冷たくあたる。
部長はまったく無視。
所長とは話はできるが、彼女も全体像を把握していない。
プロジェクトのコンセプトに反対ではないが、現場の業務が思った方向性と全然違う。
PCの前で長時間茫然とするわたし。
そういう状況を誰に訴えればいいのか。
部長とはコミュニケーションできない。
Sさん、Mさんとは打ち解けていない。
これやっといてと仕事をふられていやいや処理するだけ。
いつのまにか、「疎外された労働」に追い込まれた。
またしても、組織での立ち回りの下手さが露呈した。
主導権もとれず、独立独歩の仕事もチームではできない。
たしかに、「日本的組織」の空気の支配を経験しました。
それが一番の収穫かな。