「音楽の架け橋 快適音楽ディスクガイド」(渡辺亨著)の中で、ゴンチチのゴンザレス三上氏が、こんな風に語っていた。 「過ぎ去った過去の幸福な思い出は、人生の宝物。そしてその時に聴いていた音楽は宝箱のようなものです。宝箱を開ければ、そう、その時の音楽を聴けば、当時の甘酸っぱい幸福感が立ち上がるのです。けれど、それが少しキリキリと切なく響く時は、今が少々快適でないのかもしれません。休日の夕方に大好きな音楽をかけて、あぁなんて快適なんだと思える時は、今も十分幸せなのでしょう」。そうした感覚は、すごく共感できる。実際、郷愁を誘う音楽は、感傷に浸りたい時はいいのだが、漠然と不安を感じている時などに聴くと、どうしようもなく切なくてやりきれない気持ちになってしまうことがある。筆者にとっては、スキャットをフィーチャーした70年代イタリア映画のサウンドトラックなどがそれに当たる。 昔に聴いた音楽ではなくても、そんな気持ちにさせられる音楽がある。それは「夜の音楽」とも呼びたくなる一連の音楽だ。最近再発されたチャーリー・ヘイデンとケニー・バロンのデュオ作「Night and The City」(1996年)も、そうした作品のひとつだ。昨年7月に亡くなったばかりのチャーリー・ヘイデンだが、パット・メセニーやキース・ジャレットなど、さまざまなミュージシャンを相手にデュオ作品を残している。本作も、ベースとピアノというシンプルな構成でありながら深みのある演奏が素晴らしく、リラックスした中にも緊張感があって、適度なリリシズムが耳に心地いい。
そして、もう一枚。音楽ガイド本「Quiet Corner a cllection of sensitive music」(山本勇樹監修)を読んで購入した「Nightfall」(2003年)。チャーリー・ヘイデンとピアニスト、ジョン・テイラーによるデュオ作だが、胸を締めつけられるようなバラード⑧「Bittersweet」にはやられた。CTIのアレンジャーとしても有名なドン・セベスキーの作曲だが、穏やかなメロディには心洗われる。本作「Nightfall」は静謐な室内楽といった趣で、深夜はもちろん、雨の日などに聴くとハマるのだが、鬱っぽい気分の時は、ブルーな気分が増幅されそうだ。
2014年のベストアルバムは何かと聞かれれば、この2作品を真っ先にあげたい。どちらのアルバムもすでに十分話題になったし、ブログで取り上げるには遅きに失した感もなきにしもあらずだが、その衝撃はいまなお色褪せてはいない。 もっともアンディ・ストットに関していえば、過去のアルバムと比べて、ずば抜けた出来だったかどうか議論の余地はあるだろう。しかし、2曲目に収録された「Violence」の一曲だけで、本作「FAITH IN STRANGER」は、永遠に記憶されるべきアルバムとなった。そのサウンドは、音楽というよりは音響によって彫刻されたオブジェ(ジャケットに写るモディリアーニ作品にも似て)のようであり、網膜に焼き付けられた光の残像のようでもある。筆者は、これほどまでに硬質で繊細なエレクトリックミュージックを他に知らない。 そして、ベネズエラ出身、ロンドン在住の24歳、アレハンドロ・ゲルシによるプロジェクト、アルカもまた、ファーストアルバムとなる「XEN」では、無機物とも有機物とも判別がつかない鈍色の光彩を放つ、異形のサウンドで我々の耳を驚かせてくれた。シンセピアノやストリングスをフィーチャーしたアルカのサウンドには、テクノの範疇を超えたネオクラシカルや現代音楽の要素も含まれており、複雑かつ予測不能な展開を見せる。性急なシンセストリングスは、シェーンベルク等のスコアを連想させる。それでいて溶液のように耳に浸透してくる心地よさも併せ持っており、そうした点では、エイフェックス・ツインにも比肩しうる才能といえるだろう。 アルカはゲイであることを公言しているが、ビジュアルアーティスト、ジェシー・カンダによるアートワークもまた、アンドロギュヌス(両性具有)やフリークスを想起させる。男女の壁はもとより、生物と無生物の壁も越えるアルカの音楽は、質量や形態を自在に変容させていく遊星からの物体Xのようだ。 また、モディリアーニを起用したアンディ・ストットのアートワークは、「巴里のアメリカ人」ならぬ「ニューヨークのフランス人」だが、場違いなシチュエーションに、イタリア人のモディリアーニが異国の地パリで味わった疎外感が投影されているのではないか。アルバムタイトルの「FAITH IN STRANGER」とは、モディリアーニが描いた肖像画に、自らの異形の音楽を擬えた言葉なのかも知れない。アンディ・ストットは、マンチェスター出身のイギリス人だが、そこにエグザイル(故郷喪失者)へのシンパシーを見てとることも可能だろう。 ベネズエラ出身で、ロンドンに移住する前にはパナマやニューヨークに暮らしていたこともあるというアルカの音楽も同様にデラシネ的な抽象性に彩られている。しかし、それは南米音楽と西洋音楽との異種混合物などではなく、宇宙の彼方からやってきた異星人が、西洋音楽をジャックして生まれたミュータントのような音楽なのだ。ツリー状に分岐していく進化ではなく、リゾーム状に絡み合いながら突然変異を繰り返していく地下音楽の時代へ。アンディ・ストットとアルカのサウンドには、リニアな進化を拒んでいるかのような異物感がある。