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Future Cafe

音楽レビューのようなもの〜TECHNO、JAZZ、BREAKBEATS etc

「JORGE SANTANA」 JORGE SANTANA





 ヨルタモリという番組を観ていたら、スナックの店内を模したスタジオセットの壁に、フェロモンレコード系(©みうらじゅん)の魅惑的なデザインのレコードジャケットが飾ってあり、気になってしまった。
 ホルヘ・サンタナという名前からジャケットのイメージ通りのモンドミュージックではないことはなんとなく予測できたのだが、YouTubeで聴いてみたところ、流れてきたのは爽やかなAORサウンド。あまりにも耳に心地よいサウンドだったので、勢いでAmazonに出品されていた中古CDを購入してしまった。
 ジャケットだけでなく、カルロス・サンタナを連想させてしまう名前も、そこはかとなくB級臭を醸し出しているのだが、なんとカルロス・サンタナの弟だという。さらに調べてみると、あのラテン・ロック・バンド、MALOのリーダーを務めていたことも判明。MALOのアルバム「MALO」なら、フリーソウルの文脈で購入し、何度も聴いていたのだが‥‥。つまり、ホルヘ・サンタナは、その筋ではけっこうな有名人なのだ(知らなかった筆者が無知だったというわけだ)。
1978年リリースの本作は、清涼感たっぷりの①「SANDY」にはじまり、ミディアムテンポなメロウチューン②「TONIGHT YOU'RE MINE」、トロピカルなギターがたまらない⑥「LOVE THE WAY」といった佳曲が目白押し。ディスコ寄りの曲もあれば、ロック寄りの曲もある。早い話がラテン・フュージョンなのだが、本物のラテン・サウンドではなく、アメリカ人がイメージしたラテン・サウンドというのがミソ。いわば、脳内ラテン。なんと⑦「OH!TENGO SUERTE」は、あの高中正義のカバーだ。「ラテン好きの日本人をラテン系のミュージシャンがカバーしてどうする」といった感じなのだが、マーチン・デニーやレス・バクスターが手がけるエキゾチック・サウンドのように、イミテーションならではの“軽み”がたまらない。でもこのアルバム、この非凡なジャケットがなければ、ありがちなフュージョンAORということで魅力は半減してしまうのだろう。じつは、そのありがちなところがいいのだけど。










 
 

「Night and The City」 CHARLIE HADEN KENNY BARRON

 「音楽の架け橋 快適音楽ディスクガイド」(渡辺亨著)の中で、ゴンチチのゴンザレス三上氏が、こんな風に語っていた。
 「過ぎ去った過去の幸福な思い出は、人生の宝物。そしてその時に聴いていた音楽は宝箱のようなものです。宝箱を開ければ、そう、その時の音楽を聴けば、当時の甘酸っぱい幸福感が立ち上がるのです。けれど、それが少しキリキリと切なく響く時は、今が少々快適でないのかもしれません。休日の夕方に大好きな音楽をかけて、あぁなんて快適なんだと思える時は、今も十分幸せなのでしょう」。そうした感覚は、すごく共感できる。実際、郷愁を誘う音楽は、感傷に浸りたい時はいいのだが、漠然と不安を感じている時などに聴くと、どうしようもなく切なくてやりきれない気持ちになってしまうことがある。筆者にとっては、スキャットをフィーチャーした70年代イタリア映画のサウンドトラックなどがそれに当たる。
 昔に聴いた音楽ではなくても、そんな気持ちにさせられる音楽がある。それは「夜の音楽」とも呼びたくなる一連の音楽だ。最近再発されたチャーリー・ヘイデンとケニー・バロンのデュオ作「Night and The City」(1996年)も、そうした作品のひとつだ。昨年7月に亡くなったばかりのチャーリー・ヘイデンだが、パット・メセニーやキース・ジャレットなど、さまざまなミュージシャンを相手にデュオ作品を残している。本作も、ベースとピアノというシンプルな構成でありながら深みのある演奏が素晴らしく、リラックスした中にも緊張感があって、適度なリリシズムが耳に心地いい。








 そして、もう一枚。音楽ガイド本「Quiet Corner a cllection of sensitive music」(山本勇樹監修)を読んで購入した「Nightfall」(2003年)。チャーリー・ヘイデンとピアニスト、ジョン・テイラーによるデュオ作だが、胸を締めつけられるようなバラード⑧「Bittersweet」にはやられた。CTIのアレンジャーとしても有名なドン・セベスキーの作曲だが、穏やかなメロディには心洗われる。本作「Nightfall」は静謐な室内楽といった趣で、深夜はもちろん、雨の日などに聴くとハマるのだが、鬱っぽい気分の時は、ブルーな気分が増幅されそうだ。








 夜明けのハイウェイ(?)を走る車のジャケットデザインが気になって購入したドイツのトリオセンス。ピアノ、ドラム、ベースのトリオなのだが、本作「turning points」(2013年)はノルウェーのオスロで録音されており、先入観のせいか澄明な空気感がたまらない逸品だ。アルバムジャケットの写真も北欧の風景かと思いきや、ピアニストのベルンハルト・シューラー自らがアリゾナで撮影したもののようだ。








 夜明けのハイウェイといえば、菊池雅晃の「on forgotten potency」(2012年)。世田谷~田園都市のアーバン&サバービアンな空気を閉じ込めた極上のサイケデリック・フュージョンという謳い文句と、調布あたりの道路を撮影したと思われるジャケット写真に釣られて衝動買い。内容は70年代B級日本映画のサウンドトラックのようにスモーキーなメロウフュージョンで文句なし。フルートがなんとも切なく、ノスタルジックで陽炎のように淡く甘美な記憶を呼び覚ます。(ピックアックした曲は「Aqualine 1987」というタイトルで、世田谷も田園都市も関係ないけど‥‥)








 最後は、アイスランドのミュージシャン、ヨハン・ヨハンソンの「COPENHAGEN DREAMS」(2012年)。デンマークの映像作家Max Kestnerによるコペンハーゲンを舞台としたドキュメンタリー映画のサウンドトラックとして制作された本作は、ヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノ、チェレスタ、クラリネットなどの楽器が詩情たっぷりに、ジャケット写真にとらえられたコペンハーゲンさながらに静謐な情景を浮かび上がらせるポストクラシカル作品だ。素晴らしい作品だが、これも気分がふさぎ込んでいる時に聴くと、キリキリと切なく響くから要注意の一枚といえるだろう。







 
 とどめに夜の音楽といえば、やっぱりコレ。午前零時のサウンドトラック。ジェットストリーム。



「Rojo -Tierra」 中森明菜




 遅ればせながら、録画しておいた紅白歌合戦を見ていて唖然としてしまった。中森明菜がニューヨークのスタジオからの中継で新曲「Rojo -Tierra」を披露したのだが、ゆったりとした大陸的なパーカッションの後に流れ出したのは、なんとEDMの扇情的なシンセサウンドではないか。大人の心情をしっとりと歌い上げるものだとばかり思っていた私は、意表を突かれて状況が良く飲み込めなかった。
 いまさら説明の必要もないが、EDMとはElectronic Dance Musicの略。David Guetta、deadmau5、Aviciiのようなアッパーなエレクトロ・ハウスから、Skrillexのようなブロステップまで、2010年前後からアメリカを中心に、欧米で一大ブームを巻き起こしているポップで派手で下世話なエレクトリック・ミュージックの総称だ。その源流は、80年代のハイエナジーやユーロビート、そしてジュリアナ東京でおなじみ90年代ハードコア・テクノやユーロ・トランスなどのレイヴ・ミュージックに見出すことができるだろう。直接的な影響ということであれば、ディスコ・パンクやエレクトロ・クラッシュ、ダフトパンクやジャスティスに代表されるフレンチ・エレクトロなど、2000年代に入ってブームになった一連のエレクトロ・ダンス・ミュージックと重なり合う部分が非常に多いように思う。











 中森明菜がEDMを歌ったとしても、90年代なら不思議ではない。しかし、5年近く前から欧米のシーンを席巻しているEDMが、ことJ-POPシーンにおいてはほとんど黙殺状態だったことを思うと、中森明菜の5年4カ月ぶりの新曲がEDMというのは冒険に思えてしまうのだ。たとえば、パフュームにもEDMの影響を受けた曲は多数存在する。でも、パフュームはもともとがダンスユニットである。そうした前提を踏まえると、EDMへのアプローチはむしろ控えめなくらいだ。
 しかし、中森明菜のEDMに過剰反応してしまったのは、どうやら筆者の勉強不足だったようだ。昨年の前半から、J-POPのEDM化は想像以上に進行していたようだ。とりわけ、和製韓流ともいうべきエグザイルファミリーはその導入に積極的で、三代目J Soul Brothersが2014年6月にリリースして、昨年のレコード大賞を受賞した「R.Y.U.S.E.I.」はバキバキのEDMトラックだった。「R.Y.U.S.E.I.」の間奏は、何度聞いてもビルボードでヒットしたPhyの「江南スタイル」を意識しているとしか思えない。
 さらに、エグザイルファミリーのE-girlsは今年に入ってリリースされたアルバム「E.G. TIME」で「Music Flyer」、「Move It!」といったEDMトラックを披露している。極めつけは、ボーナスアルバムとして追加された「RYDEEN」のリミックス集だ。これでもかというぐらいバキバキのEDMトラックが並ぶ。かつてハードコアテクノやジャングルをメジャーシーンにおいて輸入したのが小室哲哉であったように、今ではエグザイルファミリーがそうした役割を担っているのだろうか。
 エグザイルファミリーの他にも、SEKAI NO OWARIが「ドラゴンナイト」のサウンドプロデューサーとしてEDM系DJのニッキー・ロメロを起用したり、乃木坂46までが「命は美しい」で、ソフトではあるがEDM的な展開を導入するなど、昨年末あたりから確実にシーンは広がりを見せている。また、中田ヤスタカのユニットであるCUPSULは以前よりEDM的なアプローチを取り入れてはいたが、今年2月にリリースした「WAVE RUNNER」では、EDM色が強くなっているようだ。
 日本における5年遅れでのEDMのメジャーへの台頭は何を意味するのだろうか?過去に日本のEDMが皆無だったわけではない。ももいろクローバーZの「Neo STARGATE」(2013年)は、ダブステップ/ブロステップの導入が話題になったし、モーニング娘。も2013年に「ブレインストーミング」というEDM風の楽曲をリリースしている。また、乃木坂46も既に2013年に「制服のマネキン」というEDMトラックを発表していた。そして、BABY METALの「ウ・キ・ウ・キ★ミッドナイト」(2012年「ヘドバンギャー!!」のB面)にもブロステップが使われている。80kidzなどの動向もあった。しかし、一部の楽曲を除けばアルバム収録曲であったり、B面であったり、アンダーグラウンドであったり、メインストリームとは距離を置くサブカル的な展開で、現在のようにメジャーシーンがこぞってEDM導入し始めている昨今の状況とはやや異なっている。
 一方、K-POPに目を向けてみると、昨年マイクロソフト・サーフェス Pro 3のCMソングとしてお茶の間にもオンエアされた2ne1「I AM THE BEST」がリリースされたのは2011年であり、Phy「江南スタイル」が流行ったのが2012年である。2013年頃からEDMの導入がはじまった日本に比べ、欧米のシーンとのタイムラグがほとんどない。しかも、Shyも、2ne1もメジャーである。当時は、世界中で大ヒットしたPhyが日本ではまったくヒットしなかったことを受けて、「チャラいEDMは日本人の好みに合わない」という説までまことしやかに語られていた。ジュリアナブームや小室ブームの時には、ハードコアテクノ/デステクノを受け入れていた日本人が、失われた20年とともにアッパーなダンスミュージックを受け入れなくなったとでもいうのだろうか?














 日本人がアッパーなダンスミュージックを受け入れなくなった。そのような傾向は、少なからずあるかも知れない。だけど、ここでは、あえて異なる仮説を立ててみたい。欧米や韓国においてEDMが盛り上がっていた2011年とは、日本にとってどんな年だったか。そう、東日本大震災があった年だ。メディアには“絆”や“ガンバレ”と言ったキーワードが溢れていた。多くの日本人が欲していたのは、心を癒してくれる音楽や励ましてくれる音楽ではなかったか?「フライングゲット」、「Everyday、カチューシャ」、「風は吹いている」。2011年のランキング上位3曲はいずれもAKB48だ。EDMは元気が出る音楽かも知れないが、当時の日本にあっては不謹慎な音楽でもある。震災と原発事故の傷が癒えない2011年のJ-POPシーンにEDMが入り込む余地はなかったのではないか。2011年には少女時代が日本でのデビューアルバムを出したり、KARAが「ジェットコースターラブ」でオリコン1位を記録するなど、K-POPの勢いが最高潮に達していたが、少女時代がアルバムにおいてEDM的な展開を取り入れていたものの、それはJ-POP風にアレンジされたものだった。東日本大震災がなければ、J-POPにおけるEDM現象は早まっていたかも知れないというのは憶測の域を出ないだろうか?それとも、ガラパゴス化するJ-POPにあっては、東日本大震災が起こってなくても、世界標準のEDMなど端から興味の対象外だったのだろうか?
もうひとつの仮説は、いささか強引かも知れないが、意外に真相をとらえているかも知れない。それは、アベノミクスによるプチバブルが、EDMの日本における需要を加速させることにつながったという考えだ。アベノミクスによってもたらされた楽観的なムードと、バブル崩壊後の楽観的なムードは、どこか似ている気がしてならない。つまり、ジュリアナブームと遅れてきたEDMは同じ気分を象徴しているというわけだ。でも、アベノミクスによる楽観論は、失われた20年を体験してしまっている私たちにとっては、いささか眉唾だ。だから、昨今のEDM現象も、今がピークで、大きなムーブメントを巻き起こす前に衰退していくのだろう。そもそも本家から、5年遅れで始まったムーブメントである。本家の欧米でも、そろそろ衰退の兆しがちらつき出してもおかしくない。
「FAITH IN STRANGER」 ANDY STOTT
「XEN」 ARCA







 2014年のベストアルバムは何かと聞かれれば、この2作品を真っ先にあげたい。どちらのアルバムもすでに十分話題になったし、ブログで取り上げるには遅きに失した感もなきにしもあらずだが、その衝撃はいまなお色褪せてはいない。
 もっともアンディ・ストットに関していえば、過去のアルバムと比べて、ずば抜けた出来だったかどうか議論の余地はあるだろう。しかし、2曲目に収録された「Violence」の一曲だけで、本作「FAITH IN STRANGER」は、永遠に記憶されるべきアルバムとなった。そのサウンドは、音楽というよりは音響によって彫刻されたオブジェ(ジャケットに写るモディリアーニ作品にも似て)のようであり、網膜に焼き付けられた光の残像のようでもある。筆者は、これほどまでに硬質で繊細なエレクトリックミュージックを他に知らない。
 そして、ベネズエラ出身、ロンドン在住の24歳、アレハンドロ・ゲルシによるプロジェクト、アルカもまた、ファーストアルバムとなる「XEN」では、無機物とも有機物とも判別がつかない鈍色の光彩を放つ、異形のサウンドで我々の耳を驚かせてくれた。シンセピアノやストリングスをフィーチャーしたアルカのサウンドには、テクノの範疇を超えたネオクラシカルや現代音楽の要素も含まれており、複雑かつ予測不能な展開を見せる。性急なシンセストリングスは、シェーンベルク等のスコアを連想させる。それでいて溶液のように耳に浸透してくる心地よさも併せ持っており、そうした点では、エイフェックス・ツインにも比肩しうる才能といえるだろう。
 アルカはゲイであることを公言しているが、ビジュアルアーティスト、ジェシー・カンダによるアートワークもまた、アンドロギュヌス(両性具有)やフリークスを想起させる。男女の壁はもとより、生物と無生物の壁も越えるアルカの音楽は、質量や形態を自在に変容させていく遊星からの物体Xのようだ。
 また、モディリアーニを起用したアンディ・ストットのアートワークは、「巴里のアメリカ人」ならぬ「ニューヨークのフランス人」だが、場違いなシチュエーションに、イタリア人のモディリアーニが異国の地パリで味わった疎外感が投影されているのではないか。アルバムタイトルの「FAITH IN STRANGER」とは、モディリアーニが描いた肖像画に、自らの異形の音楽を擬えた言葉なのかも知れない。アンディ・ストットは、マンチェスター出身のイギリス人だが、そこにエグザイル(故郷喪失者)へのシンパシーを見てとることも可能だろう。
 ベネズエラ出身で、ロンドンに移住する前にはパナマやニューヨークに暮らしていたこともあるというアルカの音楽も同様にデラシネ的な抽象性に彩られている。しかし、それは南米音楽と西洋音楽との異種混合物などではなく、宇宙の彼方からやってきた異星人が、西洋音楽をジャックして生まれたミュータントのような音楽なのだ。ツリー状に分岐していく進化ではなく、リゾーム状に絡み合いながら突然変異を繰り返していく地下音楽の時代へ。アンディ・ストットとアルカのサウンドには、リニアな進化を拒んでいるかのような異物感がある。

追記
 アンディ・ストットの「Violence」はアルカに最も近い曲だが、奇しくもアルカの「XEN」にはストリングスが印象的な「Family Violence」という曲が収録されている。

















「LATE NIGHT ENDLESS」 SHERWOOD & PINCH



 1年半ほど前にデトロイトテクノのオリジネーター、ホアン・アトキンスとミニマルダブのオリジネーター、モーリッツ・フォン・オズワルドによる世代を超えたコラボレーションが話題になったが、今度はUKダブマスターともいうべきベテラン音楽プロデューサーのエイドリアン・シャーウッドと21世紀ビートミュージックの籏手、ピンチが手を組んだ。
 ピンチがデビュー作をリリースしたのは10年ほど前の話。それに対してエイドリアン・シャーウッドが自らのレーベル〈ON-U Sound〉を立ち上げたのは35年以上前に遡る。今風に形容すれば、UKダブのレジェンドということになるのだろうが、マーク・スチュワートやミニストリー、ナイン・インチ・ネイルスなど、さまざまなアーティストのプロデュース作業を通じて、インダストリアル・ミュージックとダブとの相性の良さを知らしめたのはエイドリアン最大の功績だろう。
 ジャマイカ生まれのダブは、楽曲を解体し、エコーやリバーブを効かせ、リズムやサウンドを際立たせることで、原曲に宿っている意味や感情を剥奪して、別の楽曲へと換骨奪胎してしまう手法である。いわばリミックスの原点であり、1960年代末において、ダブはハウス・ミュージックやヒップホップを先取りしていたということもできるだろう。そうした意味で、ダブは音楽の廃墟(それは、とても魅力的な廃墟だが)であり、イギリスに渡って独自の進化を遂げる前から、ある種のインダストリアル・ミュージックを体現していたのだといっても過言ではない。
 ダブの進化形としてのダブステップを経たピンチは、近年、インダストリアル・リバイバルの流れを汲む新たなレーベル〈CO.LD〉を立ち上げるなど、インダストリアル・ミュージックに接近している。そのことが、今回のコラボ実現につながったのだろう。
 ピンチが活動の拠点とする英国ブリストルは、1990年代に入ってからマッシヴ・アタック、トリッキー、ポーティスヘッド、スミス&マイティといったトリップホップ勢を排出してきており、ピンチのベースミュージックには、そうした歴史的背景が投影されている。もちろん、トリップホップ勢のルーツにはエイドリアン・シャーウッド自身のユニットであるダブシンジケートや、エイドリアンが参加するクリエイション・レベルのプロデュースを担当していたデニス・ボーヴェル等の存在があることは明らかだ。デニス・ボーヴェルはブリストル出身のポスト・パンク・バンド、ザ・ポップ・グループをプロデュースしているが、ザ・ポップ・グループのマーク・スチュワートのソロ作品のプロデュースを手がけているのはエイドリアン・シャーウッドである。つまり、ダブとブリストルは切っても切れない関係にあるのだ。
 さて、エイドリアン・シャーウッドとピンチによる「LATE NIGHT ENDLESS」 だが、ピンチのデジタル的な感性とエイドリアン・シャーウッドがスタジオで培ってきた職人技が、じつにいいバランスで配合されたアルバムだと思う。〈ON-U Sound〉でも活躍したUKジャマイカン、故ビム・シャーマンのヴォーカルを使用するなど、UKルーツ・レゲエからのヴォイス・サンプルが多用されているため、そう感じられるのかも知れないが、エイドリアンらしいやや肉厚でアナログチックな音響工作が、本作にヒューマンな感触を与えている気がしてならない。これが最先端のベース・ミュージックたり得ているか否かの議論はさておき、こうしたコラボのあり方はいいなと素直に思わせてくれるものがある。先鋭的な音楽とまではいえないかもしれないが、少なくとも豊かな音楽とはいえるのではないだろうか?