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今だからこそ語るオレ的殿堂入りゲーム その1※過去ログサルベージ

2004年06月21日

今だからこそ語る、オレ的殿堂入りゲーム その1

※前のサーバが完全にお亡くなりになってしまったので、しばらくの間過去ログを掘り起こして、アメブロの方に貼り付けて行きます。




ゲームネタに食いついてくれる人が多かったので、気を良くしてまたもゲームテキストを書いてみる。


という訳で、世間様には認められていないけど、オレ的にナイスでゴイスな殿堂入りゲームを語ろう。いっそのこと、みんなで語ろう。


記念すべき最初の作品は『バッテンオハラのスチャラカ空中戦』(←表記あってる?)である。


これは駄菓子屋ゲーセンでバカみたいにハマった作品だ。なんってったってタイトルが『バッテンオハラ』という時点で電波臭が漂ってくる。ちなみにこの『バッテンオハラ氏』は主人公なのだが、まったく萌え要素のない、たんなる小汚いオヤジという点も重要な要素だ。


どんなゲームだったか説明したいのだが、あまりに電波がゆんゆんしてて日本語では説明し辛い。頑張って貧困なボキャブラリーを駆使し、できる限り言葉にしてみるが…。


ええと、このゲームにはレバー、ショット、ブースター(加速)という、シューティングの王道とも言える操作形態に加え、珍妙極まる『飛び降りボタン』というオリジナリティというか、『歪み』が存在している。


そう、このゲームはSTGのくせに、自機から飛び降りれるのである。なんというか前代未聞であり、開発がテクノスジャパンで販売がデータイーストだから仕方ないというか、ある意味で面目躍如というか、奇抜すぎるセンスと常識を打ち破る無駄な実行力というか…。


さて、この『飛び降りシステム』はかなり画期的で斬新すぎた。


このゲームは、主人公の機体が敵弾を喰らっても即座にミスにはならない。(放っておけば機体が爆発してミスになってしまうのだが)


そこでこの『飛び降りボタン』の出番である。自機が被弾した際にポチっと押せばあら不思議。小汚いオヤジが飛行機から飛び出し、空中に投げ出されるではありませんか。そのまま運良く敵機の上に飛び降りれれば、敵の戦闘機を奪い取って自機にすることができる。また、運悪く敵の戦闘機を奪えずとも、地上に換えの自機が用意されており、それに飛び乗ることで空中戦に戻れるというシステムなのである。


ただし、地上に落ちるとピラニアやアリ地獄よろしく、敵が猛スピードで襲い掛かってくる。全てはこれらを避けつつ、自機までたどり着ければの話なのだが…。


しかもその敵というのが、オレの記憶が確かなら『一輪車に乗ったブタ』という、かなりジャンクかつシュールなナイスキャラであった。そのあまりの違和感に意識を失っているスキに、何度高速で襲い掛かってくる『一輪車ブタ』に瞬殺されたことか。


噂によるとエミュレータにあるらしいので、もし所持しているエミュレータにこのゲームが入っていたら、お願いだから一度は遊んで欲しい。


『くにお君』で有名なテクノスジャパンが作っているはずなのに、何故か販売元のデータイースト色に染められている不思議さを体感して欲しい。デコ恐るべし。




さてさて、続いてのオレ的殿堂入りゲームは『未来神話ジャーバス』である。


これは時代を先取りしすぎた名作であり、何の意味があるのか未だに理解できない『発光ダイオード』がキラリと光る憎いヤツなのである。


ちなみにこのゲームには、セーブ機能(バッテリーバックアップ)を搭載した日本ではじめてのRPGという、ステキな肩書きがあったりする。余談だが、日本初のバッテリーバックアップ機能搭載ゲームは『森田将棋』だった気がするが、オレの記憶はとてつもなくいい加減なので間違ってたらゴメン。


この作品は、あらゆる要素を取り入れすぎて不具合をきたすという、『たけしの挑戦状』を思わせる実験的な作品であり、そういえば両者ともタイトーの作品だったような気がしないでもない。間違ってたらマジでゴメン。(調べもせずに記憶だけで書いています、ほんとゴメンなさい)


さて、『ジャーバス』は基本的に見下ろし視点の"プチ"アクションRPGなのだが、ギルド(職業)システムあり、横スクロールアクションモードあり、クエストあり、傭兵雇用あり、攻城戦ありと、パっと聞くとすごく奥深そうに感じるのだが、実際は全ての要素が中途半端でかったるく、不具合だらけのクソゲー要素満載な電波ゲーであった。


ゲームを始めると、宇宙服を着た主人公が何もない荒野に放り出される。そこから街へ辿りつければ勝ち。迷ったら負けである。『星を見る人』かキサマ。


運良く街へ辿りつけたら、まずはギルドで職業を選ぶのだが、3種類ある職業の差がイマイチ分からない。というか覚えてない。魔術師になると飛び道具が撃てて楽だった記憶があるのだが、金出して武器を買えば他の職業でも飛び道具が撃てた気もする。


ううむ、必死に思い出そうとしているのだが、何故か記憶障害を引き起こす。


金といえば、このゲームはクエストをこなして金を稼ぐのだが、このクエストというのが3種類ほどしかなく、全部『~~を取って来い』というお遣いである。ツボを取って来いとか花を取って来いとか。


で、ツボと花以外の何か(忘れた)を取ってくるクエストを選ぶと、二度と生きて帰ってこれなくなるので注意しよう。(お遣い以外に、特定の街ではモンスターを何匹倒せとかいうクエストもあった気がする。それも気が遠くなるような数字を提示されたような気が…)


しかも花は持ち帰れないこともないのだが、苦労の割には見返りが少なく(確か関所を通らねばならず、関所を通るには金がかかる)、必然的にツボを持ち帰るという選択肢しかないも同じ。加えて一度に入手できる金額が驚くほど少ないので、何百回、何千回とツボを取りに行っては売るという単純作業を繰り返すハメになる。ちなみに、ツボのありかはドット単位のシビアな判定なので、ちょっと探しただけじゃ拾えないので注意。大変ユーザーフレンドリーな仕様なのである。


他にも、マップ上を歩いている傭兵を雇って各地の城を攻め落とすとか、言葉にすると面白そうだけど実際は苦痛でしかない要素が色々あるのだが、思い出そうとするとトラウマが蘇って気持ち悪くなるので割愛。


そういや横スクロールアクションモードの時に、自分では攻撃も防御もできない死角からスゴイ勢いで敵が襲い掛かってきて、接触すると即死したりするのだが、思い出したらやっぱり気持ち悪くなったので割愛。


このゲームは『バランスが致命的に悪い』『絵が致命的に汚い』『精神力が致命的なまでに持たない』という欠点にさえ目をつぶれば、よくできた"企画 "だったと思う。だが、時代がついて来なかったというか、『たけしの挑戦状』にそっくりというか…。今の技術で作り直せば、絶対に面白くなると思うのだが…。


今なら中古屋で投売りされているはずなので、もし見つけたら買ってみても損は無いと思う。ただし、バッテリーバックアップ用の電池が切れているはずなので、セーブは出来ないと思う。頑張ろう。



初回なので手探りで適当に書いてみたが、今後もこんな投げやりな感じで思い出の殿堂入りゲームを紹介していこうと思う。メジャーなタイトルは何一つ出てこないだろうけど…。


マニアックかつ酔狂な人だけお楽しみに。




アーケードゲームあれこれ※過去ログサルベージ

2004年07月10日

アーケードゲームあれこれ。

 

先日、12年前のゲーメストの記事を取り上げたのですが、その元ネタサイトさん がおはら汁を紹介してくださいまった。で、以前書いた『できる!ゲームセンター』の記事 までついでに取り上げて下さっております。ありがとうございます。ワタクシ、皆様の愛に甘えて生きております。


私がゲーセンで働いていたのは今から10年ほど前で、丁度対戦格闘ゲームが新しい人気ジャンルとして注目を浴び始めた頃でした。(それより遥か昔からゲーセンには通っていたのですが…)


その頃の思い出で一番印象に残っているのは、『ゲーセンTVゲーム文化』が滅びへの階段を転がり落ちていく様と、それに取って代わったプリクラやUFOキャッチャーなどに代表される『プライズマシン』(主に景品機)の隆盛です。


プライズマシンなど、私が子供の頃は地味でつまらないというイメージしかなく、どのゲーセンも店の隅に申し訳程度に置いてあるだけの、いわば置物的な存在でした。ラムネ菓子をすくったり、チャチなぬいぐるみにキャンディーがついてるだけの景品が出てきたり、誰がこんなもんに金を入れるのかと、子供心にバカにしていた存在だったのです。


SEGAがUFOキャッチャーを発売した当初も、中に入れる景品は昔ながらのチャチな物ばかりで、すぐに爆発的な人気になったわけではありませんでした。(UFOキャッチャーが本格的に大ブレークしたのは、法の改正によって景品のグレードが格段に良くなってからです。)


あくまでも、その当時は『TVゲームにあらずんばゲームにあらず』だったのです。


それが20年ほど経った今、日本中のゲーセンがあれほどバカにしていたプライズマシン(プリクラ、UFOキャッチャーなど)に頼りきり、TVゲームなどなんの利益にもならない産物に成り果ててしまいました。


そして今、プライズマシンにも陰りが見えています。現在のゲーセンはオンライン対戦が出来る麻雀ゲームなどで、死中に活を見出そうとしているようです。が、ゲーセンに行かなければ遊べないというようなオンラインゲームは未だ登場しておりません。家にパソコンやPS2があれば事足りるレベルの物ばかりです。


昔のようにゲーセンが脚光を浴びるようになるためには、絶対にゲーセンでしか味わえない何かを提供する以外に方法はないでしょう。


そこでブレイクエイジが頭に浮かぶオレ。なんだかんだ言っておいて、結局はブレイクエイジを実現して欲しいだけのオレ。ブレイクエイジが何か知らない人は、1巻から買い揃えるが吉。ゲーム好きならたまらない名作である。ちなみに、下のリンクから買ってくれたりするとオレ様幸せ。


つうか、これが実現したら確実にゲーセンはもう一度盛り上がる…。絶対に盛り上がる…。いくら投資額がかかるかは知らんが…。ISAOさん とか頑張ってくれないかなあ…。



■ブレイクエイジ(アマゾンさん)
ブレイク-エイジ (1巻) アスペクトコミックス



※この記事を書いたのは4年前だけど、その後大掛かりなネットワーク対戦ゲームがいくつも登場し、ゲーセン業界が何とか食いつなぐ事が出来たというオチがついた。


そのくせブレイクエイジのゲーム化は実現していないわけだが…。





12年前のゲーメスト…シューティングゲームの衰退?※過去ログサルベージ

2004年07月06日

シューティングゲームの衰退?

 

ゲーメストの12年前の記事かーずドン


今日、一番心を動かされた記事がこれ。


ゲーム創世期の頃はハードの性能に限界があったため、開発されるソフトはどうしてもアクション、シューティングに偏っていました。


TVゲームと呼ばれる娯楽の出発点は、テニスだのブロック崩しだの、ちょっとグレードアップしてパックマンに代表されるドット食い系(通称ドットリ君)だのといった、一つのドットを動かす、つける、消す、色を変えるという単純な物でした。今となっては神話の時代の話ですけど。


で、ドットからかろうじて絵と呼べなくも無い(あからさまなドットの集合体だけど、薄目で見れば絵に見えなくも無い程度)レベルになり、その”絵らしきもの”をアクションさせられるようになり、そして衝撃のというか、TVゲーム創世期のアイデアの集大成とも言えるスペースインベンダーが登場と。


その後は今でこそ有名ゲームメーカーとしてふんぞり返っているアソコとかアソコなんかが、スペースインベーダーをコピー&改造するという荒技で業界参入してきたり、それに怒ったスペースインベーダー販売元のタイトーが裁判沙汰を巻き起こして大騒ぎになったりという黒くて心温まるお話があっt…


話がズレましたごめんなさい。


早い話がアクションにしろシューティングにしろ、”ドット”をどう動かすかという単純な表現しかできなかった時代では数少ない選択肢として持てはやされたけど、ハードもソフトも飛躍的な進歩を遂げて、様々な表現、選択が可能となった今では、昔のような隆盛は望めないというだけのことではないでしょうか?


ただアクションもシューティングも、『誰にでも理解できるわかりやすいゲームジャンル』ではあるので、いつまでも滅びることは無いと思います。ただ、他の要素とのミクスチャーのし易さから、アクションの方がまだ明るい未来がありそうですけど。(対戦格闘、パーティゲームなどはアクションゲームの発展系でしょう。)


で、アーケードゲーム業界でのシューティング&アクション受難の最大の理由は、このゲーメストの記事にも少し書いてありますけど、インカム(お客が投入するお金)を集められなくなったからだと思います。


シューティングやアクションは言ってしまえばプログラムを覚えるゲームで、敵の配置や弾が飛んでくるタイミングを覚えれば1コインでダラダラ遊べてしまうという、店側からしてみたらインカムを集め辛い迷惑なジャンルです。


発売当初は目新しさもあってインカムも入りますが、次第に一人の客が1コインで長々と占拠するようになり、発売後1ヶ月もすれば『一日中稼動している割にはインカムはすずめの涙』というのが、10年ほど前のゲーセン業界におけるアクション&シューティングの実情でした。


それに1コインで長く遊べない人(ようは下手な人)は、もっと長く楽しめるゲームの方に目が行きますしね。


そんな店側の都合もあって、シューティングとか一人用のアクションゲームはあまり仕入れてもらえなくなり、対戦格闘ゲームというインカム効率の良い新ジャンルが幅を効かせ始め、いつの間にか店の隅に追いやられる可哀想なジャンルに落ちぶれてしまったのでしょう。


店に仕入れてもらえなければメーカーも収益になりませんから、限られた開発ラインはその時代の流行に合った、より仕入れてもらい易い商品のために使わざるを得ません。店側の需要のない商品は、市場から姿を消していくことは当然なのです。


ただ、そういった各メーカーの偏りすぎがゲーセン業界の寿命を縮めてしまったのですが、それはまた別の機会に…。




ゲーム業界ちょっといい話 ビックタイトルに潜む罠※過去ログサルベージ

2004年12月17日

ゲーム業界ちょっといい話 ビックタイトルに潜む罠

 

山木ドンが探偵ファイルでドラクエ8の話を書いていた が、そんな話は今に始まった事ではない。


オレが直接体験した中で最も卑劣なやり口をしてくれたのは、『バーチャファイター3』発売の際のSEGAである。


今から約8年前、ゲーセン業界は『対戦格闘ゲームバブル』が弾け、深刻な冬の時代を迎えていた。閉店・倒産・夜逃げが当たり前といわれ、期待のビックタイトルが発売されてもすぐにインカム(売上)が落ち込み、ゲーセン経営ではもはや儲けは出せないとまで言われていた。


そんな中発売されたのが、問題のバーチャファイター3である。


バーチャファイターシリーズとは、1993年に第一作目が発売され、本格的な3D格闘ゲームとして、マニアの間で評判となった。続く1994年に発売された『バーチャファイター2』は、『バーチャジャンキー』と呼ばれるほどの熱狂的な信者を生み出し、空前のヒット作となった。


これは経営難に苦しむ当時のゲーセン経営者からすると、久々に大きな儲けが期待できる『救世主的な作品』だったと言える。


ゆえに、バーチャ2の続編である『バーチャファイター3』の発売を、誰もが藁にもすがるような気持ちで待ち望んでいたのである。


だが、SEGA(および問屋)はそんなゲーセン経営者達を奈落の底に叩き落したのである。


バーチャ2の発売から、バーチャ3が発売されるまでの間、SEGAは新作ゲームを次々とリリースしていった。そして、新しいタイトルが発売される度に『バーチャ3開発開始!』や、『バーチャ3開発順調!』、果てには『バーチャ3完成間近!』といったニュースも同時に伝わってきたのである。


挙句の果てには『今度の新作にはバーチャ3で採用されるシステムが盛り込まれているぞ!』などと、何かに付けて『バーチャ3』の陰をちらつかせていたのである。


そして裏では、SEGAや問屋からまた別の話が伝わってきていた。『バーチャ3はご贔屓にして頂いている方にしか卸しません。』と。


暗に『これからSEGAが出す新作は全部買えよ?そうじゃねえとバーチャ3卸さねえぞ?』という事である。


これにより、バーチャ3にすがりたい経営者達は、明らかに売上の見込めないSEGAの新作ゲームを、無理して仕入れ続けるしかない状況に陥らされた。


それだけならまだいい。


基盤であれば、一枚あたりの単価もまだ安く、1ゲーム50円でもなんとか大赤字は出さずにすむ。(売上+人気がなくなってきた頃に基盤を売ってとんとんだが)


だがSEGAの暴走は止まらず、遂に『新型筐体ブラストシティ』を発売する事になる。「バーチャ3は新型筐体のブラストシティじゃないと動きません。」という心のこもったメッセージと共に。

※後にこれは大嘘である事が判明し、簡単なパーツを間に噛ませれば、それまでの『アストロシティ筐体』でもバーチャ3が問題なく動かせた。ようは卑劣な騙しである。


ちなみに基盤とはゲームソフト(ドラクエやファイナルファンタジー)であり、筐体とはハード(ファミコンやプレステ本体)である。


基盤の金額すら売上で賄えない時代だというのに、新たな筐体まで買うとなると、回収の見込みはほぼないに等しい。


そんな状況下において、SEGAは『新作ゲーム数タイトルと新型筐体との抱き合わせ』という、悪魔のようなヤクザ商法を断行したのである。


だがそれでも、経営者達はバーチャ3に夢を見ていた。バーチャ3がバーチャ2のようなヒット作になってくれれば、まだ何とか生き延びれると考えていたのだ。


だが、待ち望んだバーチャ3は致命的なバグが施された逸品であり、バーチャ2のヒットとは程遠い結果に終わった。


これによって、ゲーセン文化はトドメを刺されたと言ってもいい。


その後のゲーセン業界はUFOキャッチャーやプリクラなどの景品機、プライズマシンが主流となり、ビデオゲームのシェアは縮小され、アミューズメント業界と呼ばれるようになる。


ビックタイトルの発売に合わせて抱き合わせ販売が行われるのは仕方のない事だとしても、その業界全体を衰退させるようなやり口はどうかと思う。


PSPが4万円で売られているとか、ドラクエ8が抱き合わせだとか、このSEGAの悪魔の所業に比べれば屁でもない。


まあ確かにFC版ドラクエ3をオトッキーと一緒に買わされた時は殺意を覚えたが…。




オレとファイプロ1※過去ログサルベージ

2005年09月10日

ファイプロ復活記念『オレとファイプロ その1』


という訳で、来る9月15日、ボクらのファイプロ がテリーファンクよろしく引退撤回してリングへ戻ってきます。


そこで、厨房の頃からファイプロに明け暮れる日々を送ってきたオレ様が、またーりとファイプロ話を繰り広げようじゃないかと思い至った次第。


オレとプロレスゲームとの出会いは、恐らく小学生の頃(83~84年くらい)に駄菓子屋ゲーセンで遊んだ『ザ・ビッグプロレスリング』だったと思う。開発がテクノスジャパンで、販売がデータイーストという事は、オレ様の大好きな『バッテンオハラのスチャラカ空中戦』と同じ編成だったりする訳だが、スチャラカ空中戦を覚えている人間などそういるはずもなく…。(ていうかSTGじゃねえか)


で、このゲームはCOMのヒールタッグと、プレイヤーの操る『二人揃って赤タイツ』という、ど真ん中っぽくもあり、闘魂思想に基づいているようでもあり、でも赤だからやっぱ王道なんじゃねえの?という、何だかよく分からないベビーフェイスタッグが、ひたすらマンネリ試合を繰り広げるという内容。(この辺のカオスさはかなり闘魂的)


相手と組み合った時にボタンを押すと、押した回数によって技が【ヘッドロック→キック→ジャブ→チョップ→ドロップキック→ボディスラム→エンズイギリ→パイルドライバー→ウェスタンラリアット→ブレーンバスター→ジャーマンスープレックス→コブラツイスト→ヘッドロックに戻る→キック…】といった感じで変化していくのが一番の特徴だった。(敵のデブにはパイルドライバー以上の技が決まらないので、ひたすらヘッドロックややドロップキックで痛めつけ、終盤になったらエンズイギリ連打で試合を決めるという、かなりショッパイ内容になったりした。)


今となってはかなりナニがアレなゲームなんだが、これはこれで当時はかなり熱くなった記憶がある。(でも相手がデブだからってラリアットくらいは当たると思うんだが…)


次に出会ったプロレスゲームは、SEGAの怪(名?)作『アッポー』(84年)である。日本のプロレスゲーム史上、ジャイアント馬場を最もそれらしく描いて見せたのがこの『アッポー』だったと言われるほど、妙な説得力を持った馬場さんが登場していた。あのマッチ棒みたいな腕と足は、他では中々お目にかかれない。レスラーのディフォルメという点では、間違いなく今でもトップクラスの表現力だと思う。


ちなみに、タイガーがトップロープから飛ぶたびに画面がフリーズするという、かなり素敵な仕様のバージョンもあり、負けそうになったらとりあえずトップロープからダイビングボディアタック敢行という、かなりの邪道技が編み出されたりしていた。(当然フリーズした後は店のおばちゃんに文句言ってコインを入れてもらう)


今となっては良い思い出だ。


余談だが、この『アッポー』がやりたいがために、親のサイフから金を盗み、当時通っていた西日暮里の某進学塾そばのゲーセンに入り浸っていた事は秘密。


そんでもって、これをプロレスゲームの枠に入れて良いのか激しく微妙だが、忘れちゃいけない『キン肉マン マッスルタッグマッチ』(85年バンダイ)である。


『ミートの剛速球に右往左往』『テリーマンの卑劣な必殺技に戦々恐々』『アシュラバスター、キン肉ドライバーカカンネ』『ブロッケン最強とかいうヤツはアマちゃん』『慣れるとラーメンマンが意外と強い』『ウォーズマンとバッファローマンの間には越えられない壁が』など、様々な思い出があるのだが、明らかにスレ違いな気がするので省略。


だがしかし!プロレス的にはナニがアレだが、ゲームとプロレスの融合という点を考えると、この作品の分かり易さ、遊び易さはとっても大事な要素だと思う。(むしろ、この作品は対戦格闘ゲームの祖なのかもしれん)


そして1986年。ついに家庭用ゲーム機でも本格的なプロレスゲームが楽しめる時がやって来た。ディスクシステムのその名も『プロレス』(86年任天堂)が発売されたのである。


実はコレ、開発元が後にファイプロを生み出す事になるヒューマンだったりする。そのせいか、システム的にはファイプロの原点とも言うべき完成度で、友達とワイワイ遊ぶには丁度良かった。


当時のゲーセンのプロレスゲーム(エキサイティングアワーとか)と比べても、『色々なプロレスムーブができる』『キャラが大きい』『対戦が熱い』と見所の多い名作だったのだが、悲しい事に登場するレスラーが全て”架空すぎた”ため、プロレスファンとしてはイマイチ乗り切れない惜しい作品でもあった。



という訳で、全くファイプロの話が出てこないのは仕様ですか?



-(仕方なく)次回へ続く-



■参考リンク
ファイプロリターンズ

ファイヤープロレスリングリターンズ公式サイト